紅の幻影ss | ナノ


氷天華〜冬に咲く花〜  




(エンヴィーside)

「───……こっちが解熱剤」

そう言ってラストは、錠剤の入った瓶をコトンと僕の前に置いた。

「飲ます前に、何でもいいから軽く食べさせなさい」
「はいはい」
「でも、熱が高いからって、一度に何錠も飲ませちゃダメよ?本当は使わない方がいいくらいなんだから」
「……細かいなぁ」

さっきから、くどくど、くどくど。これだからオバハンは……って言おうとしたら、もの凄い顔で睨まれたので慌てて口を閉ざす。

「それにしてもさぁ、保温のための毛布やら薬やら、これ全部僕が持っていくわけ?」

冗談じゃない。何でこの僕が、あんなおチビちゃんのために、そこまでしなきゃいけないのさ。

「貴重な人材じゃなかったら、とっくに殺してるのに……」

時空の鍵を持つに値する存在のあの子。
世界を越えて逃げたタイアースを捜して200年、ようやくタイアースの足取りを掴んだと思ったら、当たり前だけどタイアースはとっくに死んでいた。でも、その代わりに見つけた1人の子ども。時の賢者、タイアースに匹敵する……いや、あの男以上の才能を持った奴の子孫を。ただ、彼女はあまりにも幼くて、一人では生きていけないほど弱い子どもだった。

「だからって、何で僕がおチビちゃんの世話係なんかに…」
「200年前にタイアースを逃がしたのはあなたでしょう、エンヴィー?それに今回の発熱にしたって、あなたがあの子に余計な怪我をさせるからじゃない」
「……う゛」

仕方ないじゃん。あいつは僕を見るなり刃物持って斬りかかってくるんだから。そのくせ殺すことにまだ躊躇いを持ってて、刺す瞬間にあの大きな瞳を揺らすんだ。可笑しいったらありゃしない。

「……“リト”って言ったかしら?その子?」
「リト!リト!食べていい?」
「ダメよ、グラトニー。彼女は人柱以上に大切な人材なんだから」

……そう、リトは人柱とはまた違う、代えがきかない貴重な人材。
いずれリトもその事に気づくだろうね。本当の事を知った時、あの顔はどう歪むんだろうか。将来見れるであろう絶望に染まった顔を想像し、ククッと喉を鳴らして笑うと、ラストが呆れたような目で見てきた。

「エンヴィー……あなた、まだいたの?早くリトの所へ行ってきなさい」
「……はいはい」

僕は適当に返事をして、ラストが用意した薬やら何やらをその辺にあった袋に詰めていく。

準備が終わるとお父様の元へ行き、時空が震えた瞬間、そこに歪みの穴を開けてもらった。僅かに時空が震えている間、そこから僕は世界を行き来する事ができる。
言うなれば、お父様の力を持ってしても時空を越えるためには、自然発生する時空の震えが必要になる。しかもそれは震えが治まったら閉じてしまうという厄介な代物で、そんなものに左右されることなく自由に世界を渡る方法は“時空の扉”だけ。
だから、計画を遂行するためには鍵を使って扉を開けることのできる“時空の番人”が必要になる。それがまさか、あんな弱い子どもだったのは大誤算としか言いようがないが、如何せん代わりは存在しない。僕の仕事はおチビちゃんを死なせないように、且つ、時空の能力を身につけるよう鍛えること。子育てなんて可愛いものじゃない、言うなれば教育と躾だね。躾…の響きは嫌いじゃないよ。

「エンヴィー、頼んだぞ」
「はーい」

代価を賢者の石で支払い、僕は時空を越えた。


───パァアアアッ
眩しい光がおさまり、ゆっくりと目を開けると、着いたそこは、無駄に大きいタイアースの屋敷前。

無事に着いたことはいいんだけど……季節は絶賛寒気到来の真っ只中。足元には5センチぐらい雪が積もっていて、見上げれば分厚い雲の層からまだまだ白いものが降ってくる。

「寒い………」

途端に面倒くさくなって(もともと面倒だったけど)、薬は渡した事にして帰ろうかな……なんて、まるでスロウスみたいな邪心が浮かんだ。

「……でも、もしそれでおチビちゃんが死んだら怒られるのって僕だよね?」

ラストに何回刺し殺されるか想像したくもない。
早く終わらせて帰ろう、そう決意して僕は木に登り、2階の窓からリトの寝室を覗き込んだ。

「おチビちゃーん、生きてるー?……って、あれ?誰もいない?」

カーテンの掛かっていない寝室の奥にあるベッドはもぬけの殻。窓を割って部屋に入ると、シーツには体温の欠片も残ってはいなかった。元気になった?いやいや、そんなはずはない。こんな短期間で治るはずない怪我を負わせたし、それに伴う高熱はかなりの物のはず。まったく、余計な手間をかけさせないでもらいたい。

寒さの所為もあってイライラしながら、僕は一度木から降りようと下を見た。その時ふと目にとまったのは、裏口のドアから森の方へと続く小さな足跡。所々、大きなへこみがあったから、たぶん転んだんだろう。

「え?つまりあのおチビちゃん、こんな雪の中、森へ行ったの?死ぬ気?」

それはちょっと困る。おチビちゃんが生きていてくれないと計画が台無しになるじゃないか。
僕はおチビちゃんが生きていてくれる事を祈りながら、足跡を辿って行った。

───ザッ ザッ ザッ
しんしんと降り積もる雪に足をとられながらも暫く森の中を歩いて行くと、そこだけ森から切り取られたような場所に出た。
春は花畑が広がるそこも、今は一面の銀世界。足跡はその中央に続いていて、名前すら刻まれていない粗末な2つの墓石が並ぶ前で止まっていた。

