10万回の感謝をこめて。
少女の身に起きた不思議な不思議なアクシデントと、小さな彼女に振り回される大人達の物語。
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先日、東方司令部にかかってきた一本の電話。
『近所の科学者が亡くなったので、彼の家を何とかしてほしい』とのこと。
詳しく話を聞くと、その科学者はどうも生前から怪しい研究をしていたらしく、変わり者で有名だったらしい。おまけに身よりもいないため、彼の家には今でも怪しい研究の産物がゴロゴロしているそうだ。
しかし、変人とは云え科学者の端くれ。彼の書いた研究書は、いろんな意味で一般人には理解出来なかった。
そこで、東方司令部の司令官ことロイ・マスタング大佐が出した結論はというと…
「目には目を、科学者には科学者を」
要するに今現在イーストシティに滞在中の国家錬金術師で、暇そうなやつらに押し付けたのだ。
そして、その不運な国家錬金術師とは……───
「ぶえっーくしょいっ!!」
豪快なくしゃみと共に辺りに埃を舞い上がらせ、ズビビと鼻をすするのは、ご存知の通り天才国家錬金術師のエドワード・エルリック。
「ったく……何でオレ達がこんな事しなきゃなんねーんだよ、あのクソ大佐!!」
自分に仕事(厄介事)を押し付けた時の上司の顔を思い浮かべ、そのストレスの捌け口とでも言うかのように、エドは目の前に積み上げられたガラクタの山に手を突っ込んだ。
──ガラガラガラッ
「ギャアアアァァ!!」
絶妙なバランスで維持されていたガラクタの山は無防備に触れられた拍子に均衡を失い、ガラクタ……もとい、実験の試作品がバランスを失いエドに降り積もった。
「もう、兄さん!遊んでないで、早く片付けてよ!!」
生き埋めになった兄を助けるわけでもなく、アルは埃の被ったビーカーや怪しい色の液体が入ったフラスコをテキパキと片付けていく。
そして、アルの後ろで黙々と本を整理しているリト。何を言うわけでもなく黙々と作業をこなしてはいるが、その表情はかなり不機嫌だ。
本来ならばタッカー氏の家で好きなだけ本を読み、肩がこったらニーナと遊ぶ。そんな1日を過ごしているはずなのに。
何を目的として作られたのか分からない発明品。いったいいつから掃除していないのだろうか、物によっては蜘蛛の巣が張ってある実験器具。日焼けした錬金術書に混じって見受ける古ぼけた魔術書。
そして、壁のあちこちに描かれた錬成陣………いや、魔法陣。
「「「…………。」」」
帰りたい、と珍しく三人の思いがシンクロした。
「だぁー!もう!!こんなとこにいたら病気になっちまう!!」
例のごとく短気なエドはいきなり叫び声を上げると、乱暴にガラクタの山を崩した。
「アル!火だ、火!!この家なら燃やしても絶対罪にならん!」
「そんな事して、隣の家に燃えうつったらどうすんのさ!!」
「だったらダイナマイトかなんかで爆発させようぜ!」
「落ち着け、バカ兄」
物騒なことを言い始めた兄をアルが何とか宥めていると、
──ゴロンゴロン─…ゴトッ
「「……ん?」」
先ほどエドが崩した、試作品と云う名のガラクタの中からボールのようなものが転がってきた。
エドがそれを拾い上げ観察してみると、何やらピンのようなものがついていて、“pull(引く)”と書かれた付箋が貼ってある。
「何だこれ……?」
「あ、兄さん!あんまり弄らないほうが…」
ここにある物はどれもこれも怪しい物ばかりで、ヘタに触ると何が起こるか分からない、とアルが止めようとしたのだが……刻すでに遅し。
──ピンッ…
エドはストッパーの役目をしていたピンを抜いてしまった。
──プシュウウウ…ッ
「わわわわわっ!」
「兄さん!何してんだよ!?」
ピンが抜かれたところから白い煙が勢いよく噴出され、それに驚いたエドは慌ててボールを放り投げた。
「………え?」
「のわぁ!リト、避けろ!!」
エドの手から放たれたボールは神懸かり的な確率で、両手に大量の本を抱えたリトのもとへ綺麗な放物線を描きながら飛んで行く。
「っ!きゃあッ!!」
如何にリトとは言え、この狭い足場の悪い室内で更に両手が塞がっているとなれば、どうすることもできない。当然のことながら避けきれるはずもなく、リトは正体不明の煙を頭から被ってしまった。
「ごほっ……ごほっ…ッ」
持っていた本がバサバサと床に散らばり、膝をついて激しく咳き込むリト。
「ゴホッ……まったく、あなたは何を、やってるんですか!」
ようやく煙が晴れ、むせるのも治まったリトはキッとエドを睨んだ。いつもならそこには冷たい瞳に睨まれ、青ざめた顔のエドがいるのだが…
「…あ……ああああ…ッ」
「そっ、そんな!……ぇえ!?」
青ざめるを通り越して挙動不審である。これ以上ないと言うぐらい目を見開くエドとアルの態度を怪訝に思ったリトが近くにあった鏡を見てみると…
「───……え?」
そこに写っていたのは銀髪紅眼の少女。だが銀髪は肩ほどまでしかなく、コートの裾は床についていた。顔も心なしか幼い感じがするではないか。
「うそ……?体が、縮ん…だ?」
三人の頭からサーッと血の気が引いた。
一時間後の東方司令部。
気まずい顔をしたエルリック兄弟、いたって無表情のリト、彼女を見て固まるロイ。リザは書類を持ったまま目を見開き、その横ではタバコを持ったハボックが口をあんぐりと開けている。ブレタ、ファルマン、フュリーもそれぞれが石化していた。
暫くの沈黙が部屋を包む。
ロイは今一度リトとエドを見比べてからポンとエドの肩に手を置いて、いつになく真剣な表情と声で言った。
「鋼の……あれ程いつも言っていただろう?……ちゃんと避妊をしろと…」
「言われてねぇよ。それにどう考えても年齢計算合わねーだろ」
「そもそも解釈が間違ってます。冗談でも……殺しますよ?」
幼いながらもこの眼光、さすがは紅氷の錬金術師だ。
また暫くの沈黙の後、ロイは小さくため息をついてリトを見た。
「……縮んだのか?」
「理解が早くて助かります」
リトは縮んでしまった経緯をロイ達に話した。
“見た目は子供、頭脳は大人!”なんて現世で美香と隼斗がふざけあっていたが…
「(実際になってみると、笑えません)」
リトは目眩を起こしそうだった。
小さくなった体は想像以上に不便で、ここに来る前に試した錬金術も少し腕が落ちていた。歩くにも歩幅が小さく早歩きをしなければエドとアルに追いつけない。それどころか不慣れな身体はコントロールするのが難しく、司令部に来るまでに3回も転んでしまい、その度にエドとアルに手を引いて助け起こしてもらった。これを屈辱と言わずして何と言う。
「どうやら、あなた達と出会った年齢ぐらいまで幼児化してしまったようです」
リトはロイとリザを見て言った。
彼女らが出会ったのは戦場と化したイシュヴァール。そして、今のリトはどう見ても10歳ぐらい。こんな子供の頃から武器を握り人を殺めていたと考えるとやるせない。しかし、ここで憐憫の情を抱くのはリトに失礼というもの。全員が悲痛な気持ちをグッと飲み込んだ。
「変化があったのは見た目だけかね?」
「記憶も少し。自分が15歳だということは覚えていますが、あとは朧気なところがあります」
「そうか……」
リトが縮んだ原因は間違いなくあの煙だろうが、肝心の煙の成分が分からない。
「あ、そうだ……」
エドは思い出したように呟くと、ピンが抜けないよう厳重に布で包まれたあのボールを取り出した。
「それが例の…」
「ああ、同じやつが一個だけあったから持ってきたんだ」
そう言ってロイに渡した。
ボールを受け取ったロイと傍に立っていたリザが、眉をひそめながら注意深くボールを観察する。
「ピンは抜くなよ?」
「君と違ってそんなヘマはしないさ」
さらりとイヤミを言われても、今回ばかりは言い返せない。
ロイは一通り観察すると、一旦ボールは机の上にそっと置いた…───ら、ロイの手を離れた球体はバランスを崩しコロコロと机の上を転がって行く。
危ない!と、咄嗟にロイが手を伸ばすも、掴んだのは引いてはいけないストッパー。
「「「「「………あ。」」」」」
──ピンッ……プシュウウウ…ッ
最悪なパターンはまだまだ続く。煙を出しながらボールは机から転がり落ち、それは必然的に机より低い位置、子ども用のイスに座っていたリトのもとへと引き寄せられ…
「っ……きゃあぁ!」
白煙がいつもより小さなリトを包んだ。
「おいおい、これって……」
「まさか……」
エドとロイは顔を引きつらせながら煙の中心を見た。
「こほっ……こほっ…」
徐々に晴れていく煙。そこにいたのは、小さく咳き込む幼い少女。サラサラとした黒髪を揺らせながら、顔をしかめて咳と呼吸を繰り返す。
「だ…大丈夫か……?」
エドが恐る恐る尋ねると、少女は若干涙目になった大きな漆黒の瞳にエドを映し首を傾げた。
「お兄ちゃん……誰?」
「ッ!?」
目の前の少女に残る僅かなリトの面影。だが、事の成り行きを知らない者がこの少女をリトだと断言するのは至難のわざだろう。それ程までに幼くなったリトの雰囲気は、いつものそれとは違っていたのだ。
「ここ…どこ……?」
リトはゆっくりと辺りを見渡す。
目の前にいる目つきの悪い少年の他、青い揃いの服を着た大勢の大人達。
──ビクッ
「や……っ!」
リトは短い悲鳴を上げると、ダボダボなコートを羽織ったまま握りしめ部屋の隅へと逃げた。
そんな彼女をエドが追いかけ近寄れば、リトは更に縮こまり、今にも泣き出しそうな表情でカタカタと震えた。
「おっ、おい!」
「やだっ……来ないで……ッ」
記憶を失ったリトにとって知らない場所、知らない人間。怯えるのも無理はない。
「大丈夫、何もしねーから…」
エドは深呼吸をして肩の力を抜くと出来るだけ優しい声と表情で接し、小さくなったリトに目線を合わせるためにしゃがんだ。
「な?怖くないだろ、リト?」
「う……うん。」
優しく名前を呼ばれた事で少し緩んだ警戒心。差し出された左手をリトはゆっくりと掴んだ。
「お兄ちゃんの手、あったかいね」
エドの手に添えられた小さな手は、いつも通り冷たかった。
あれから、ある程度の落ち着きを取り戻したリト。
ビクビクしているのは相変わらずだが、リザが紅茶を差し出すと小さな声で受け答えができるようになった。
「……あの様子だと今度は記憶まで完全に無くしてしまったようだな」
「どうすんだよ!?大佐の所為だぞ!」
「っ…元はと言えば、最初にリトを小さくさせたのは君だろう?」
「だとしても!オレ達をあの家に行かせたのは、あんたじゃねーか!」
「ちょ、ちょっと二人とも!喧嘩してる場合じゃないでしょ!」
リトから少し離れた所で相談、もとい責任のなすりつけ合いをするエドとロイ。いつもの事だが、そんな大人げない二人を止めるのは最年少のアルの役目。
「とにかく今はリトをどうするか考えなきゃ……」
チラリとリトの方を向けば出された紅茶を一生懸命冷ましていた。飲みたいのになかなか冷めてくれない紅茶を恨めしそうに睨みながらも、意地になって冷まし続ける姿は……何というか、微笑ましい。
珍しく、のほほんとした空気が漂う中、自分に向けられた多数の視線を感じ取ったリトがおずおずと口を開いた。
「あ……あの……えっと、その…」
自分を見つめる人々の見慣れない瞳の色。普段、目にすることのない金髪。どう見ても日本の文化と一致しない青銅の鎧。壁に掛けられた連絡用の掲示板に張ってある書類の文字はリトの知る限り、それは英語だった。
未だ自分がどうしてこんな所にいるのかも分からないリトは不安に押しつぶされそうだったが、それでも自分と同じ黒髪黒瞳のロイにほんの少しだけ親近感を抱き、問いかける。
「ここは外国なの?」
「外国…そうだな、アメストリスと言う名の国だよ」
「アメストリス?聞いたことない…。日本から遠い国?」
「ニ…ホン……?」
聞き慣れない国名に今度はロイ達が首を傾げていると、現世にあるリトの生まれた国だよ、とエドがボソッと耳打ちをした。
「(なるほど…)ああ、そうだな。アメストリスとニホンはとても遠い」
距離の問題ではない、そもそも世界が違うのだ。
しかし、リトはその記憶すら失ってしまったようだ。
「なんで…?わたし、お屋敷の庭にいたはずなのに……」
頭を抱えて思い出そうとするが、庭の花に水を撒いている記憶を最後にプッツリと切れている。
「……リトは今、何歳だね?」
「この前、5歳のお誕生日だったよ」
つまり5歳以降の記憶がないのだ。それを理解したロイはリトの前にしゃがみ、意を決したように話し始めた。
「私はアメストリス国軍大佐のロイ・マスタングだ」
「軍?おじさん、軍人なの?」
「おじ……っ」
真剣なムードだったはずなのに、リトの何気ない発言によりエド達は思わず吹き出しそうになる。
まぁ、5歳の子どもから見れば三十路近くの男は“おじさん”ということだ。
「コホン……それで、なぜ日本にいたはずの君が、遠く離れたアメストリス国にいるのかという事なんだが……」
ロイは少しの間をあけて、悩んだ末に誤魔化すことにした。
「───……君は誘拐されたんだ」
「ゆうかい!?」
「!?おい、大佐!!」
いきなり何を言い出すんだ、とエドは小声でロイに言う。
「仕方ないだろう?君は本当は15歳で、時空を越えた異世界の国家錬金術師だと説明したところで、今のリトに理解できると思うかね?」
「それは……」
もし自分がそんな事を言われたら、何こいつ?頭おかしーんじゃねぇの?と思うだろう。しかし、これは紛れもない事実なのだ。ただ、5歳の少女が理解するには少々難しすぎる現実。
それ以前にリトはロイが言った“誘拐”の言葉にその瞳を大きく揺らした。
「わたし……ゆうかい、されたの?何で?」
今にも泣き出しそうなリトの頭をロイは優しく撫でる。
「安心したまえ。君を誘拐した犯人はもう捕らえた。だから、そんなに怯えなくてもいい」
怯えなくてもいいと言われても無理がある。聞いたこともない異国の地で、たった5歳の少女が一人ぼっちなのだから。
「お父さん……お母さん…っ」
ここにはいないと分かっていても大好きな両親をリトは呼ぶ。年相応に怯え、感情を素直に表出するリトに戸惑う気持ちが無いわけではないが、とにかく今は幼くなってしまった目の前の彼女の不安を取り除いてやはなければいけない。
「……君のご両親には連絡したよ。直ぐに迎えに行くと言っていた」
「本当!?」
「ああ、本当にだよ。しかし、何せ日本は遠い……こちらに着くまで、まだ暫く時間がかかるそうだ」
「……あ…そっか…」
両親に会えると喜んだのも束の間、リトはまたシュンとしてしまった。
それを見かねたロイは、名案が浮かんだとばかりに手を打ち、エドとアルを指差して言う。
「ご両親が迎えに来てくれるまで、この2人と遊んでくるといい」
軍服を着た威圧感たっぷりの人が多い司令部にいるよりは、そのほうがいいかもしれない。何よりエドとアルがリトの相手をしている間に、ロイ達はリトが元に戻る方法を存分に探せる。エドとアルもその考えには賛成だった。
エドはリトの前まで行くと、しゃがんで目線を合わせ、名を名乗る。
「オレはエドワード・エルリックだ」
「えど、わーど…?」
「そうだ。でも長いから『エド』でいいよ。そんで、こっちが弟のアルフォンス」
そう言ってエドが紹介したのは、リトの何倍もある大きな鎧。
「よろしくね、リト」
なるべく怖がらせないよう、アルは屈んでリトの顔を覗き込んだのだが…
「ひっ……!」
リトはまたもや短い悲鳴を上げた。
「あ!ごめんね、怖がらせちゃって…」
申し訳なさそうに謝るアル。拒絶されて自分だって傷ついたはずなのに、それでもこれ以上リトを怖がらせないようにと、アルは半歩下がった。
その厳つい姿に似合わず優しい性格と穏やかな物言いにリトはハッとする。
「ち、違うの!!ごめんなさい!」
リトは慌てて椅子から飛び降り、自分よりも大きなアルの手を両手で掴んだ。
「わたし、お父さんとお母さん以外の人を見たことがなかったの」
「……え?」
「外の世界は危なくて、怖い人に連れて行かれちゃうから、森の外に出たらダメだよ……って言われてたの」
つまり、リトにとってエド達は生まれて初めて目にする両親以外の人間。
「だから最初、あんなに怯えてたのか…」
確かに人見知りにしては異常なまでの警戒心だった。リトはエドの言葉にコクンと頷くと、アルの方に向き直り、自分のとってしまった失礼な態度にシュンとして申し訳なさそうに謝った。
「あなたが怖かったわけじゃないの……ごめんね?」
「いいよ、気にしないで!」
「ありがとう、えっと……」
「ボクは“アル”って呼んでね。」
「うん!ありがとう、アル」
素直なリトは、血にまみれた惨劇を経験する前の何も知らない無垢な少女。
何も知らない?……ということは…
「なぁ…リトって、ずっとあの屋敷と周りの森から出たことないんだよな?」
「?…うん、そうだよエド」
リトが不思議そうに頷くとエドは窓の前まで行き、分厚いカーテンによって閉ざされていた窓を開放した。
「リト、ちょっとこっちに来てみろ」
「ん……っ」
眩しい光を背に、ふんわりとした笑みで手を伸ばすエド。
リトは目を細め、たどたどしい歩みで自分を呼ぶエドの方へ歩み寄った。
──フワッ
「きや……っ」
エドの手を掴んだ瞬間、突然足が地面から離れた。そして目の前には金の瞳。
「エ…ド……?」
「ほら、見てみろよ」
エドは顎で窓の外を差し、オロオロするリトの体をそちらに向けた。暖かい日の光が差し込む窓の外に広がっていたのはリトの夢見た外の世界。
「───……ッ!うわぁ!!」
広い大地とたくさんの建物。子どもから大人まで、初めて目にするこんなにも大勢の人間。上を見れば果てしなく続く青い空が広がっている。
日本の屋敷にいた頃、周りは山と高い森の木々に囲まれていたから、子どものリトにはいつも小さな切り取った空しか見えなかった。それが今はどこまでも空が続いているではないか。
「すごい、本で読んだのと一緒だ!街には人がいっぱいいるんだね!」
リトにとって外界の情報はたまに父母が買ってきてくれる本だけ。だから、いつも外の世界を想像してた。
「ああ…こんなにも大きかったんだ……」
自分の思い描いていたものを遥かに越えた世界を見て感動するリト。
どうしよう胸がドキドキする…ッ、と嬉しそうに胸をギューッと抑えた。まぁ、ドキドキと言うよりはワクワクと表現した方がいいのかもしれない。
リトの中でうずく好奇心は止まらない。
この広い世界を自由に走ってみたい!初めて見る外の世界をもっと知りたい!そんな思いでいっぱいだった。
「─……でも、外の世界は危ないから……」
ただでさえ誘拐されて両親に心配をかけているというのに、その上言いつけを守れないなんていけないことだ。
「そんな悪いリトになったら、お母さん達が悲しむもん」
大好きな二人に嫌われたくない、とリトは窓を閉め、思いを断ち切るかのようにリトはカーテンも閉めてしまった。
「リト……」
「……これでいいの」
リトはこうやって昔から“普通”のことを我慢しきた。そんな彼女だからこそ今ぐらいは自由にさせてやりたいとエドは思う。
「……よし、外に行くか」
「エド……わたしの話、聞いてた?」
「聞いてたよ。要は危なくなければいいんだろ?」
「うん…まぁ……」
屁理屈に近い気もするが、それでも5歳児をを説得するには十分だ。エドは鋼の右腕をリトに見せて言う。
「お前を泣かせたり傷つけたりするやつはオレがぶっ飛ばしてやるよ」
「……っ」
「外の世界が危ないって言うんならオレが守ってやるから。な?」
ニカッと笑う少年にはあまりにも不釣り合いな機械鎧。ひどく頼もしい、まるでアニメの中のヒーロー見たいに。
リトはギュッとその右腕を握り、目をキラキラさせながら頷いた。
「うん、わたし行きたい!」
にっこりとしたリトの笑みは今日初めて見せたもの。緊張も警戒心もない、心からエドを信頼し安心している表情。この笑顔こそリト本来のものかもしれない。
2009.10.10