紅×異世界 | ナノ


サファイア  




戦いは今、終焉の時を迎えた。賞嘆されるのは、勇猛果敢に全力を賭して闘った小さな戦士達。

『ピピカ…』
「よくやった!ピカチュウ!!」

ピカチュウを抱きしめ、とびっきりの笑顔で褒めるサクラ。
あれほど濃いバトルをしたのは、以来だろうか。血湧き、肉踊るバトル。興奮せずにはいられない。

「……負けてしまいましたね」

リトはそっとメタモンを抱き上げた。
リトも強かった。初めてのバトルでサクラ相手にあれだけのバトルが出来だのだから。しかし、サクラはそれ以上に強かったのだ。圧倒的な王者の貫禄と攻防ともに優れた戦い方、そして絶大なるポケモンとの信頼関係はチャンピオンと呼ぶに相応しい。

『……メタ…』
「メタモン、ありがとうございました。ゆっくり休んで下さい」

リトはメタモンを抱きしめるとモンスターボールを翳し、メタモンをボールへと戻した。

「サクラ……良い、バトルでした」
「あぁ、オレも楽しかった」
「再戦の契りを交わせないのが残念です」

最初で最後の時空を越えたポケモンバトル。しっかりと交わした握手は互いの健闘を讃え、好敵手と認めた証。出会ってからまだ数時間しか経っていないけれど、バトルで生まれた絆は何よりも深い。

「本当に二人とも凄かったよ!!」

サクラとリトのバトルに触発されたアルが嬉々として言えば、リトが俯いた。

「リト?どうかした?」
「……生まれて初めて、戦う事が“楽しい”と感じました」

今までリトがしてきた戦いは、殺らなきゃ殺られる、相手の息の根を止めて初めて“勝った”と言えるものだった。

殺すのが当たり前。戦いとはそういうものであり、ましてや楽しむなんて事ありえない。そう思っていた。そう理解しようと努めてきた。けれど…、

「戦い(殺し合い)ではない戦い(バトル)……いいものですね」

リトはサクラの方を向いて微笑んだ。

「本当にありがとうございました」
「…リト……どういたしまして!」

サクラと出会った事により、殺す事が全てだと思っていたリトの中で、何かが変わってきている。それはサクラにとっても喜ばしい事であって、サクラはわしゃわしゃとリトの頭を撫でた。

出会った当初のリトならこんな事をされたらキレていただろうが、今はどうだろう。なかなかどうして嬉しそうだ。それもかなり。

にっこりと笑うサクラ。一見して男っぽい口調と服装をしているが、整った顔と暖かい笑顔は同性から見ても惚れ惚れするほどとても綺麗で…。

「……サクラって男女問わずモテそうですね」
「……そんな事ないよ」

少しムッとして答えるあたり自覚がないようだ。

鈍感?それとも天然か?リトと同じ事をエドとアルも思ったようで、一人訳が分からず頭に疑問符を浮かべるサクラを余所に、三人は顔を見合わせて溜め息をついた。





「エーフィ!“ねんりき”」

サクラが紫色の猫のようなポケモンに指示を出すと、バトルの時に風で飛ばされ、木に引っかかっていたリトのマフラーが浮いた。

「はい、リト」
「ありがとうございます」

それを受け取ったリトは大事そうに首に巻いた。

「だいぶ冷えてきたね」
「そういや……もう、夕方だしなー」

エドに言われてサクラ達も空を見上げると、さっきまで青かった空は朱色に染まっていた。

「なら、一人増えた事だし今日もポケモンセンターで泊まるか」
「すみません」
「気にしなくていいよ。じゃあ、あたしはポケモンセンターに泊まる事を母さんに言ってくる」

