紅の幻影ss | ナノ


恋する卯月 5  




(理冬side)

お昼ご飯は各自、自由に摂ることになっている。
クラス内の友達と食べるもよし、他のクラスの友達を誘うもよし、一人で静かに味わうのもよし。まぁ、私は(強制的に)綾瀬さん達と食べることになっているのだが。

「………あ、」
「ん?どないしたんや、理冬?」

みんながいそいそと芝生の上にビニールシートを広げる様を見ていたら、自分のリュックが異様に軽いことに今更ながら気づく。

「………お弁当…忘れました」
「「「「……え?」」」」

よくよく見てみれば私のリュックには財布と遠足のしおり(今朝、綾瀬さんから貰ったもの)しか入っていない。なんて中身のないリュックだろう。
何故かなんて考える必要はない。考えられる理由はただ一つ。

「はぁ……、美香と明が朝から押し掛けるからですわよ?お弁当なんて、慌てて用意できるものではありませんわ」
「だから俺は『明日の朝、迎えに行くこと理冬に電話しとけ』って言ったんだよ」
「だって、いきなり行ったほうがビックリするでしょ?」
「いやいや、どんなサプライズやねんそれ。にしても、弁当ないなんて可哀想やなぁ……よっしゃ!俺の弁当わけたるわ!」

まかしとけ、とでも言いたげに胸を張り、吉川隼斗は自分のお弁当の蓋を裏返すとおにぎり一つとたまご焼き、そして唐揚げを乗せた。

「ちゃんとビタミンや食物繊維も必要ですわよ?はい、どうぞ」
「え?わ、…あっ」

今度は鬼之嶺千尋が野菜の……料理名は分からないが、とりあえずイタリア料理っぽいもの、それとたまご焼きを乗せた。
もちろん、その後は綾瀬姉弟もお揃いのお弁当箱からそれぞれ、ピラフとミートボール、ウサギの形をした林檎、そしてやっぱりたまご焼きを分けてくれた。


「あの……気持ちは嬉しいんですが…」

いくらなんでもこれは多い。
もともと私は自他共に認める少食であり、鬼之嶺さんがたまご焼きを置いた時点で若干顔がひきつり始めた。

しかも、綾瀬姉弟。
同じお弁当なのは何となく予想していたが、私に分けてくれたものも一緒だなんて、え?どんなシンクロ率?というか、わざとやってません?

銀色のお弁当箱の蓋に敷き詰められたお弁当は、寄せ集めとは思えないほど、たぶん学年の誰よりも豪華だった。

「これくらい食べなきゃ!理冬はただでさえ小さいんだから!!背も胃袋も!」
「ちっ、小さくないです!このぐらい食べれます!」
「(扱いやすいやつ……)」
「んじゃ、ま。手を合わせて…」

──パン!

綾瀬さんの合図で、みんな手を合わせた。

「いただきます!」
「「「「いただきます!」」」」

──パク
一瞬、口の中を甘い味が駆け抜ける。

「………───…っ」

けれどそれは、すぐにしょっぱい味に塗り替えられてしまった。ほんのりと甘いたまご焼き……甘いはずのそれは何故かしょっぱかった。

「──…っ!?うわっ、理冬!」

最初に気がついたのは綾瀬明。

「何で泣いてんだよ!?」
「え!?美味しくなかったの!?」

ギョッと目を見開いてオロオロするみんなに、私は首を何度も横に振って大丈夫と言う。

「美味しい……すっごく美味しい…っ」

両親を失ってから初めて誰かと食べるお弁当。
こんなにも美味しいのに、噛み締める度に出てくるのは涙ばかり。もっと気のきいた台詞でも言えばいいものを、私はバカみたいに美味しいの一言を嗚咽混じりに言うだけだった。

「おい、しい…?それだけ?不味いとかじゃなくてか?」
「なんじゃそりゃ!大げさなやっちゃなぁ」
「本っ当!あ〜、びっくりした!」
「……す、ッ…すみま、せ…ッ」
「謝らなくてもいいんですわよ?ほらほら、泣いていたら味がわかりませんわ」

薄桃色のハンカチを鬼之嶺さんが貸してくれた。涙はなかなか止まってはくれなかったが、少食な私が今日は珍しくたくさん食べることが出来た。



ごちそうさまでした

(なぁ、理冬!誰のが一番やった!?)
(……え?何が?)
(“たまご焼き”ですわよ)
(みんなの食べたでしょ!?誰が一番!?)
(俺のやんな!?俺のやんな!?)
(あたしでしょ!?ね?ね!?)
(あ、えっ、ちょ……っ)
(おいおい、困らすなっての。はぁ…)

(で、俺のが一番だよな?)
(……みんな美味しかったです)




2010.08.16 遊



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