紅の幻影ss | ナノ


あわてんぼうなサンタクロース  




過ごしやすい季節は終わりを迎え、景色も冬めく11月。
人々がいそいそと冬支度に励む中、彼らの旅に季節など関係ないわけで、春夏秋冬、東西南北へと大忙し。
今回は有力な情報を得て、これは期待できるぞと意気揚々と北部の街まで足を運んだのだが……

「「はぁ〜…」」

盛大な溜め息を吐くエルリック兄弟。
そう、結果はガセネタ。赤い石は、ただの赤い宝石だった。

「今回こそはいけると思ったのに、また振り出しかよ。これで何回目だ?このパターン…」
「残念だったね…。でも、諦めないって決めたじゃないか。また次を探そうよ!」
「アル……そうだな!」

旅をしているとつまづく事は多々ある。その度に彼ら兄弟はこうやって励まし合ってきたのだ。先の見えない旅路でも決して光を見失わないように、この絆こそ兄弟の自慢。

諦めるな、と列車の窓から入る風はまるで後押しするかのようにエドの金髪を撫でた。

「……あっ…!」

突然、短い声を上げて固まるエド。

「どうしたの?」
「大佐にこの前の報告書出せって言われてたの……忘れてた」

そう言って顔をしかめると、エドは恨めしそうにトランクから数枚の書類を出した。
今、乗っている列車はイーストシティを通るので方向的には全く問題ない。しかし…、

「会いたくねぇ…」

これが理由。
会う度にイヤミを言われるエドとしては一番会いたくない人物のもとへ、それも出し忘れた報告書を提出しに行かなければいけないのだ。出来ることなら直接会うのは避けたい、そこでエドは思いついた。

「…!なあ、リト!お前、確か階級は『大佐』だろ?リトに見せればあのイヤミ大佐に会わなくてすむじゃん!」

エドは顔を輝かせて、隣で本を読むリトに言う。しかし、リトから返事はない。

「……リト?お〜い!」
「………」
「リト…………リト!!!
「…っ!?」

耳元で強めに名前を呼ぶとリトはビクッと肩を震わせてエドを見た。その瞳は微かに潤んでいる。

「…何でしょうか?」
「お前、大丈夫か?何かボーっとして……」
「…本に集中してただけです」
「えっーと、リト……そこ目次だよね?」

アルが指差したソレは目次のページが開かれた本。リトの膝の上に置かれたその本は、かれこれ二時間弱ずっとそのままだった。

「……考え事をしていただけです。話しかけないで下さい」

リトは本を閉じると窓に頬杖をつき、そっぽを向いてしまった。

今日のリトは機嫌が悪い。
この時、二人はいつも以上に冷たいリトにそう思っただけだった。

数時間後、三人を乗せた列車は無事イーストシティに着いた。お世辞にも乗り心地がいいとは言えない固い座席から漸く解放された乗客達は、少しの疲労を見せながらも次々と降りて行く。

エドも不本意ながら……出来ることならこのままUターンしてどこか遠くへ行ってしまいたい。北だろうが南だろうが、この際ブリックスだろうがダブリスだろうが……あ、やっぱりダブリスはナシで。
とにかく嫌々ながらも降りる準備をするのだが……リトが動こうとしない。と言うより、駅に着いたことに気づいてない様子だ。

「リト?着いたぞ〜」
「…………」

先程と同じく名前を呼んでも反応しない。窓に頬杖をつき、流れることのない景色を眺めている。

「…ったく……行くぞ!リト!!」

仕方なくエドはリトの手を引いて立たせたのだが…… おかしい。

「……リト?」
「…………」

いつもなら無理やりすると抵抗するか睨んでくるのに、今日のリトはやけに大人しい。ほぼ無抵抗に近いリト。
そして、それ以上に違和感を感じたのが…

「あったかい…?」
「え?うそ…」

握ったリトの手は温かかった。決して熱いわけではなく、普通の人と同じくらい。

「(でも、そんなわけねえよな。だって、リトは……!)」

そこで初めて二人はリトの異変に気づいた。潤んでいた目は今は虚ろで焦点が合っておらず、体もフラフラしている。呼吸だって何時もより浅く、リズムが速い。そして、極めつけは…

