紅×異世界 | ナノ


パール  





「ピカチュウ“十万ボルト”!!」
『ピィカァ…チュウゥウウ!!』
──バリバリバリバリッ

ピカチュウの放った電撃により、動きが緩慢になったキメラ。

「今だ!リト!!」
「はい!」
──ズバッ

サクラの合図でリトがキメラの足を斬りつけると、キメラは耳をつんざくような大声を上げて地に伏せた。

「……はぁ…はぁ……これで、全部だな」
「えぇ……っ……そうみたいですね…」

彼女らの周りには無数のキメラ達が横たわっていて、そのどれもがもう戦える状態ではない。

「あらら、もう終わったの?………本っ当、使えないやつら…」
──ぐしゃ

エンヴィーは呻くキメラを冷めた目で見下ろし、頭を踏み潰した。

「「………っ」」

自分達に牙を向けてきたキメラとはいえ、何の躊躇いもなく命を奪ったエンヴィーに、サクラとリトは眉をひそめた。
そのエンヴィーに後ろには、体のあちこちに怪我をしてうずくまるエドとアルの姿。

「まったく……だらしないですね」
「うっせー……」

リトの嫌みに対して一応強がってはみるものの、苦戦しているのは一目瞭然だ。
とはいえリト自身も左手には既に感覚がなく、サクラも腕に巻いたハンカチは血が滲んで真っ赤に染まっていた。

「サクラ!その腕……っ」
「あたしは平気だ!」
「……嘘つけ、全然大丈夫なんかじゃねーだろ……!」

強がってはいるが、このまま放っておいたら出血が止まらない上に傷口が化膿しかねない。一刻も早く病院に連れて行かなければ。

「……エドワード…」
「何だよ?…………ッ!?」

不意に名前を呼ばれたエドが見たものは、紅い氷刀を構え冷気を纏い、エンヴィーを冷たい眼で睨むリト。

「(本当にリト………なのか?)」

思わず体が強ばった。

「二人を連れて、下がってて下さい」
「でも、お前一人じゃ……」
「いいから!」
「っ!」

凍てつくような眼差し。
それは冷たい、冷たい───雪女の瞳。

「これは……私の闘いです」
「クス…やっぱりリトにはそっちの顔の方が似合ってるよ」

エンヴィーは満足そううにニッコリと笑った。

たとえ世界が違ってもリトは雪女。一人で生き、一人で闘い、そして一人で死んでいく。

「(これが私の生きる道……)」

紅氷を背負う者の宿命であり、時空の番人としての務め。

「時空の秩序を乱す者には制裁を。これは時空の鍵を手にした時に私が誓った事です。……誰の助けも必要ありません」
「そうそう。リトはずっと一人……それでい…」
「一人じゃない!」

響き渡る澄んだ声。それは他の誰でもない、リトの心に一番響いた。

「サクラ……」
「リトは一人なんかじゃない」

自分を見つめる真っ直ぐな瞳から、リトは目を逸らせなかった。

美香と同じ顔をしたサクラ。けれど、もうかぶったりなんかしない。これはサクラ。
美香と似た顔だけど性格は男勝りで、……人に頼ろうとしない、自分は弱いと決めつける。
──“サクラ”という名の一人の人間。大好きな人。

「(だからこそ失いたくないんです……っ)」

大切な人が傷つくのは見たくない。

「あなたには関係ありません。血の止まらないその腕ではかえって足手まといなんですよ。だから、下がってて下さい」

冷たい態度をとる。
お願いだから、これ以上傷つかないで…。

「私一人で充分です」

わざと冷たく吐き捨てた。
けれど、ここで素直に引き下がるサクラじゃない。

「(あたしがリトだったら、やっぱり一人で闘おうと思うもんな……)」

リトの言葉が本心じゃない事ぐらい容易にわかる。もう、大切な人があたしの前からいなくなるのは耐えられないんだ……!
右腕なんてどうなってもいい。ここで友を失うぐらいなら、たとえ嫌われても一人にはさせない。

