紅×異世界 | ナノ
(other side)
「……………。」
「……………。」
アルがリトを連れて帰ってきた頃にはサクラもすっかり落ち着きを取り戻していて、話し合うと決めた二人は………限り無く気まずかった。
誰も何も喋らない。否、何をどのタイミングで喋っていいのか、わからない。そんな沈黙を最初にやぶったのは、サクラだった。
「……アキラ…」
「………はい」
「……歯ぁ、食いしばれ」
「は………い?」
──ガン!
「…〜っ!」
顔を上げたリトの頭に、サクラのゲンコツが降ってきた。
「…なっ!何するんですか!?」
余程痛かったのか、珍しく涙目になりながら頭をさすってリトが吠える。
「次!」
「……ぇ?」
「ほら、アキラの番!遠慮なく殴れ!」
サクラは頭を指差して言う。リトは意味がわからなかったが、とりあえず言われた通りサクラを殴った。……遠慮なく。
──ガンッ!
「いっ………つ〜〜!!!どんな力してんだよ!!」
「遠慮なく、と言われたので。そっちこそ……どんな石頭してるんですか」
リトが押さえている右手は赤くなっていた。
「あ、あの〜…サクラさん?」
「二人とも……何がしたいの?」
様子を見ていたエドとアルだったが、いきなりの展開について行けずオドオドしながら尋ねた。
「私からも是非お聞きしたいです」
リトも右手をさすりながら、サクラを見る。サクラは苦笑いしながら、これで『おあいこ』だな、と言った。つまり、痛み分けと言うことらしい。
「んな、むちゃくちゃな…」
「何か文句あんのか?エド?」
「い、いえ。…ありません」
なら、よし!と笑うサクラ。美香とは違うが、サクラもまた優しい人なのだと、リトは理解する。
「そうだ。あのさ、アキ…」
「リトです……」
サクラの言葉を遮り、リトは右手を差し出した。
「リト……それが私の本当の名前です、サクラ」
「そうか……リト!よろしく!」
サクラもしっかりと、その右手を握る。
「(………あれ?)」
ふと感じる違和感。握手したリトの右手は、氷のように冷たかった。サクラが不思議そうにリトを見ると、リトは苦笑しながら説明した。私もエドワードやアルフォンスと同じ……罪人なのだ、と。
「……私も持っていかれましたから」
「っ!リトも人体錬成し…」
「…てません」
それだけはきっぱりと否定し、続きを話す。
自分が『時空の番人』と呼ばれるようになった理由。『傀儡』と言われ、人々から嘲笑された過去。『雪女』として生きてきた自分。
全てを話し終えたとき、リトを除く三人は………沈んでいた。
「子どもの目の前で両親を……嘘だろ……そんな……っ」
「エンヴィーの野郎……許せねぇ…」
「ひどすぎるよ……どうして…」
サクラは驚愕し、エドはエンヴィーならやりかねないと納得するが、その所業に憤怒する。アルは遺憾に思って目を伏せた。そんな三人の様子を見たリトは小さくため息をつくと、ぎゅっと拳を握りしめて言う。
「誰に軽蔑されても、忌み嫌われても………エンヴィーだけは殺します」
深紅の瞳に業火を宿し、誓うように言うリト。殺したいと言う彼女に対し、理由を知った今、サクラはさっきのように頭ごなしに否定こそしないが、やっぱり遺族として辛いものがある。
「なぁ、リト。聞いてくれるか?兄さんの事…」
怒りという感情に任せるのではなく、ゆっくりと気持ちの整理をしながらサクラは兄の事を語っていく。
兄妹として、兄を愛していた。だからこそ、敵であるナイトが許せない。知りたいんだ。兄さんが殺された理由を……。全てを話し終え、俯くサクラ。
リトは目を瞑って聞いていたが、サクラの言葉が終わると静かに瞳を開いて、言う。
「とても……素敵な方ですね」
「……え?」
リトの事だから、てっきりまた兄のことをバカな人とでも言われると思っていたサクラは、予想外な返答に驚いた。
「バカとか……言わないのか?」
エドとアルもコクコクと首を縦に振る。
「……そこまで失礼ではありませんよ…。お兄さんは幸せですね。だってサクラが……」
───こんなにも、愛してる。
『愛してる』その言葉が乾季の大地に降り注ぐ恵みの雨のように、心に染み渡った。
そうだ。兄さんはバカなんかじゃない。大切な……大切なあたしの兄さんなんだ!リトはそれを分かってくれた。
「リト……ありがとう。でも!…人殺しは嫌いだ」
だから“殺す”なんて軽々しく言うなよ?とサクラが言えば、リトは口を噤む。
「ど、努力…しま、す」
口癖に近い言葉だから、気をつけなければいけない。顔をひきつらせながらも、一応承諾した。何はともあれ、一件落着………と、思ったのだが。
「ちょっと待て」
エドは腕を組んで、不服そうにリトを見た。
「……まだ何か?」
リトを始め、サクラとアルも何故エドの機嫌が悪いのか分からず首を傾げた。
「まだオレに対して謝ってねぇ」
エドに対して謝らなければいけない事。
「蹴った事ですか?」
「……それは今はいい」
「だったら何なんですか?」
お互い、心の中で恐ろしい事を考えつつも、まだリトにはエドの怒る原因が見つからない。
「(あ………もしかして、兄さんってば……)」
いち早く兄の言いたいことが分かったアルだが、もう既にエドのこめかみはヒクついていて…ビシッとリトを指さした。
「謝れ」
「だから、何に対してですか?」
「オレに…チビ…っつったの謝れっ!!」
……?
サクラとリトの頭に疑問符が浮かんだ。
「……言いましたっけ?」
「言った!お前がサクラと喧嘩する前、本読んでた時だよ!!」
そう言われて記憶の糸を辿っていくと………なるほど、確かに言っていたような気もする。しかしこの場でそれを言うとは、恐るべき執念。空気読めよ。
「あー……スミマンセンデシタ」
「何だよその、あからさまに心のこもってない謝罪は!」
「うるせぇな!いちいち前の事蒸し返すなよ!!心の小さいやつだな!」
「あーーー!サクラ!!てめぇ、今、小さいって言いやがったなっ!」
「まぁまぁ、兄さん……」
「ぎゃあぎゃあ、喚くな!!だいたい今のは、そう言う意味じゃねーよ!!!」
「じゃあ、どういう意味だよ!?」
フゥ゙ー!と、猫のように気を逆立てるエド。耳と尻尾の幻覚まで見えてきた。
「……プッ……あはっ……あはははっ!」
「「……サクラ?」」
キーキー騒ぐエドを見てサクラは思わず笑い出す。
「………クスッ」
それを見たリトも自然と頬が緩むのを感じた。
「何だ……リトも笑えるんじゃないか」
「サクラとエドワードがおかしすぎるんですよ」
「…どういう意味だよ?」
「そのままの意味です」
「…………。」
「…………。」
「「っ……あはははっ」」
サクラとリトは顔を見合わせて笑う。
「ちょっと前まで喧嘩してたと思ったら、今度は仲良く笑ってるね……」
「あ゛ーーーっ!これだから女って分かんねー!」
頭をガシガシ掻きながらも、二人の楽しそうな様子を見たらもう何も言えない。
「まぁ……それでいいか」
「そだね」
今まで止んでいた風は再び吹き始め、爽やかに新緑の香を運ぶ。太陽は少女達をキラキラと輝かせた。
出会いは最悪だったが結果オーライ。こうして、奇妙な出会いから新しい友達が出来た………───
→おまけ
2008.12.17