紅の幻影 | ナノ


雪解けの兆し 4  


「さて!辛気臭ぇ話はこれで終わりだ」

ヒューズが膝を叩き、それまでの重かった空気の流れを断ち切った。そして次なる話題は今後のエルリック兄弟の動向について…なのだが、早くも暗礁に乗り上げた模様。

「うん……アルの鎧を直してやりたいんだけど…」

今のエドは錬金術が使えない。
こんな状況でスカー、もしくはそれに匹敵する敵に出くわしたらたまったもんじゃない。ただでさえ、あちこちで恨まれるようなことをしてきているのだから。

ならばせめて、アルの鎧だけでもアームストロングが直そうかと聞いてきたが、アルは本心から遠慮した。丁寧に、きっぱりと。
そもそも鎧にアルの魂を定着させたのはエドだから、直し方も彼にしか分からないから無理な話だ。しかし、当の本人は何度も言うようだが錬金術が使えない。

「まずはオレの腕を元に戻さないと…、」
「そうよねぇ……錬金術の使えないエドワード君なんて……」

しみじみと言うリザに続き、各々が率直な感想を述べる。

「ただの口の悪いガキっすね」
くわえ煙草のハボック少尉。

「くそ生意気な豆だ」
ごもっともなヒューズ中佐。

「無能だな、無能」
その言葉が一番似合うのはあんただよ、マスタング大佐。

「ごめん兄さん、フォローできないよ」
何気に一番酷い、実弟。

とうとう弟にも見放されたエドワードはいじめだ──!!!と、叫ぶが……おかしい。

「……あれ?…リト……さん?」

いつもならここで誰よりもきっつーーいリトのイヤミがあるのだが、今日のリトはぼーっとエドの右肩を見たままピクリとも動かない。

「リト?……おーい、リト!」
「えっ?あ、……はい?」

エドが強めに名前を呼ぶと、リトはハッとしてやっと返事をした。

「な、何ですか?」
「オレの腕を直さなきゃなんねーからリゼンブールに行くんだけど……お前、大丈夫か?」
「えぇ、少し考え事をしていただけです。行くんなら早く行きましょう」

フイッとエドから目をそらし、リトはリゼンブールに行く用意をし始めた。しかし、それをリザが止める。

「ダメよ、明日にしなさい」
「何で……あ…っ」

役立たずの汚名を早く返上したいエドとしては早く旅立ちたいのだが、リザに促されてリトの方を見ると、二の句が紡げなくなってしまった。

漆黒のプリーツスカートからすらりと伸びた華奢な脚。第一ボタンを開けたシャツからのぞく胸元。普段ならそこには白い肌があるのに、今はリトの肌以上に白い包帯が巻かれていた。

リトの態度がいつもと変わらないから忘れていたが、リトは今さっき意識が回復したばかり。退院するのだって半ば強引に取り決めたのに、その上列車での長旅なんてしていい体じゃない。

それでも、エドやアル以上にリトは早くリゼンブールに行きたかった。

「私なら別に……慣れてますから」

こんな怪我何でもない、そんな事より一刻でも早くリゼンブールへ、とリトは言う。

「機械鎧を直して、元の体に戻る手がかりを探したいのでしょう?」
「そりゃそうだけど……、」

リトにこれ以上、無理をさせたくない。自分達の体とリトの体。天秤にかけるまでもなく、エドとアルは後者を選んだ。

「出発は明日だ」
「そうだね」
「なっ!?」

どうしてリトがそんなにも早く出発したがってるのか知らないが、エドは聞く耳持たない、と肩にかけてあったコートを頭から被った。
リトはエドとアルを、エドとアルはリトの事を。それぞれお互いのことを思っての考え。

それを見ていたアームストロングは盛大に感動した。そりゃもう、周囲がどん引きするくらいに。

──ぶわ
「互いを思いやる美しき心!何と素晴らしい!!」

暑苦しい感動の涙を流し、バックにはこれまたしつこい薔薇を背負っている。
更に、それだけでは終わらない。くるりとエドの方を向いて涙の量を倍増させたかと思えば、そのたくましい腕で力の限り熱く抱擁した。

「聞いたぞ、エドワード・エルリック!!」
「ギニャーーー!」

──べき ぼき ばき
エドの全身の骨が嫌な音を立てるのもお構いなしに抱きしめる、あれは一種の拷問だろうか。

「母親を生き返らせようとしたその無垢な愛!さらに己の命を捨てる覚悟で弟の魂を錬成した凄まじき愛!我輩感動!!」
「寄るな。」


ボロボロになりながらも、エドは再び抱きつこうとするアームストロングを足で制し、元凶であろう男の元へと詰め寄った。

「口が軽いぜ、大佐」
「いやあ…あんな暑苦しいのに詰め寄られたら君の過去を喋らざるをえなくてね……」

右腕が健在ならば殴りかかっていそうな程、こめかみをひくつかせるエド。まぁ、冷や汗を流し、苦笑いで言うロイの気持ちも分からなくはない。実際に暑苦しいのだから。

「そして!」

再びキランと光ったアームストロングのつぶらな瞳。まだあんのかよ!とエドが身構えるも、アームストロングは今度はリトの手を掴んだ。

「アールシャナ准将……いえ、リト殿!!」
「………は?」

「幼き頃の悲劇!絶望の淵に立たされながらも強く生き、たった一人で世界を渡るという大業を成し遂げ、更には!現世の親友達を守りたいと戦うその深き愛!!
我輩感ど…」
「もう、いいです。」

──バサッ

暑苦しい顔にエドからひったくったコートを投げつけ、リトは先程のエド同様、元凶の人物に無言で詰め寄った。

「……………。」
「わっ、わりぃ……あんまり暑苦しいもんだから……」

リトの眼光だけで凍りつきそうなエド。
そう、この世界でリトが過去を話した人間はエドだけ。情報の出所はエドしか有り得ないのだ。
しかし、そのエドもアームストロングの暑苦しさに堪えきれず、喋ってしまったという。

「リト……本当なのだな?」
「…………。」

真剣な目で訊くロイ。ロイだけじゃない、リザもヒューズもハボック達も皆、リトの方を向いていた。
リトがこの世界に来て6年、初めて大勢の人間に過去がバレてしまった。

「はぁ……本当ですよ。両親は私が5歳の時に目の前で殺されました。そして私は両親を殺した男、エンヴィーを殺すためにこの世界に来たんです」

ありえない体温、偽りの年齢、『時空の番人』の目的、そして殺人術。ロイ達はやっとその理由が分かった。

最初にエドからこの話を聞いた時はありえないと思った。それ以上に嘘であって欲しいと願った。何故ならそれは、5歳の少女が背負うにはあまりにも辛い運命だったから。
女である事も、子供である事も、人間である事も捨てて、リトは軍に飛び込んだ。
両親を殺した男を、大切な親友達を傷つける者達を追って。

『体温を失ってでも、現世を守る』
たった9歳の少女が下した決断。

あぁ、一体誰がこの少女を『雪女』などと嗤えるのだろうか。



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