(other side)
“美香がこんな所にいるはずない”
そう思っても、リトは目の前にいる人物に問わずにはいられなかった。
「美香……なんですか?」
しかし、返ってきたのは当たり前と言えば当たり前の答え。
「いや、誰と勘違いしてるか知らないけど……あたしの名前はサクラだ」
サクラにそう言われ、リトもじーっとサクラを見つめる。
「ち、近いって…」
「(美香……じゃない…?)」
声はよく似ているが口調が違うし、髪の色も美香はオレンジ系に染めていたのに対し、サクラは栗色をしていた。よく見れば別人だ。
では、この少女が美香でないとしたらこの二人……エドとアルは?リトは二人の方を向くが、エドとアルは顔を見合わせてキョトンと声を揃える。
「「……誰?」」
「…ッ!?」
「でも、二人の名前呼んでただろ?」
「知らねーよ、こんなやつ」
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
アルが遠慮気味にリトに尋ねた。
リトにはまだ状況が理解できない。美香によく似たな少女。鎧ではなく、前に一度だけ漫画で見たことのある生身の肉体をしたアル。そして、リトよりも数段背の高いエド。……………?
「え?背が高い?……ありえません」
自分の知っているエドはリトより少し背が高いくらいだ。こんなに高いわけがない。リトはとりあえず訊いてみる事にした。
「エドワード・エルリック……鋼の錬金術師で間違いありませんか?」
リトが訊けばエドは俯きながら答えた。
「前は……な」
そう、この世界のエドは国家資格をとっくに剥奪されているのだ。
「(まさか……ここは…)」
親友や仲間達にそっくりな人達。けれど、自分の知っている人達とは微妙に異なる、その世界。
「別世界……───パラレルワールド」
全てを唐突に理解した。現世と漫画世界が存在するわけだから、パラレルワールドがあったって不思議じゃない。
「なるほど……。だからここにエド達がいたんですね」
納得したように頷くリト………と、サクラ。
「あんたも…世界を渡れるのか?」
サクラはリトの呟いた“別世界”の言葉に反応して訊ねた。
「……も、と言うことはあなたも世界を渡れるのですか?」
「……ああ」
リトが時空の鍵を使って世界を渡るように、サクラもまたオーキド博士からもらった秘伝の扉を使って世界を旅してきた。ゆえに理解するのはたやすい事だ。
「あたしはこの秘伝の扉を使って世界を渡ってるんだ」
「とび………扉ですか?」
サクラが差し出した物を見て、リトは思わず訊き返してしまう。無理もない。それはどう見ても扉のポスターだった。リトは無言で、そのポスターらしきものとサクラの顔を交互に見やる。
「……壁に貼り付けたら、ちゃんとしたドアの形になるさ」
サクラが補足した。
まさか?とリトは思ったが、サクラの話し方や後ろにいるエド達の様子から、どうやら本当なのだろう。
「……そうですか」
「じゃあ、次はあんたの番だ」
サクラは秘伝の扉をポーチにしまいながらリトをじっと見る。
「………ッ!」
「ん?どうかしたか?」
「いえ……何でもありません」
真っ直ぐ正面から見たサクラの瞳は澄んでいて、リトにとって懐かしい顔をしていた。リトは反射的に目を逸らしてしまう。
「(……変なやつ)」
サクラは訝しげに思いながらも質問した。
「あ……そういや、名前まだ聞いてなかったな?」
「……アキラです」
本名は名乗らない。リトにとって、この姿、この声は親友や仲間達のものだから…。そんなリトの嘘をサクラは、よろしく!と言って信じた。
「…………。」
リトは良心の呵責を感じながらも簡単な自己紹介をする。
「アキラ……紅氷の錬金術師です」
「お前も国家錬金術師なのか!?」
「はい。今は東方司令部勤務で地位は准将…」
「「准将!?」」
エドとアルが声を揃えて驚いた。
「准将……?」
サクラにはいまいち地位の事がわからない。
「准将って偉いのか?」
「上から5番目だよ」
「んでもって下から11番目。部隊の一つ二つなら動かせるだろうな」
「あ〜…そりゃ凄い…」
リトの見た目はどう見ても自分と同じくらい。サクラは素直に感心した。しかし、サクラもポケモン世界のチャンピオン。それも2年連続で。言うまでもなく、この世界最強だ。
「なんか凄いね、この二人」
「あぁ……怒らせたらヤバそうだな」
兄弟がヒソヒソと会話している間にもリトの話は続く。
「私は時空の鍵を使って扉を開けています」
そう言うとリトは懐から鍵を取り出し、サクラに渡す。鍵を受け取ったサクラの感想は
「なんか……錆びてるな」
サクラの言う通り、いつもは金色に輝いているはずのソレは錆びついていた。
「私にもわかりませんが、この世界に来たらこうなりました」
つまり、鍵の力が使えない。
「……これでは元の世界に戻れません……」
無表情に僅かばかりの影を落として下を向く。リトにとってもこんな事は初めてなので、どうしたらよいのか分からない。俯くリトを見て、サクラは先程ポーチに戻した秘伝の扉を取り出して手渡した。
「だったら秘伝の扉を使えばいいんじゃないか?」
確かに秘伝の扉を使えばリトが元の世界に戻る事も可能だ………しかし。
──バチィッ!