「大丈夫です…何でも、ありま……せん」

この強がり。

「リト…お前、まさか……」

──ぽすっ…
「▲※!#%▽☆〜〜ッ!!」

リトがふらっとしたと思った瞬間、エドにもたれかかるようにして倒れた。エドは顔を真っ赤にしながら声にならない叫び声を上げるが、すぐにハッとしてリトの様子を見る。

「……っ……はぁ……」

顔をしかめ、苦しそうに肩で息をするリト。具合が悪いのは一目瞭然だ。

「おい!しっかりしろ!リト!!」
「兄さん!とにかく宿に行こう!!」
「…っ!あぁ、そうだな!!」

二人はいつもイーストシティに来たときに利用する宿へと急いだ。宿に着くとすぐさまベッドにリトを寝かせ、体温計をくわえさせる。
暫くして体温計を見てみると…

「35度ちょい……ってとこだな」
「リトの平熱は30度ぐらいって言ってたから、普通の人の体温として計算したら……40度!?」
「やばいな…。かと言って普通の医者に見せてもダメだろうし…」

35度が高熱だと言っても信じてもらえないだろう。二人は大佐に相談するのが得策だと思い、アルは東方司令部へ走って行った。
エドは自分も一緒に行くと言ったが、アルに、リトを一人にするわけにはいかないでしょう?、と言われてしまえば大人しく看病に残る他ない。

「看病つっても……どうすりゃいいんだ?」

一人、う〜んと頭を抱え込むエド。普段自分はめったに風邪なんて引かない(アルはあの身体なので言うまでもない)。つまり病人の看病などしたことがない。おまけにリトは普通の身体ではない。
……ないないづくしのラビリンスだ。

「──……ん…っ」

辛いのか、時折苦しそうに小さく呻くリト。エドはどうしたらいいのか分からず、オロオロするばがり。

「お、お落ち着け、オレ!確かガキの頃に熱出した時、母さんは……お粥作ってくれた!!」

…が、エドはお粥の作り方を知るはずもなく、再び困惑の渦の中へ。

「普通は冷やせばいいんだけろうど、……リトの場合いいのか?」

体温が不安定なリトなので少し戸惑う。
しかし、他に出来ることも無さそうなのでエドはフロントに氷をもらいに行こうと踵を返した……ら、服の裾を僅かに引っ張られる感覚。見ると、目が覚めたリトがエドのシャツの裾を弱々しく掴んでいた。

「起きたのか?」

リトはコクリと小さく頷いた。

「今、氷もらってこようと……」
「…いらない……今、寒い…です…」
「なら、温めたほうがいいか?毛布もっと被るか?」
「……はい」
「よし、こちっちのベッドの分も被っとけ。……どうだ?ちょっとはマシか?」
「……ん、重い……けど、マシです…」

衰弱しているのか、小さな声で途切れ途切れに言う。

「…今、アルが大佐のとこに行ってる」
「そう…ですか。司令部になら薬…あります」

それを聞いてエドは少し安心する。同時に、アルが早く帰って来ることを祈った。

「何か、他にして欲しいことあるか?」
「……して…欲しいこと?」

リトは虚ろな瞳で天井を眺め、暫く考えた後エドの機械鎧に手を伸ばした。

「機械鎧…?………あぁ!」

初めは意味が分からなかったが、機械鎧に手を添えるリトを見て何が言いたいのかを理解し、エドは右手をそっとリトの額に当てた。
いつもより体温の高いリトの体に機械鎧のひんやりと程良い冷たさがしみこむ。

「…冷たくて、気持ちいいです」
「……そうか」

顔色は相変わらず辛そうだが、表情が少し柔らかくなったリトを見てエドは安心する。

罪の証だと思っていた、罪人に架けられた手錠と足枷。冷たく重い、鋼の手足。けれど、今はその冷たさが役に立ってる。苦しむ彼女の気休め程度にしかならないが、それでも嬉しい。

