紅の幻影 | ナノ


共に泣こう 1  


(リトside)

「──……それが、私の生きてきた世界です」

私が話す間、エドは黙って私の話に耳を傾けていた。時々、息を飲む気配があったから、やはり聞いていて気持ちのいい話ではなかったようだ。

私が口を噤むと、それまで聞こえなかった時計の針がカチコチと一定のリズムを刻み出す。この部屋の時計は6年前から止まっている。つまり、この音は私の銀時計のものだ。

エドは何を言ったらいいのか分からないという顔で、ただただ下唇を噛んでいた。嗚呼、そんなに強く噛んだら血が出てしまいますよ。
まあ、そうさせたのは他ならぬ私自身か、と自嘲する。そもそも、私は最初エドに過去を話すつもりなんてなかった。少なくとも、昨日まではさっさとエドを向こうの世界に返そうと思っていた。しかし、エンヴィーならともかくエドには支払うべき代価がない。だから、この時空の丘と繋がる屋敷に来る必要があった。

屋敷を見ていたら嫌でも過去を思い出す。ひょっとして私は辛い過去に耐えきれず、エドに話してしまったのだろうか。エドに聞いてもらって楽になりたかった?嫌だ、そんな弱い自分は認めたくない。

「私はたくさんの人の命を…‥未来を奪いました」

たとえこの先どれだけいい人で生きようとも、変えられぬ事実。いかなる理由があろうとも、それは決して許されない行為なのだ。

写真の中の少女は、こんなにも無邪気に笑うのに…、

「私は……こんなにも、汚れている…っ」

堪えきれなくなった涙が一滴、床に落ちた。

ほら、やっぱり。誰かに話すと泣いてしまう。
だめ、泣いてはいけないのに。まるで私が被害者みたいじゃないか。違う、私は立派な加害者だ。
次々に溢れ出る涙を見られたくなくて、手で顔を覆うが留まることなく涙は流れる。

「だめ、なんですっ……私には、泣く権利なんてないんです……っ」

理不尽に何人もの命を奪った私が、泣いていいはずがない。止まれ、止まってよお願いだから、といくら自分に言い聞かせても、涙は止まってはくれなかった。
あの日と同じ、涙は私の意志など知らん振りして流れ続ける。

見ないで (でも、わかって)
嫌いになって (でも、許して)
ほっといて (でも、助けて)

── 助 け て ──


私の本音がとうとう優位に立ってしまった。今まで無理やり抑えこんでた仕返しだろうか、数年振りに感情が溢れ出す。

「うっ……ぁ…くっ…」

嗚咽する私を見て、今まで黙って話を聞いていたエドの口が動いた。

「……んだよ、それ…」
「……エド?…………ッ!?」

突然強い力でエドに腕を引っ張られ、されるがままバランスを崩した私の体をエドが抱きしめた。いつもなら直ぐに突き飛ばすのに、感情が溢流した私は身体を上手く操ることができない。何が恐ろしいかと言うと、エドに触れられていることを不快に思わなかったことだ。

「泣く権利とか、汚れてるとか……そんなもん、誰が決めたんだよ!」
「エドっ……離して下さい!エドっ」
「嫌だ!!離したら、お前……消えちまいそうだ……」

苦しいくらい私を抱きしめるエドの声は震えていた。まさかと思い、顔を上げてみると…薄暗い部屋でも、これだけ近づけばはっきりとわかる。

「……エド?…泣いてるんですか?」
「……泣いてねぇよ」

エドの瞳は濡れていて、そこから溢れた綺麗な涙がポトリと一滴、私の頬に落ちた。そうかと思えばぎゅっと頭を胸板に押しつけられて、余程泣き顔を見られたくないのか、私の後頭部を包む手にはいつも以上の力が込められていた。

──トクン……トクン……
聞こえてくるエドの鼓動が、心地よい。
抱きしめられている体温が、温かい。

ダメなのに、私はこんな温かなものにすがってはいけないのに……。


自分の姿が幼くなっていく幻を見た。両親の血だまりの中で泣いている弱い女の子。誰か助けて、と叫びながら紅い瞳に絶望を映している。そんな少女を守るようにエドが後ろから抱きしめた。


「………っ」

エドの服を握りしめる私の手は“離れたくない”という私の思いを素直に表していて、その思いに共鳴するかのように、瞳の奥から熱いものが込み上げてくる。

エドにすがって泣いてしまえば、どんなに楽なんだろうか。けれど“雪女”である私がそれを許さない。


パシッと女の子がエドの腕を振りほどいた。幼かった姿から成長した少女は手に短刀を持っている。年端もいかぬ少女は、来ないで、と叫び刃で自身の左手首を切り裂いた。流れる赤は少女が生きている証。独りで生きると決めた決意の色だ。しかし、紅い瞳は涙に濡れ、まるで助けを懇願しているようだった。


「わた、しは……っ!」

どうすればいいの?どうしたいの?頭の中がぐちゃぐちゃしてて、冷静な判断が出来ない。
そんな私にエドは、たった一言残酷な言葉を与える。

「泣けよ。」
「………っ」

何よりも望んだ言葉。けれど、それは私の中の少女を否定する凶器だ。


やめて、そんな優しいことを言わないで…。これ以上、私に人の心を与えないで!
少女は瞳を血の滴る左手で覆いながら噛みつくように叫び、紅い刀をエドに向けた。しかし、エドは少女に近づくとその切っ先を右手で掴む。少女の肩がビクッと跳ね、刀を握る手がカタカタと震えた。やめて、本当に殺すよ?、と。



私の上辺だけの願いが届くはずもなく、エドは私に更なる追い討ちをかけた。

「今ならアルも誰もいない、お前は泣いていいんだよ」
「だめ…ですよ。私は…わたし、は…っ」
「泣かない人間なんていない!辛かったら泣けばいい……お前がロゼに言ったんだろ?」
「……でも…」
「あー!もう!!ややこしいやつだな!リトが溜めてたもん、今ここで全部吐き出しちまえって、言ってんだよ!!全部……全部全部、受け止めてやる!!!」

どうしてこの人は、私の心をこんなにもかき乱すのか。私は雪女として、心を凍らすと決めたんだから、ほっといてほしい。そう言いたいのに、言わなければいけないはずなのに、どうしても言えなかった。

「……一人で泣くのが嫌なら、一緒に泣いてやるから…」

──…だから、消えないでくれ。


顔を覆う血だらけの左手をエドが引っ張り、自分より一回り小さな身体を抱きしめた。その瞬間、少女の瞳から涙がこぼれ落ち、握っていた紅い氷刀が砕け散った。お日様のような暖かさが少女を包み込む。少女…いや、私は手のひらの氷を手放し、みっともなく声を上げて泣き崩れた。


「エドっ……つ……ぅ…ぁああぁ……うわあぁぁあぁっ!」

私はエドに抱きついて泣いた。6年分の思いが一気に溢れ出る。エドは決して「辛かったな」とか、「頑張ったな」などとは言わない。その代わり、一晩中エドは私を抱きしめてくれていた。
私はと言えば、エドにしがみつき、子どもみたいに泣くばかり。途中、エドの名前を何度も呼べば、エドは声を震えさせながら頷き、ギュッと抱きしめる腕に力を込めた。ここにいる、と伝えるみたいに。
それが何よりも嬉しくて、私はまた泣いてしまった。




『──…エドに何でも話せって訳じゃない。けど、もうちょっとだけ、心を開いてあげて?お願い…──』

美香、あなたはわかってたんですね……私の弱さも、エドの優しさも。エドはちゃんと受け止めてくれたよ。

美香…大好きです。
エド………ありがとう…。




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