(理冬side)
「──…ぐるるるるる」
「ガウッ!ガウゥッ!!」
人気のない空き地で、私は時空を越えてやって来たキメラ達と対峙していた。
低い唸り声、鹿とは比べものにならない濃い獣臭さが辺りに充満している。ギラギラと無数の目玉に射抜かれながら、私も同じような紅い瞳で睨み返す。
綾瀬さんは上手く撒けただろうか。途中までついてきてたようだが、見当たらないところをみると大丈夫か、と私は安堵の溜息を零した。良かった、これで傷つけずに済む。
「──…と、今はこちらに集中するべきでしょうか」
数匹の中型キメラ達。普段なら大した脅威ではないが、ズキッとした痛みに足を見た。
右足から流れる真っ赤な血液。開戦直後に足をやられてしまった。
「……少し、マズいですね」
今は制服のため、銃やナイフも携帯していない。加えていくら人気(ひとけ)がないとはいえ、ここは観光地だ。あまり目立った錬成は出来ない。
何とか体術で戦っていたが、負傷した右足ではそれも限界かと前を見た。
「ギャアアアアッス!!」
「…こんな雑魚に……っ」
飛びかかってきたキメラ。私は腕を上げて頭を庇った───……と、その時…
「ゃあぁあああ!!」
私とキメラの間に飛び込んできた人影が飛びかかってきた化け猫のようなキメラをなぎ払う。
「どう……して……、あなたが…」
私を後ろ手に庇いながら、咆えるキメラ達に向かって木の棒を振り回すその人は撒いたはずの綾瀬さんだった。
まさか、ここまで追いかけてきた?
私は驚きすぎて声に出すことも出来ない。そして綾瀬さんはキメラ達に向かって叫んだ。
「あたしの友達に手ぇ出すなぁあああ!!」
なんて真っ直ぐな言葉。思わず呼吸の仕方を忘れてしまうほど、私の胸に響いた。
綾瀬さんは突進してきた豚キメラを棒で払い打つ。武道を習っていたという彼女は普通の女子より数段強い。剣道の心得もあるのだろうか太刀筋がしっかりしている。
「グオオオオッ」
「……っ」
しかし、強気な言葉とは反対に震える手足。
「っ、怖くない!あんたたちなんて全っ然、怖くない…!」
「(声も震えてる……そうですよね)」
こんな化物相手に怖くないはずがない。それでも彼女は私を護るようにして戦う。声も身体も震えるほど怖いはずなのに。
──ビュッ
「危ない!綾瀬さん!!」
「っ!」
──ドガッ
獅子の体に爬虫類の下半身を持ったキメラの尻尾が綾瀬さんの体を打つ。
──ガッ…
「かはっ……!」
飛ばされた綾瀬さんはそのまま木に体を打ち付けた。
「綾瀬さん!!」
私は直ぐ様駆け寄り彼女の体を起こす。
「しっかりして下さい、綾瀬さん!」
「……理冬…だい、じょう…ぶ…?」
「私より自分の心配を…っ!私なんかを庇うから…っ」
「あはは……───」
「ッ……───」
意識を手放した綾瀬さん。
触診してみたところ骨折などはなく、ケガ自体は打撲と擦り傷で済んだようだ。私は両手を合わせ、彼女のケガと傷ついた衣服を元に戻した。
「ぐるるるる〜」
「ガウッ ガウッ!!」
尚も咆え続けるキメラ達。
「……嫌い…」
この世界を……私の『友達』を傷つけるキメラなんて…
「大っ嫌い!!」
──パンッ バシィッ
私は両手を合わせ、血の滴る自身の足に触れた。
『人が来るかもしれないから錬金術は使わない方がいい』なんて、甘い事を考えていた自分を殴りたい。そのせいで攻撃が後手にまわり、彼女を傷つけてしまった。自分への憤りがおさまらない。
私は紅い氷刀を錬成し、躊躇なくキメラ達を斬り殺していった。
「はぁあああ!!」
──ズバッ
──ザシュッ…
ごめんなさい。今度はちゃんと守るから。
あなたを傷つけようとする者は、それが誰であろうと……例えそれが世界だったとしても、
「……私が絶対、守るから…」
意識を失う寸前、綾瀬さんは私の頬に手をあてて微笑んだ。
──あたしは大丈夫。
──だから…、泣かないで?
その時初めて、自分が泣いている事に気がついた。
大切な友達
((守りたいと))
((心からそう思ったんだ))
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