「リト……あたし達は仲間だろ?」
「……っ……仲…間」

優しい微笑みの向こうにある強き思い。
それこそが彼女の強さ。

「サクラ……死なないで下さいね」
「当たり前だ。リトもな」
「……はい」

互いに誓い、エンヴィーを睨む。

あなたがいるから一人じゃない。
あんただから守りたい。
それはひとえに…………友だから。

「余計な事ばっかりしてさあ……邪魔なんだよねー……」

エンヴィーの目から笑みが消える。

「……やっぱりあんたは殺しとこうか?」

嫉妬の炎が灯った瞳にサクラが映る。だが、サクラは臆する事なく言い放った。「お前なんかに殺されてたまるか!!」、と。

そして、天高くモンスターボールを投げた。

「ラプラス、“なみのり”!」

ボールから放たれた青いポケモンは高らかに鳴くと、突如として大きな津波を起こす。

「ただの水じゃん」

エンヴィーは鼻で笑うと、後ろに跳んでそれをよけた。だが…、

「……ただの水じゃ……ない!」
──スパッ

サクラがニッと口角を上げて呟いた刹那、エンヴィーの前で津波が割れた。否、斬れたのだ。

「なっ!?」

現れたのは氷刀を構えた、リト。

「“なみのり”はリトを隠すためのカーテンさ!」

サクラの声と同時にリトがエンヴィーの腕をぶった斬った。

「タッグバトルならではの戦い方ですね」
「………チッ」

一瞬の不意をつかれたエンヴィーは小さく舌打ちをすると、斬られた腕を再生しながらリトと距離をとった。そして怪しく笑い、サクラの元へ…。

──がしっ
「っ…ぅああぁ!!」
「サクラ!!」

エンヴィーがサクラの右腕……傷口を鷲掴みにすると、サクラの顔が苦痛で歪んだ。

「バカな人間かと思ったら、意外とそうでもないんだね。やっぱりあんたは殺しとかなきゃ…」

腕を刃物に変え、エンヴィーはサクラを斬りつける………が、

「ピカチュウ!“アイアンテール”!」
『ピッカァ!!』

ピカチュウは二人の頭上に跳ぶと、硬度の増した尾をエンヴィーの腕に叩きつけた。

「…ポケモンの分際で……っ!」
「……!」

ピカチュウのアイアンテールが見事に決まり、刃物に変えたエンヴィーの腕が一瞬マヒしたのをサクラは見逃さなかった。
素早くエンヴィーの腕を振りほどくと、尚も自分に攻撃しようとするエンヴィーを紙一重でかわし、

「いい加減大人しく殺されなよ」
「だから…」
──がしっ

サクラがエンヴィーの腕を掴んだのと、エンヴィーが浮遊感を感じたのはほぼ同時。

「お前なんかに殺されて……たまるか―――ッ!」

見事に決まった一本背負い。投げ飛ばされたエンヴィーが落ちた所の地面はボコッとへこんだ。

「……よく投げれましたね…」

エンヴィーの体重はハンパない。故に普通はサクラのようなか細い腕で投げ飛ばす……なんて事はありえないのだが。

「力の循環にそって相手の力を利用する。そうすれば自分より重い相手でもなんとかなるからね!」
「……力の循環。なるほど、武術の心得もあるのですね」
「まあな」
「頼もしい限りです」

──パン
サクラとリトは軽くハイタッチをし、エンヴィーに向き直った。

「……何なのさ?」
「エンヴィー、私は……私達は負けません」
「それでも、まだやるのか?」
「………」

絆という名のほのかな明かり。決意という名のたしかな炎。
不死に近いホムンクルス相手に勝てる保証はないけれど、負ける気はしない。仲間がいるから。

するとエンヴィーは、お手上げだとでも言うように両手を上げ、肩をすくめた。

「まぁいいよ。結局ポケモンが石の材料には適さないって事が解ったし。人間を使って石をつくるにしても、肝心の錬金術師さん達が協力してくれなさそうだから…」
「当たり前です」