「っ!」
「何だ!?」
リトが秘伝の扉に触れようとした瞬間、静電気のようなものが秘伝の扉とリトの間に発生した。見た目は静電気でも、シュウゥ−と煙が出ているあたり、威力は桁外れに違うのだろう。
「……拒まれた?」
「…どうやら私には、それを使うのは不可能らしいですね」
時空の鍵も、秘伝の扉も使えない。何故この世界に来てしまったのかも分からない。万事休す。どんよりとした空気が4人にのしかかった。
この空気を変えたのは……エド。
「ま!何とかなるだろ!!鍵も扉もダメなら、また別の方法を探せばいいじゃねーか!」
エドは何年も答えの見つからない旅をしてきた。だからこそ言える。諦めずに探し続ければ大丈夫だ、と。暖かな金の瞳で、な!?とアルに向かってニカッと笑えば、アルも強く頷いた。
「あんた達、前向きだなー」
「じゃなきゃ、賢者の石なんて求めねーよ」
“賢者の石”
その言葉にリトの眉がピクリと動いた。アルの身体が生身だったので気づかなかったが、エドの手足は…。
「(……機械鎧)」
何故アルに肉体があるのかは分からないが、エドの機械鎧とエドが鋼の錬金術師と呼ばれていた事から二人が過去に人体錬成を行い、賢者の石を求めて旅をしてきた事が推測できる。
「(愚かですね……)」
しかし、それでは腑に落ちない点がいくつかある。
「エドワード・エルリック。何故あなたは機械鎧をつけているのに、アルフォンスが鎧の姿ではないのですか?」
「!?お前っ、アルの体のこと知ってんのかよ!?」
「一緒に旅をしていますから…」
「一緒に!?何で!?」
「……質問に答えてくれませんか?」
無表情で淡々とリトは言う。エドとアルは仕方なく、昨日サクラに話した事……今まで自分達が体験してきた事をリトに話した。
賢者の石を求めて旅した四年間。ドイツという国で過ごした二年間。リトにとって聞こえない内容がいくつかあったが、それは世界の掟だと理解し敢えて触れない。
全てを話し終えた後、リトは静かに、そうですか…、とだけ呟いた。
エドとアルの体の事。そして、どう見てもハガレン世界でない世界に二人がいるのかという事は分かった。しかし、リトにとって分からない事がもう一つ。
「それで……この人は誰なんですか?」
リトはチラリとサクラを見てエドに訊く。
「“サクラ”だって名乗っただろ?」
なかなか自分と目を合わせようとせず、それどころか関わりたくないと言わんばかりの態度をとり続けるリトに少し憤懣しながらも、サクラは答えた。
アキラと名乗るこの少女をサクラはどうも好きになれない。不可抗力で世界を渡った人間は迷い人と言われ、今回のリトはそれに属する。サクラは普段、そういう迷い人を見つけては元の世界に戻すべく手助けをしていた。しかし、今回ばかりは特例だ。
「(なんか……気にくわないんだよな)」
感情を押し殺したような冷めた態度をとるアキラ……もとい、リト。その態度は自分に対して特に顕著に表れているように感じた。目を合わせようとしても…。
──フイッ
「!……」
何故か毎回、逸らされてしまう。
何か気に障る事でも言ったか?と、サクラが考えているとリトの方が先に口を開いた。
「質問の仕方が悪かったですね。……あなたはこの二人の何なのですか?」
質問しつつも、リトは決してサクラと目を合わせようとしない。これには、さすがのサクラも少々ムッとくる。
「こいつらも迷い人だ。だから元の世界に返してやる。ただ、それだけの関係だ」
強い口調でキッパリと言い切った。
「……それ……だけ……」
後ろの方でエドがショックを受けていたようだがスルーしよう。関係ないことだ。
「迷い人……そうですね。ならば、私も迷い人ということでしょうか」