「(そういや、最近急に寒くなりだしたな…)」

リトは人より寒がりで、体温が低いため病気に対する抵抗力が少ない。季節が移り、いきなり気温が下がろうものなら直ぐに風邪を引き、時には命に関わる高熱がでるのだ。

「……皮肉ですね」

エドの考えてる事が伝わったかのように、リトが閉じていた瞳をうっすらと開いた。

「私が常人と同じ体温を望めば、それは命に関わる高熱となって私を苦しめる…」

未だ焦点の定まらない目で天井を見つめるリト。

彼女もまた……罪人。冷たい身体は、どのような理由があろうと人ならぬ力を欲した───……その報い。

「必要以上に寒さに敏感なこの身体は少し体温が上がれば私にとっての焦熱地獄……いろんな人に迷惑をかける難儀な身体です……」

自嘲気味に呟くその声はひどく悲しそうだった。エドはリトの額に当てていた右手を、その頬に添えて言う。

「寒いんなら温めてやる。熱いんなら、何度でもこうやって冷ましてやるから……」

リトの顔を覗きこみながら切なそうに言葉を紡ぐエド。

「だから……もうちょっと、オレを頼れよ…」
「…迷惑はかけれませ…」
「迷惑なんかじゃねぇよ…!オレ…今、リトの役に立ってる事すげー嬉しいから」

そう言って、ニカッと笑った。リトはもぞもぞと鼻の上まで布団を被って顔を隠す。

「……変な人ですね」

平静を装うがその頬は赤い。たぶん風邪の所為ではないのだろう。
普段、見せたことのないリトの照れた顔、二人っきりの部屋。そして、さっき自分の言った台詞…。


──ガチャッ
「ただいま〜……兄さん、どうしたの?…顔……真っ赤だよ?」

司令部から戻ってきたアルが、ベッドで大人しく横になっているリトと挙動不審な兄を見比べて首を傾げる。
アルの言う通りエドの顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっていた。指摘されたエドはくるりと壁の方を向いて二人に背を向けたが、金髪から覗く耳は赤いまま。

「なななな、何でもねぇよ!!で、薬とか貰ってきたのか!?」
「あ、うん。ホークアイ中尉がくれたよ」

リト用なんだって、と薬の入った小瓶を机に置く。

「それと、薬飲む前に何か胃に入れなきゃいけないから果物買ってきたんだけど……リト、りんご食べれる?」
「はい、すみませんアル。迷惑かけてしまって…」
「迷惑なんて思ってないよ!だから、もう無理しないでボク達を頼ってね?」

鎧だから表情なんて分からないが、アルの優しさが伝わってくる。じゃあ待っててね、とアルはりんごを剥くために台所へと行った。

「やっぱり兄弟ですね。同じ事を言う…」
「お前見てたら誰だってそう思うよ」

顔の火照りが治まったエドだが、まだリトを直視出来ないでいる。
仕方なく視線を部屋のあちこちに移していると、ふと目に留まった壁にかけてあるリトのコート。寒がりな彼女はいつもこの黒いコートを着ているのだ。

「(それでも寒いんだよな。何か他に…)」

暫く腕を組んで考えていたエドだが、あ…と、短く声を上げるといそいそと出掛ける支度をし始めた。

「悪い、ちょっと出かけてくる」
「?……はい」

銀時計と財布を持ち、どこかへ出かけて行ったエド。入れ替わりに部屋にアルが入ってきた。その手には皮を剥かれたりんごが盛られたお皿が乗っている。

「リト、食べれる?」
「大丈夫です」

リトは体を起こし、お皿を受け取る。

「……ウサギ…」

可愛く且つ食べやすいように、小さなウサギの形に切られたりんご。リトはフォークに刺して、じーっと見つめた。

「嫌だった?」

アルがおずおずとたずねるとリトはフルフルと首を横に振り、尊敬の眼差しを送った。

「アル……凄いですね」
「そうかな?普通だと思うけど…」
「いえ、かわいいです……」

リトはシャリッとりんごを口に含む。
熱の所為で味なんてものは分からないが、

「……おいしいです」
「良かった。後で薬も飲んでね?」
「……はい」

優しさや気遣いが含まれたりんごを全て食し、アルが貰ってきた薬を飲むとその効果も手伝ってか、再び横になるとリトはすぐに安息の眠りへと落ちていった。




──…翌朝。

小鳥のさえずりと自身にのしかかる不可解な重さによって、リトは目を覚ました。
額に手を当てると熱は殆ど下がっているようで、いつも通りの慣れ親しんだ冷たい身体。だが、やはり体が重い。
不審に思って上半身を起こしてみると………腹部にエドの頭が乗っていた。夜通し看病していたのだろうか、寝息を立て穏やかに眠っている。