リトの後ろでエドとアルも額に怒りマークをつけながら頷いた。

「あ!それに……」
「……?」

意味深な笑みを見せるエンヴィー。

「リトの寝顔も見れたしね♪」
「…………」
「リト、落ち着け」
「かっ、からかわれてるだけだよ!」

ニコニコとするエンヴィーに再び斬りかかりそうなリトをサクラとアルが宥めた。

「とりあえずさあ、リト。早く帰ってきなよ?」

エンヴィーはそれだけ言うと、紅く光る空の中へと消えて行った……────





「───……帰るのか?」
「えぇ、今なら時空の扉を開ける事が出来ますから」

リトが懐から取り出した鍵は金色の光を放っていた。

「そっか……寂しくなるね」
「アルフォンス、いろいろありがとうございました」

出会った最初の頃。アルフォンスがいなければ、今こうしてサクラと話す事が出来なかったかもしれない。もしかしたら、彼女をもっと傷つけてしまったかもしれない。
リトは心からお礼を言った。

「どういたしまして。あ!向こうのボク達に伝えてくれる?『絶対に諦めないで』って」
「はい、必ず」

鎧のアルより小さなアルフォンスの手と握手をかわした。いつか、向こうの世界のアルにもこの体温が戻りますように……。

「はぁ……結局最後まで“エドワードとアルフォンス”かよ?」
「私にとって“エドとアル”は世界中……いえ。異世界を探しても、あの二人だけですから」
「そうだな…。あ〜あ、おっかないのがいなくなって、せいせいするぜ!」
「……エドワード…」
「な、何だよっ!?」

突如、真剣な表情になったリトにエドは身構える。しかし、そんなエドにリトはフッと笑って、こそっと耳打ちをした。

「もっと頑張らないと、サクラは一生気づかないと思いますよ?」
「あぁ、そうだな………って!なっ何で、知って……っ」
「……クス」
「〜〜…っ!」

何となく二人が話している内容がわかったアルは「青春だねぇ」と黒く笑い、サクラはキョトンと首を傾げた。

「何でしたら私からサクラに伝えましょうか?エドワードはサクラの事が好…」
「だあぁぁああ!!リト!テメェそれ以上喋りやがったらぶん殴るぞ!!!」

……いや、無理でしょ。という誰もが思いそうなツッコミは置いといて。

「サクラ……あの、いろいろ……すみませんでした」

自分の言葉の所為で……、不可抗力とはいえ連れてきた厄災の所為で、いっぱい、いっぱい……傷つけた。

「あのさ、リト………あたしは人殺しが嫌いだ」
「……知ってます」
「でも、リトは好きだから!」
「っ……サクラ…」

リトはリトだろ?
そう言って笑う、サクラ。


ねぇ、サクラ?
あなたはきっと知らないのでしょう
その言葉に私がどれほど救われたか


「それとナイトの事……まだ今のあたしには分からない。……だけど!けじめはつける。兄さんのためにも、自分のためにも!!」
「そうですね。サクラならきっと、自分を見失ったりなんかしませんよ」

そっとサクラの手をとって、リトが笑った。


なぁ、リト?気づいてたか?
雪女なんて言ってるけどあんたの微笑みが
どれだけあたしを暖めてくれたか


どちらともなく二人は抱擁し、悪い癖なのか涙をこらえてニッコリと笑う。


忘れない

忘れません

リトはあたしの
サクラは私の

大切な友達だから


こぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえ、リトはパッとサクラから離れると、光の方へと駆け出した。

人との出会いは一期一会。そして、会者定離は世の常なのに……理解してても涙はとまらない。
こんな思いをするぐらいなら、いっそ出会わなければよかった?………いや、ありえない。だって幸せだったから。友達になれて本当に嬉しかったから。

「開け!時空の扉!!」

光を放つ扉の中へと消えていくリトの体。

「…っ……サクラ……───」

声は聞こえない。
けれど、最後に振り向いてリトは言った。
読唇術なんてなくてもわかる、たった五文字の言葉。

──ありがとう──

フッ……と、扉が消えた。



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