紅×異世界 | ナノ


エメラルド 2  




(リトside)

「……まさか、ポケモンセンターに泊まる日が来るなんて、夢にも思いませでした……」

エドワードとアルフォンス、サクラと私。それぞれ一つずつ部屋を借りた。
その後。夕食も済ませて入浴も終えた今、後は寝るだけなのに……眠れない。

月明かりの差し込む窓の向こうからはホーホーの鳴き声が聴こえてきて、当たり前たがここはポケモン世界……“異世界”なんだと認識させられた。

「…………」

ベッドから下りて、ハンガーにかけてあるコートの胸ポケットから時空の鍵を取り出し、いつものように言霊を唱えてみる。

「開け……時空の扉!」

静寂に満ちた世界。錆び付いた鍵はいつものように光を放つ扉を生むことはなく、予想通り何も応えてはくれなかった。

「……はぁ」
「リト……眠れないのか?」
「……サクラ…」

隣のベッドで既に寝ていると思っていたサクラが、枕を背もたれにして上半身を起こした。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

そう尋ねれば、サクラは静かに首を振った。

「いや、なんとなくあたしも眠れないだけだよ……」

月明かりに照らされるサクラ。心なしか笑みが弱々しい。

「兄の事を考えていたのですか?」
「ッ!?」

どうやら図星のようで、俯いたサクラに前髪の影がかかった。

「今日みたいに星がたくさん出ている日に星を見ているとさ、あのどれか一つが兄さんなんじゃないかって……」
「………」
「……星になって、あたしを見守ってくれてるのかもしれない。………そう、思うんだ」

人が星になる?そんなのバカげている。
人が死んだらその肉体はバクテリアに分解され、土に還るだけだ。魂や精神だって、例えるなら高エネルギー体。………星になどなりはしない。

そもそも現世の科学技術では宇宙に行く事め可能であり、数多に煌めく星々もこの地球と同じ、一つの天体にすぎない。
きっとサクラも、そうやって理論上は理解しているのでしょう。けれど…。

「死んだ人間は星や風、花や小鳥に姿を変えて、生きている者を見守り続ける。……ハハッ……バカみたいだよね、こんな事を考えるなんてさ……」
「……サクラがそう思うのなら、そうなんじゃないんですか?」

私が言った言葉が余程信じられなかったのか、サクラは驚いたように顔を上げた。

「あなたの兄は死して尚、あなたの事を気にかけていると思いますよ」
「リト………」

私もとうとう焼きが回ったのでしょうか?或いはこの不思議な世界に接して、思考回路がおかしくなったのでしょう。こんな、理想論の夢物語を肯定するなんて……でも。

「……ありがと」

サクラが笑ってくれるのなら、たまにはバカな事を口走るのもいいかもしれませんね。

────サクラには笑っていてほしい。

こう願うのは私だけではないはず。夕食の時に聞いたサクラの家族や幼なじみ。そして、サクラの過去を知り、彼女を思う見た目が大佐達にそっくりな人達(性格は全然違う、とエドワードが言ってました)。

どのような形であれ、みんなが彼女を思ってる。だって彼女は、今まで十分過ぎる程の痛みを知ったから。

幼かった彼女にとって、兄の死がどれだけ悲しかったか……。勝手な誓いとはいえ人に弱さを見せず、ずっと一人で背負ってきた。それがどれだけ大変だったか……。
きっとそれは、同じように家族を失った者にしか分からない。

そして、サクラが闘い続ける限り、ナイトが生きている限り、彼女はもっと辛い思いをする。

「サクラ……」
「ん?」
「あなたは……ナイトを見つけたらどうしますか?」
「どうって……」
「……殺しますか?」
「っ!オレは人殺しなんてしない!!」
「私も……っ!……私も、かつてはそうでした。人殺しは最も忌むべき行為。そう理解していたはずなのに……両親の仇であるエンヴィーを見たら、膨れ上がる感情を抑えきれなかった。驚きましたよ……私の中にあんなおぞましい殺意があったなんて」

最後は自嘲するように吐き捨てた。

サクラにこんな事を言うのは間違ってると思う。それでも、知っておかなければいけない事だと思うから。

「人殺しは嫌?じゃあ、ナイトがあなたが思っている以上に最低な者だとしたら?」
「それは……」
「あなたの兄を殺した事を悔いもせず、この先も多くの人間やポケモン達を傷つける輩だったら……それでもあなたは我慢できますか?」

サクラは俯いたまま何も喋らなかったが、暫くするとおもむろに立ち上がった。

「ごめん……ちょっと散歩してくる…」

それだけを言い残し、部屋を出て行ってしまった。

近い未来、彼女はナイトと出会う。そんな気がする。
だからこそ考えなければいけない。仇を目の前にした時……真実を知った時、自分はどうしたいのか……。

私の生きる世界に
私の信じる神サマはいない

だって神サマがいるんだとしたら
私がこんなに冷たい体をしているはずがない

けれど、もし……
この世界に神サマが存在するとしたら

どうして彼女に酷な運命ばかり
背負わせるのですか?


「……神サマなんて大嫌いです」

いつか、サクラが仇と対峙した時
己の中にある負の感情に負けてしまったら?


「サクラ、あなたはこっちに来てはダメです」

枕を抱きしめ呟いた刹那。窓が開き、夜風がカーテンを揺らした……────



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