(サクラside)
「じゃあ、行ってくるよ母さん」
「えぇ、気をつけてね」
今晩もポケモンセンターに泊まる事を母さんにだけ話した。父さんに言ったらまたうるさくなりそうだし、いい加減子離れしてもらいたい。
「よし!行くか、リザードン」
湖畔で待たせてあるリト達を迎えに行くため、リザードンは翼を広げて飛び立つ準備をした……のだが、何故か徐に後ろ、湖畔へと続く道の方を向いてしまった。
「ん?どうした?」
なんだ?リザードンの様子が気になって、あたしもそっちの方を見てみると一様には理解し難い光景が飛び込んできた。
「……え?リト?」
猛スピードで走ってくるリトと、その少し後ろを同じようにして走ってくるエドとアル。そして更にその後ろにはスピアーの大群。
──ブーン ブーン ブーン
「ゲッ!何してんだよ!」
「サクラ!こいつら何とかしてくれ!!」
エドが必死な形相でスピアー達を指差しながら叫んだ。
何とか……って言われても。普段は無闇にポケモンを攻撃するのは好きじゃないが、さすがにこの状況はちょっとマズいな。
「ったく……リザードン、“火炎放射”」
リザードンは咆哮をあげると口を大きく開き、炎を吹き出した。吹き出された炎はエド達とスピアー達との間で壁となり、驚いたスピアー達は森の方へと逃げて行く。
「何でスピアーなんかに終われてたんだ?」
「どっかのバカがスピアーの巣に石を投げ込んだんです」
どっかのバカ?ああ、エドの事か。エドならやりそうだしな。
「バカとはなんだ、バカとは!だいたいあれはお前が『誰かいる』なんて言うから…」
「だからと言って石を投げ込むなんて非常識です。体は大きくなっても頭脳は小さいままなんですね。逆、某名探偵」
「んだと、コラーー!!」
ギャーギャーと喧嘩を始めた二人。いや、あれはエドが一方的に怒ってるだけか。
「はぁ……落ち着けって、二人とも。と・に・か・く・!タマムシティに行くよ?」
放っておくといつまでも終わらなさそうなので、強制的に話題を変えた。
「タマムシティには歩いて行くんですか?」
まだブツブツと文句を言っているエドを無視してリトが聞く。
まさか。とあたしは肩を竦め、モンスターボールを放り投げてピジョットを出した。リザードンとピジョットに二人ずつ乗れば大丈夫だろう。いつものようにリザードンに跨って、リトに手を差し伸べた。
「ほら、リト。つかまって」
「はい………あ………ッ!」
リトもあたしの手を掴んで、同じようにリザードンに乗ろうとしたけど、 何故か突然ビクッとして手を引っ込めた。そうかと思えば、既にピジョットに乗っていたエドを引きずり下ろしにかかってる。何なんだ一体。
「痛っ!いきなり何しやがんだ!」
「あなたはリザードンに乗って下さい」
そう言ってリトはヒラリとピジョットに飛び乗った。
「………リト?」
やっぱり、あたしの事が嫌いなのか?気まずそうにあたしから目を逸らすリトを見て尋ねようとしたあたしの視界に、メラメラと燃えるリザードンの尻尾の炎が映った。
ああ、そうか。なるほどな。そういう事なら仕方ない。
「エド、あんたはリザードンに乗ってくれ」
「はあ!?何でだよ!?女同士で一緒に乗ればいいじゃねーか!!」
若干、顔を赤くして嫌がるエド。何だよ?お前もあたしと乗りたくねーのか?それとも、そんなにピジョットが気に入ったのか?
「我が儘言うな」
「我が儘じゃ…」
「リトに無理させる気か?」
「……っ!」
普通の人間にとっては暖かいぐらいの炎でも、リトにとってはきっと猛火なんだ。真剣な顔で言えばエドはしぶしぶ了解し、控え目にリザードンに乗った。
「よし。リザードン、飛んでくれ!」
「ピジョット、お願いします」
二体は翼を羽ばたかせて、空へと飛び立った。
(other side)
四人が去った後の湖の畔。サクラ達がバトルをしていた時と違って、生ぬるい風が不気味さを醸し出す。そんな中、スピアーの巣があった木の陰から一人の男……いや、少年が出てきた。
───ガサッ
「…あ〜、危なかった……。」
少年は凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをすると、先程リトが落として行った銃を拾う。
「紅氷の錬金術師……か。サクラのやつ、とんでもないのを仲間にしたな」
東の空から迫る夕闇に少年は背を向け、西の空に輝く宵の明星に鈍く光る銃を翳す。
──ブーン ブーン ブーン
『スピッ』『スピッ』『スピッ』
そうこうしている内に、先ほどサクラに撃退されたスピアー達が巣へと帰ってきた。その加々知のような眼に浮かぶは敵意。どうやらこの少年の事を、縄張りを荒らす敵だと認識したらしい。
「何だ?相手になってほしいのか?」
少年は銃を腰にしまうと、口元に弧を描いた。
風がザワザワと木の葉を揺らし、少年の茶色い髪を撫でる。ただならぬ気を纏う不思議な少年の胸元には十字のネックレスが揺れていた
。
『スピッ』『スピッ』
「いいぜ。相手になってやる!」
少年は構えた。その瞳にあやしい光を灯して。
「(ん?あれは………っ!)」
少し離れた所から、少年とスピアー達を信じられないという面持ちで見やる赤髪の青年。
「(嘘だろ?どうして、あいつが生きて…)」
脈打つ鼓動を抑えながらも青年……シゲルは茶髪の少年の元へ走り寄り、その名を呼んだ。
「────………マサル……」
“マサル”と呼ばれた少年はその声に気づき振り向くと、満面の笑みを貼り付ける。
「久しぶり!」
その笑い方も仕草も何もかも、遠い日の記憶と何一つ変わらない。それが再会の瞬間にシゲルが感じたことだった。