窓から差す朝日によって、髪がまるで金糸のように輝き、触れてみればサラサラとリトの指から滑り落ちる。
……綺麗。素直にそう思ったが、それを素直に言えないのがリトという人間。

「…頭、重いです」

そう言ってエドの頭をどかすと、ベッドから降りた。ずっと寝ていたせいで凝り固まった身体をほぐしながらベッドを振り返れば、昨日までは無かったものに目がいった。

「……何でしょうか?これ…」

自分が寝ていたベッドの枕の横に置かれた紙袋。ご丁寧にリボンまでしてある。持ってみると大きさのわりに軽く、柔らかい。

「………?」
「それ、やるよ」
「……ッ!エド」

いつの間に起きたのか、エドは欠伸をしながら言うと、リトの体温を確認し。よし…!、と言うと部屋を出て行ってしまった。

「…何なんでしょう?」

一人残されたリトは紙袋と顔を見合わせる。
“やる”と言っていたので、好きにしてもいいのだろう。とりあえずリボンを解き、袋を開けると……暖かそうな白いマフラーが出てきた。

「…昨日はこれを買いに行ってたんですね」

昨日いきなり一人で出かけたエドに納得がいく。

ふと見れば、マフラーのタグには今女の子に人気のメーカーのロゴが描いてあった。これはそのメーカー専門の店に行かなければ買えない代物。つまり、エドが一人で女の子向けの店に入ったということになる。

「………クスッ…」

顔を赤らめながらマフラーを選ぶエドを想像すると、思わず笑みがこぼれた。

リトは汗ばんだ体を拭き、いつもの服を着る。そして、新品のマフラーを首に巻いた。
姿見の前に立つとそこに映る自分の姿は黒いコートにスカート、白いブーツと銀髪、そして白いマフラー。

「別にモノトーンは嫌いではないですが…」

もうちょっと他の色は無かったのかと苦笑する。
しかし、首は暖かい。首だけでなく、体全体……心までも。鏡の中の自分は頬が綻んでいた。

「いけませんね。…気を引き締めないと」

リトは扉を開け、エドとアルのいるであろう隣の部屋へと行った。
部屋に行くと案の定アルがいて、リトに気づくとその体調を心配したが、思いのほか元気そうなリトにアルは安堵のため息をもらす。

「良かった……あれ?リト……そのマフラー…」
「ああ、これですか?……あわてんぼうすぎるサンタクロースもいたものですね」

まだ11月だというのに。肩をすくませてそう言うとアルは理解したようで、兄を呼んだ。

「兄さーん!」
「ん〜?」

顔を洗っていたのだろう。首にタオルをかけたエドが洗面所からひょっこりと顔を覗かす。

「何だ、アル?……って、リト!もう、巻いてるのかよ!?」

リトの首には昨日、自分がかなり恥ずかしい思いをして買ってきたマフラー。

「変でしょうか?」
「えっ…あ、いや!似合って…ます……っ」
「何で敬語なんだよ、兄さん。それに白の他に色は無かったの?」

別にこのマフラーのセンスは悪くない。寧ろ、普段のエドからしたら考えられないくらいシンプルなデザインで、リトによく似合っていた。しかし、リトにはもう少し色彩豊かな物を選んでも良かったのでは?、とアルは呆れる。

「いいだろ、別にっ!リトには白が似合うと思ったんだ!!」
「エド……」
「何だよ!?リトまで文句あんのか!!?」
「……ありがとうございます。」

半ばヤケクソになって言うエドに、リトは柔らかくほほ笑んだ。
それに対してエドは二人に背を向けて、

「……おう」

ぶっきらぼうに、ただ一言そう答えた。

その日からリトが体調をくずす事は減り、白いマフラーはリトのトレードマークとなった。ちなみにあの後、エドは原因不明の熱にうなされ二日間寝込んだそうだ。

「…風邪がうつったんでしょうか?」
「……(あの笑顔は反則だろ)」


2008.11.02



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