(サクラside)
「うっ……く……っぅ」
溢れ出てくる涙を、隠すようにして袖で拭う。くだらない、たかがそんな事。その言葉が何度も頭をよぎった。
「違う、んだ……っ」
兄さんの死は……たかがとか、くだらないとか………違う!
「あたしにとって、そんなんじゃ、ないんだよ………っ!」
他人にとっちゃ、その程度なのかもしれない。どうでもいい事なのかもしれない。でも、悔しくて………どうしようもなく悲しいんだ。だから、涙が止まらない。
そんなあたしをエドは優しく包み込み、あたしの背中を撫でて言う。
「わかってる。……オレはわかってるよ。だから、オレの前でぐらい無理すんのはやめろ」
もたれかかるようにして体を預ければ、しっかりと支えてくれた。
………兄さん。エドは本当に兄さんみたいで凄く安心する。
「ありがとう……エド」
「気にすんな。アキラのやろうは、オレが怒っとくから!」
蹴られたのもあるしな、とエドがブツブツ言っているが、こればっかりは自分でけじめをつけなければいけないことだから。
「いいよ、自分で言う…」
これは……兄さんの事は、あたしが言わなきゃダメな気がするんだ。
「それに、あいつにも何か……あるんだよ」
「あいつって……アキラの事か?」
「……あぁ」
確信はないけど、そんな気がする。エドの背中越しに一瞬見えたアキラは今にも泣き出しそうな顔をしてた。
「もしかしたら、知らない世界に来て戸惑ってるのかもな……。昨日の誰かさんみたいに」
ポケモンを見せたときのエドの顔を思い出し、笑ってしまう。
「あれは誰だって驚くぞ」
「はいはい」
エドも苦笑する。いやいや。ピジョットに乗った時の二人は凄まじかったよ、と思ったが黙っておく事にした。和やかな空気になったが、気になるのはやっぱりアキラの事。
「なぁ……エド達の世界はあんな子どもが人を殺すのか?」
彼女はおそらく15歳くらいだろう。6年前って言ってたから計算すると、10歳頃には人を殺してた事になる。エドに訊けば、エドは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「……っ」
なんで、殺さなきゃいけなんだよ……?あたしの世界じゃ考えられない事ばっかりだ。
「ある男を……殺すためです」
アキラが言っていた男も気になる。あの時の彼女は確かな殺気に満ち溢れていた。
「……あたし、アキラと話してみる」
空を仰いで言った。話し合って、あいつがもし根っからの人殺しなら!その時は……遠慮なくボコる。
「でも、もし、違うなら………その時は……その時に考えるよ。」
「サクラって、やっぱすげーな」
「そうか?」
「ああ、すげぇーよ」
エドがニカッと笑うもんだから、あたしもつられて微笑んだ。涙は、いつのまにか乾いていた。
(リトside)
「っ……はぁ、はぁっ……」
いったい、どのくらい走っていたのだろう。深い森の中、私は大きな木の下で立ち止まった。
何故、こんなにイラつくのか。何故、こんなに悲しいのか。
「お前……最低だっ!!」
「………ッ」
“最低”?そんな事、言われなれてる。もっと酷い事だって言われなれてるのに……いつもならあんな言葉、気にしないのに。
──リト……大好き!!
「……美香…っ」
彼女が美香に似すぎているんだ。
───ガサッ
「ッ!誰ですか?」
草むらをかき分ける音がしたので、振り向いて銃を向ければ相手は慌てて両手を顔の前まで上げて姿を現した。
「アル……フォンス…」
「っ、アキラさんって、……足、速いです…ね」
走って私を追いかけて来たのか、アルフォンスは肩で息をしながらへにゃりと笑った。
姿は違うけど、アルにそっくりな“アルフォンス”に思わず心を許してしまいそうになる。
「……何の用ですか?」
「あのっ……サクラの事なんだけど…」
やっぱり、…というかその事しかないだろう、私を追ってくる用事なんて。
「…私は自分の本心を述べたまでです」
「……でも、サクラは傷ついた」
金色の瞳はアルの鎧の瞳にそっくりだった。
「サクラにとってお兄さんは凄く大きなものだったと思うんだ。……とっても大切な…」
分かってる……そんなの、分かってる。私は銃口を降ろしながら奥歯を噛みしめた。
「あんな事……言うつもりじゃありませんでした…」
「アキラさん……」
最愛の兄の死が、くだらない事であるはずがない。自分だって両親を殺されたのだ。家族を失う辛さは誰よりも理解している。そう、頭では理解していたのに……。
「怖かったんです……」
“雪女”と呼ばれるようになってから初めて感じた恐怖。サクラに拒絶されると、まるで美香に拒絶されているようで……怖い。
同じように身内を殺されても、歪んだ私と違い、あんなにも真っ直ぐ生きれるサクラが……怖い。そして、そんな彼女をかばうエドによく似た“エドワード”が……怖い。
誰も私を知らない。それでも構わないはずなのに、平気なはずなのに、どうして悲しくなるのだ。
「私は……この世界で一人なんですね」
諦めたように呟くとアルフォンスは、そんな事ない!と私の両肩を掴んで言った。
「謝りに行こう?きっとサクラも許してくれるよ!!」
にっこりと笑うアルフォンスに、何だか酷く救われた気がした。
「………はい」
別に、許してくれなくてもいい。けど、謝りたい。ちゃんと、心から。
私達はエドとサクラのいる湖へと向かった。