そう言うとサクラはリザードンをボールから出し、マサラタウンの方へ飛んでいってしまった。

小さくなっていくサクラを無言で見つめるリト。

「何だ?寂しいのかよ?」
「……ッ!?」

そんなに子どもではありませんよ、とリトは否定するが エドはニヤニヤと笑うばかり。よせば良いものをわざわざ自分から地雷を踏みに行くのは勇気か無知か。

「どうだかな〜?」
「……あまりしつこいと、殺し…」

元々、からかわれるのを好まない(相手がエドなら尚更)リトは『殺しますよ?』と、いつもの台詞を言おうとしたのだが……。

───ジャキ
「のわあぁぁっ」

今回はいきなりエドへと銃を向けた。

「リト……っ、落ち着いて!」
「そっ、そんな怒んなくても……!」

今にも引き金を引きそうなリトに、エドとアルは顔を青くしてリトを宥める。しかし、リトは眉をピクリとも動かさず、エド……の後ろ、草むらの方を睨みながら訊いた。

「………誰ですか?」

───…何かいる。リトの本能がそう告げているのだ。しかし、何の反応も見られない。

「誰かいるのかよ?」
「……気配はしました」

尋常ならぬリトの雰囲気にエドとアルも警戒する。

「ったく……誰かいんなら、出てこい……よっ!」

しびれを切らしたエドが近くにあった石を草むらに向けて投げた。拳ほどの大きさのそれはエドの手を離れた後、ゴン!という音とともに何かにぶつかり、そのまま茂みの奥へと転がり込む。3秒後、草むらの中から出てきたのは……出来ればお会いしたくない相手だった。

──がさっ
「何だ!?……ポケモン!?」
「!…あれは……っ」

──ブーン ブーン
草むらから出てきたもの。それは鋭い針を持ち、大きな赤い瞳にエド達を映した森のハンター。

「ス……スピアー…!」

リトの顔にサーッと縦線が入る。
スピアーがポケモンのアニメに登場しているのを何度か見たことがあった。だからこそ言える。最悪だ。これから起こるであろう事を悟ってリトは目眩を起こし、思わず持っていた銃を落としてしまった。

「……リト?大丈夫?」

顔色の悪いリトを心配するアルだが、リトの視線は猛烈に怒るスピアーに向けられたまま。

「なぁ、あいつ……ヤバいのかよ?」

───あなたバカですか?ヤバいなんてものじゃありません!
エドの問いに内心ツッコミながらも、リトはゆっくりとスピアーについて説明していく。

「あれはスピアー。毒蜂ポケモン……です」

リトの左足が、半歩後ろに下がる。

「その多くは森などに生息し、毒針で攻撃する戦法を得意としていて……そして…」

リトがまた一歩、後ずさる。

──ブーン ブーン ブーン
「そしてッ……怒らせると、大抵群れで襲ってきます!」

そう言いきったリトはバッと方向転換し、一直線に走り出した。それはもう、脱兎の如く。

「はぁ!?おい、リト!」
「に、兄さん!あれ!!」
「何だよ!?………ッ」

アルに呼ばれ、振り向いたエドが見たものはスピアーの大群。

──ブーン ブーン ブーン ブーン
『スピッ』『スピッ』『スピッ』

360度見渡せそうな大きな無数の瞳に映る自分たちの姿を見たとき、漸く二人も状況を理解した。それと同時に先ほどのリト同様、サーッと血の気が引くのを感じた。

「うおぉ!アル!!逃げるぞ!!!!」
「うわああああ!に、兄さん!」

エドもアルを掴んでリトを追いかけた……が、当たり前だがスピアー達も追ってきた。

「チッ……リト!何とかなんねーのかよ!?」
「無理です。私達はポケモンを持っていません!」

スピアーをリトの錬金術で攻撃すれば殺しかねない。ポケモンを持っていないリト達に残された選択肢は“にげる”のみだった。

「三十六計逃げるにしかず!情けないですが、“逃げ”も立派な戦法です!!」
「あ゛〜かっこ悪ぃ!!」
「かっこ良いとか悪いとか、この際どうでもいい!兄さん!とにかく走ろう!!」

『スピッ』『スピッ』『スピッ』
「「来たぁ――――!!」」

「(……と言うか、エドワードを囮にすれば私とアルフォンスは逃げる必要がないのでは?)」
「リト……お前、何か嫌な事を考えてないか?」
「………………別に」
「テメェ、何だよ!その間は!!」
「兄さん、今はそんな事言ってる場合じゃ…」

『スピッ』『スピッ』『スピッ』
「「ギャアアアァァー!!」」

こうなったらもうバカな喧嘩なんてしている余裕なんてない。三人はとにかく唯一頼れる人物、サクラの元へと走った。頑張れ。



[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -