その日は、いつもより賑やかなロックベル家の夕食だった。エド、アル、ウィンリィ、ピナコに加え、リトとアームストロング少佐も一緒に食卓を囲む。もちろん、そばには家族の一員であるデンもいた。
テーブルにはピナコ特製のごちそうが並び、どれも美味しそうな香りを放ちながら食欲中枢を刺激する。
「うまそー!」
子供のようにはしゃぐエドにも今だけは共感できた。セントラルのレストランのように高級な料理ではないが、手作りの暖かな家庭料理は見ているだけで心がほっこりする。
「いっぱい作ったから、たんとお食べ」
本日のメインディッシュはエドの大好物でおなじみ、滑らかな舌触りのクリームシチュー……と、
「……たまご焼き…?」
ホカホカと湯気をたてる、これまた美味しそうなたまご焼きだった。
「エドからお前さんはたまご焼きが好きだって聞いたからね、作ってみたんだよ」
パンとお皿を持ってきながらピナコは言うと、部屋で仕事をしていたウィンリィを呼び、席につくよう促した。
「はーい!リトの大好きな、お母さん特製たまご焼きの完成ー!」
「わーい!!」
昔は当たり前だった日常。
あの頃に戻ることはできないけれど、
──ホカホカ
今のリトの前には、新しいたまご焼き…。
「……ありがとうございます」
リトはピナコにお礼を言うと、たまご焼きを一口食べた。口に広がるほんのりと甘い味は母のソレとはまた違った美味しさがある。
「……とっても美味しいです」
「そうかい、よかったよ」
表情の少ないリトだが、よく見れば喜んでいるのかそうでないのか分かるし、その言葉が建て前なのか本心なのかも何となく分かる。俯きがちにそれでも僅かに頬の筋肉を緩め、美味しい、とリトはもう一度呟いた。
機嫌のよくなったリトを横目にエドもたまご焼きを一切れ口に入れ、モグモグと食べながら思い出す。余計なことを。
「同じたまご焼きでもリトのとは大違いだな。リトがいつも作るやつは毒ぶ……」
──カッ!
「…つ……」
左手でパンを取ろうとしたエドの前に、ディナーナイフが突き刺さった。ビィィンと震えるそれを投げた本人は硬直するエドに冷笑を向けて言う。
「……左腕も機械鎧にしますか?」
「え、…遠慮します」
こういう時のリトの眼はマジだ。ここでエドが曖昧な返事をしようものなら、リトの愛刀が瞬く間に錬成されるだろう。エドは震えながら、これ以上余計なことを言ってしまわないよう口いっぱいにパンを頬張った。
「…機械鎧って言えばさー……エド、あんた何したら補強加工されたあたしの機械鎧があんなにスッパリ切れるのよ?」
──ビクッ
的を射たウィンリィの質問。
確かに、あの鮮やかな切り口はちょっとやそっとじゃ生まれない。あれほど滑らかな切り口にするには、よっぽどの硬度を持った物質で一瞬のうちに切り落とす必要がある。
そんな機械工具があるのならば是非とも見てみたいと思ってウィンリィは言ったのだが、何故かエドとリトの肩が跳ね上がった。
「二人とも、どうしたの…?」
「いや……その…っ」
「……………」
口籠るエドと俯くリト。二人の共通点は冷や汗が流れていることだ。
まあ、機械鎧をこよなく愛するウィンリィの前で壊した本人がここにいるなど、口が裂けても言えるはずがない。
しかし、ここで黙り込んでしまうなんて自分はいったい何のためにこんな田舎までやって来たのだ、とリトは自嘲する。
エドの機械鎧は彼の幼なじみが作ったと聞いていた。それを不本意とは言え、私は壊してしまった。だから、きちんと自分で詫びなければ。
そう思い、リトは今まで散々エドとアルが誘っても赴くことのなかったリゼンブールに、初めて、それも自主的にやって来たのだ。
「あの……、すみませんでした…」
「リト?どうしたの……?」
おずおずと言葉を発するリトをウィンリィは首を傾げて見やる。
言わなければ……ちゃんと話して謝らなければ……と、テーブルの下でスカートの裾をギュッと握りしめながらリトは口を開いた。
「そのっ……機械鎧を壊したのは…わた…───」
リトが正直に言おうとした、その時。
──バン!
「リトをかばったんだよ!!」
「「……え?」」
勢いよくにテーブル手をついて立ち上がったエド。その拍子に座っていた椅子が倒れたのも気にせず、身振り手振り加えて説明し出す。
「…ぐっ、軍に反感を持つテロリストがリトに襲いかかってきたんだ!リトも奮闘したんだけど、思った以上に相手が強くてさ!んで、ピンチになったリトをかばったら、そいつの持ってたデカい斧にスパーンッ!……と、な?アル?」
「うっ、…うん!そうそう!あの時は危なかったねー!ほんと兄さんは無茶ばかりするんだから!」
ははは、と冷や汗をダラダラ流し、目が笑えていない。アルも鎧をガチャガチャと震わせながら話を合わせた。
「(…私がいつ、あなたに命の危機を救ってもらいましたか?)」
「(仕方ねぇだろ!ほら!お前も話合わせろ!!)」
「(……はぁ、)」
リトは暫く考えた後、コクリと小さく頷いた。
「なぁんだ!そうだったの、なら仕方ないわね。たとえ腕が切り落とされても女の子一人守れないようなら男失格よ!」
「あ、あああ当たり前だろ!あはははは!」
嗚呼、耳が痛い……。
夕食後。二階のテラスから一人、星を眺めるリト。
今日だけで何度空を見上げたことか。人は辛い時や悲しい時に空を見上げるらしい。だとしたら私は辛いのだろうか?悲しいのだろうか?そんな答えの出ない自問自答をしてみる自分にため息がこぼれる。
と、そこへ…
「あ!いたいた、リト!」
ニッコニコしたウィンリィがやって来て、パンッと、まるでエドやリトの錬成ポーズのように両手を合わせて言う。
「お願い!“ケータイ”見せて!」
「ケータイ?……ひょっとして“携帯電話”のことですか?」
「そう、それそれ!」
いきなり何だと思ったら、リトの持つスマートフォンを見せてほしいとのこと。おおかた現世のことをエドから聞き、その科学技術に心奪われたのだろう。
「現世……なんて素敵な世界なのかしら…っ!」
キラキラと目を輝かせるウィンリィは、ハガレン世界よりも数段に優れた科学技術を有する現世の正に虜状態。その敬愛する科学技術の結晶とも言える携帯電話が今、この世界にあるのだと言うのだから、これは機械オタクとして是が非でも拝んでおきたい。
数万円の小さな機械にウィンリィは至高の価値を感じた。
「別に見せるのは構いませんが……その右手に隠し持っている物は使わないで下さいね」
「…う゛」
後ろ手に隠していた物をリトに見抜かれ、ウィンリィはしぶしぶ工具を机にガチャガチャと並べ置く。
「ウィンリィはとっても機械オタクなの!」
「(……美香の言った通りの人でした)」
ドライバーやニッパー、ペンチなど、並べられた工具類を見ながらリトは美香の言葉を思い出す。
「あと、ナイスバディーよ!」
「(……美香の言った通…り……)」
リトはソッと自分の胸に手をあて、一撫でする。無意識にこぼれ落ちるのは小さなため息。
「……リト?どうしたの、大丈夫?」
「っ!だ、大丈夫です!気にしてません!」
「え?なに…が?」
「あ、やっ…その、何でもないです…!えっと、携帯でしたね」
リトはスカートのポケットからスマートフォンを取りだし、ウィンリィに手渡した。
リトとウィンリィがそれを見ていると、なんだ?なんだ?どうしたの?とエドとアルも携帯に興味を示して集まってきた。
あまり傷のついていない、シンプルなスマートフォン。受け取ったウィンリィは一通り外装を観察してから、電源ボタンを押した。
「これは……リトの友達?」
「えぇ、とても大切な友達です」
液晶に映る笑顔の5人。それをいつもより優しい眼差しでリトは見つめる。
「とっても楽しそうな人達ね」
「楽しいっつーか、騒がしいやつらだよ」
「兄さん、失礼だよ!」
「…美香の代わりに私が人誅を下しましょうか?」
リトがグッと握り拳を作ったところで、エドは半歩下がった。
そんなやり取りをしている間もウィンリィはリトに操作方法を尋ねながら、嬉しそうにスマホをいじくる。
電話はもちろんのこと、メールや写真、音楽、その他諸々の機能。現世の技術に3人は始終圧倒された。
『picture』というをフォルダ開けば、現世の風景やMarchの想い出写真がたくさん保存してあり、その下の『music』、更にその中の『March』と名付けられたフォルダにはエド達の知らない曲名がずらりと並んでいた。
「わぁ!リトはいろんな曲を知ってるんだね!」
「まぁ、一応。……けれど、その中の殆どは音楽だけで、歌声は入っていませんよ」
リトが保存してあるのはダウンロードしたものではなく、Marchで作った曲や演奏したものが大半を占める。
「曲をダウンロードすると、お金がかかりますから」
「等価交換ってことか?」
「そんなとこです」
リトはウィンリィからをスマホを受け取り、画面をスクロール&タップしていった。
既存の曲やオリジナル曲など、Marchの演奏だけを録音した曲リスト。再生をボタン押せばみんなで作った音が流れ出し、いつでもみんなと一緒……そんな気がする。
メモリーカード内の物も含めると優に100は軽く超える曲の中、リトの目にある一曲が目にとまった。
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