そして、真っ白な雪の上でブランケットを羽織りながら、墓石の前にポツンと座り込む小さな女の子。

やっと見つけた、こんな寒い中何してんのさ、バカだろ。一発殴ってやろうと近づいた僕の耳に、ふと聞こえてきた緩やかなメロディー。
近づこうとした足が思わず止まった。


  世界中の希望のせて
  この地球はまわってる

  今 未来の扉をあける時
  悲しみや 苦しみが
  いつの日か喜びに変わるだろう

  I believe in future
  信じてる


それは、僕が初めて見たリトの姿だった。
愛する者を奪われ、絶望の闇へと落とされながらも、小さな体で自分を保とうと行う無力な抵抗。そう、無力で嘲笑に値する行為のはずなのに……。


  世界中の優しさで
  この地球を包みたい


泣き顔と怯えた顔、憎しみに支配されたおチビちゃんの顔しか知らなかった僕は、その儚げな姿に思わず見入ってしまった。
雪の中で暖かな歌を悲しそうに唄うリトに、どうしようもなく魅せられたんだ。


  I believe in future
  信じてる


天に消えていく歌声。

「おとう、さん……おかぁ…さ……っ」

リトは最後に空を仰いで呟くと、その場にパタリと倒れてしまった。

あ、ヤバい。今度こそ本当に死んじゃった?
そう思い、慌ててリトの元へ近寄れば、リトは苦しそうに白い吐息を吐きながら荒い呼吸を繰り返していた。

「っ─…はぁ……はぁ………ッ」

とりあえず辛うじて生きてたのでホッとする。ただ、死にそうなことには変わりない。ほっぺたは真っ赤だし、額は湯気が出そうなくらい熱く、僕がそばにいることさえ気づいていない様子だ。

「(また熱が上がってる。40度は超えてそう)……しっかりしなよ、おチビちゃん…」
「お母さん……、おと…さん……」

朦朧とした意識の中、リトはうわごとのように両親を呼ぶ。それが酷く面白くない。
ああ、そう言えば……僕はエンヴィー、嫉妬のホムンクルスだったね。

───パキ パキ
「……リト…」

僕はリトの父親に姿を変え、とびっきり優しい声で名前を呼んだ。しかし、依然としてリトは苦しそうに眉を寄せたまま気づかない。

「ほら、こんな所で寝たら風邪をひいてしまうよ?」

……って、もうひいてるか。それでもリトの傍にしゃがんで頭を撫でれば、雪の所為で湿った頭がピクリと反応を示した。

さぁリト、早く起きなよ?今、お前の大好きな父親が目の前にいるんだ。
心の中で歪んだ笑みを浮かべる僕は、やっぱりえげつないのかもしれない。

そうそう、実は前に一度だけリトの前でリトの両親に姿を変えた事がある。母親の姿でソレらしく微笑んでやったら…、

『あなたなんかがお母さんの姿で私を呼ばないで!!!』

そう吠えて、既に傷だらけの体のまま僕を殺そうと向かってきた。
もちろん、返り討ちにしてやったし、確かあの時も出血多量で死にかけた気がする。それでも意識を失う最後まで親に化けた僕を睨んでた。

そして僕は、今日も怒るだろうなーと思いつつ、父親の姿でリトに微笑みかけ、周りの気温に反してどんどん熱くなるその小さな躯を抱き上げた。

「リト……家へ帰ろう?温かい家に……」

偽りの家族に会えて幸せかい?
それとも、また怒り狂うかな?
僕は笑いたいのを我慢しながらリトの反応を待った。

「おとう、さん……?」

リトは耳元で聞こえた父親の声に反応し、閉じていた瞳をうっすらと開いた。その目に映るのは偽りの希望。

───…ギュッ
小さく弱い力で、僕の首にしがみついた。

やっぱり人間ってのは、下等な生き物だ。すぐに弱って惑わされる、本当に滑稽な存在。
こんな愚かな生き物に僕は何を期待してたんだか。

「リト……」

さあ、どんな言葉で再び絶望へと突き落としてやろうか?いっそのこと壊れるまで遊ぶのもいい。だって人形は持ち主の玩具……僕を楽しませるのがあんたの役目だろう?
そんな事を考えていると、リトは僅かに腕の力を強め、弱々しい声で呟いた。

───……エンヴィー、と。

「……っ!」

まさかと思い、僕はリトを抱いたそのままの体勢でリトの言葉に耳を傾ける。

「エン、ヴィ……お願いです。─……っ、もう少し………もう少しだけ、その姿のままで……いて、下さい…」

こうやって密着していなければ聞こえないくらい小さな声は、リトの口から零れる度、雪のように溶けて消えていく。

偽りの父親だと分かっていながら、僕の服を掴んで啜り泣くリトは、何て愚かで脆弱な生き物なんだ。こんなやつに世界の未来が懸かってるなんて……ほんと滑稽だよ。


この気持ちは何だろう?

(ラストー。リトの所に行ってくる)
(?…もう熱は下がったんでしょう?)
(だから、勉強してるか見に行くんだよ)
(エンヴィー…あなた、まさか……)
(……?)



─────────────

(『Believe』/童謡・唱歌)

育ての親、実はエンヴィーだったりします。
幼少期〜児童期まで、また短編として書けたらいいな(*´`)



2009.12.13 いろは遊



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