鍵にも扉にも拒絶された迷い人。癪に障る相手だが迷い人とあらば放っておくわけにもいかない。
「あんたが元の世界に戻れるよう、あたしも協力してやるよ」
仕方ねーな。と、サクラは苦笑しながら右手を差し出した。一般的に考えるとこれはハンドシェイク。つまり、握手を求めているのだが……。
「…………。」
「…………。」
シーン…
訪れる沈黙。リトがサクラの右手をとろうとしないからだ。
「?……握手だよ。わかんねーのか?」
文化の違いか?とも思ったが、エド達は分かっているみたいなので、リトにも握手の意味は分かっているはず。
「………。」
それでも一向に動こうとしないリト。
サクラが訝しんでいる間、リトは激しく葛藤していた。確かに握手の意味は分かる。これを断れば失礼だということも。だが、どうしてもこの手をとることは出来なかった。
目の前に差し出された右手とは違い、自分のそれはあまりにも冷たい。もし、エド達や美香によく似たサクラに拒絶されたら?そう思うと、自分でも可笑しいぐらいに右手が動かなかった。
「なんだよ?握手ぐらいしろよ…」
痺れをきらしたサクラは眉間にシワを寄せ、右手を戻す。
「……ほっといて下さい」
冷たく言い放ち、ふいっとそっぽを向く。これが引き金だった。
──カチン!
「人がせっかく協力してやろうって言ってんのに……何だよ!その態度は!?」
思わず声を張り上げるサクラ。大きな声で怒鳴られたリトは不愉快なのか、睨み上げて一言。
「……頼んでません」
「っ……!」
これまたサクラの神経を逆撫でするように言う。
サクラの後ろに炎が、リトの後ろには冷気が。それぞれ効果音までつきながら見えたエドとアルは、決してこの二人に口を出そうとはしなかった。
『女の喧嘩に口を出してはならない』と、本能で感じ取った二人はひたすらその嵐が通り過ぎるのを待った。
暫くしてリトがその睨み合いに飽きたのか。持っていたトランクの中から本を出して読み始めた。サクラもそれに深追いをするような事はせず、取り敢えずエドとアルはホッとする。
「そっ、そう言えばアキラって、そっちでオレ達と旅してたんだよな!?そっちのオレ達は……」
「まだ鎧と機械鎧で、……チビのままです」
本から目を離す事なくリトはわざわざ“チビ”を強調して言った。
「だぁれが超ウルトラスーパー豆粒ドチビかぁ―――!!」
「誰もそこまで言ってねーだろ!」
世界が変わっても相変わらず背の事についての被害妄想は健在なのかとリトは呆れ、見えないようにため息を落とした。
「だいたい、エドはそんなに気にする程ちっさくねーよ」
「小さい言うなぁ!」
「あのなー……はぁ」
青筋を立てるエドを笑ってあしらうサクラ。……リトのページを捲る手が止まった。
「兄さんは牛乳を飲めばいいんだよ」
「あんなもん飲めるか!」
「ホットミルクは美味いよ?」
「どこがだよ!!?」
サクラを見るエドの目はリトの知らないもの。否、こんなエドをリトは知らない。
「だまされたと思って飲んでみろっ!」
「だます気満々じゃねーか!」
生まれて初めて感じる焦燥感。……焦燥感?
「(分からないです……)」
この世界が、時空の鍵が、エドが、アルが……サクラが……分からない。分かっているのは、この空間が自分にとって酷く居心地の悪いものだという事だけだった。
(サクラside)
こうして、あたし達は出会った。
第一印象は、気に入らないやつ。第二印象は、ムカつくやつ。たぶん、向こうも同じだったんだと思う。例えるなら『炎と氷』。あたし達はそんな感じだった。
アキラとは根本的に馬が合わない気がする……。それが何故なのか、この時のあたしは、まだ気づかずにいたんだ。
2008.12.13