紅の幻影 | ナノ


偽りの楽譜と真実の旋律 2  



「──……エンヴィーの所為で余計な時間をくってしまいました……」

リトは憤慨しながらもホーリングの店へと急ぐ。
…だが、リトがついた頃には、ホーリングの店は既に炭と化していた。

「錬金術の基本は『等価交換』!あんたらに金をくれてやる義理も義務もオレにはない」
「てめぇ、それでも錬金術師か!!」

エドとカヤルがそんなやりとりをしているが、リトには遠くの出来事のように感じた。

「…っ……。」

リトの視線の先には焼け焦げた店の看板を抱きしめて泣く、ホーリングの妻とその肩を抱くホーリング。
リトの中で言いようのない怒りがフツフツと沸き上がった。

「……リト?その手……」

アルに言われて、リトは自身の手を見ると、余程強く握り締めていたのだろう……爪が食い込み、うっすらと血が滲んでいた。

「…何でもありません。」

リトは手の傷を隠し、先に行くエドの後を追う。
しばらく歩くと、エドが大きなトロッコの前で立ち止まった。

「これは…石炭以外の悪石を積んであるようですね」
「ああ、そうらしいな。アル、このボタ山どれくらいあると思う?」
「1トンか……2トンくらいあるんじゃ…」
「ずいぶん大ざっぱですね」
「う゛……そんなとこつっこまないでよ、リト」

アルとリトを尻目にエドは「よいしょ〜」っと、トロッコに登る。

「よーし。今から、ちょいと法に触れる事するけど、お前ら見てみぬふりしろ。」
「へ?…それって、共犯者になれって事?」
「ダメか?」

エドは気にする様子もなく手を合わせる。そんな兄に半ば呆れながらも承諾するアルと、どこか嬉しそうなリト。
眩い錬成反応の光が三人を包み込んだ……───


エドの手によって(違法に)錬成された金塊。それを運ぶ先は勿論、悪名代官ならぬ悪名中尉の屋敷。
詐欺師と化した錬金術師は見事、炭坑の権利書を(書類上は)無償で譲り受け、その権利書を手に次は炭坑マン達の集う倉庫へとやってきた。

殺気立つ炭坑で働く人々の前を余裕綽々の笑みで闊歩し、エドはホーミングの前まで行くと、ある取り引きを持ちかける。
その内容は自分の持つ権利書の売買。ホーミング達にとって喉から手が出るほど欲しいそれを目の前でちらつかせながら、エドは不適に微笑んだ。

ユースウェル炭坑の経営から資財運営まで、ありとあらゆる権限の詰まった紙切れ。しかし、ぶっちゃけ旅をするエド達にとってこんな権利書は邪魔になるだけだ。

「…俺達に売りつけようってのか?いくらで?」

エドはニヤリと笑い、「高いよ?」と念押しした。
とんでもない値段を覚悟するホーリングだが、エドは高級羊皮紙がどうとか保管箱のデザインが……など、どうでもいいような事ばかり説明する。
そして、最後に強かに微笑んで言った。

「ま、素人目の見積もりだけど、これ全部ひっくるめて、親方んトコで一泊二食三人分の料金──…てのが妥当かな?」
「あ……等価交換…」
「けど……俺の店はもう………」

燃えちまった。そう言いたいのだろうが、

「店なら直しておきましたよ。」

リトがさらりと言った。

「直したって……あんな炭くずをか!?」
「私を誰だと思ってるんですか?」

リトの臨機応変さにエドは感服し、ホーリングは手を打ち鳴らす。

「はは……すげぇや…!よっしゃ!その権利書、買った!!」
「売った!!」

交渉成立───……後、素晴らしいタイミングでヨキ達が乱入してきたのだが…、

「金塊なんてしりませーん♪」

エドの方が一枚上手だったようだ。お抱えの部下達も炭鉱マン達にのされてしまった。

「まあ、いい就職先探しなよ(元)中尉殿!」

要するに『お前はクビだ』と言う事である。
憎たらしいまでの笑顔でエドがヨキに首切り宣言を告げるとそれでもヨキは虚勢を張った。

「いいい、いくら国家錬金術師でも、一般軍人でないやつにそんな権限はない!」

言われてみればそうかもしれない。しかし、今度はそれを聞いた全員の視線はリトへと集まる。

「…?何だ?」

ヨキは一人、わけがわからずオロオロするばかり。

「くっ……はははは!」

エドはたまらず笑い出し、つられるようにホーリング達も笑い出した。エドは笑いすぎて涙目になりながら、口元を押さえて注目を一身に浴びる少女へと問いかける。

「だってさ〜?どうする?……リト・アールシャナ准将?」
「……………へ?」

そう言われ、ヨキもリトを見て………思い出した。鋼の錬金術師と一緒に旅する少女、リト・アールシャナ……准将。

ヨキはサーッと血の気が引き、驚きすぎて言葉にならない。そんなヨキにリトが、トドメの一言。

「軍にバカはいりません。」

その瞬間、ヨキの魂は抜けた。
 

カヤルは権利書を握り締め、

「親父………エドとリトは、魂まで売っちゃいなかったよ」
「ああ、そうだな。」

今宵、小さな英雄達を称える宴が催された。



「飲めーーーーっ!!」
「未成年者に酒飲ますなよ!!」

酔っ払いという生き物は下手したら人類最強ではないかと思う。法令を遵守した至極真っ当なエドの意見すら、笑い飛ばす厚かましさ。酒臭さにエドはげんなりとした。
なんとかそこから抜け出して、女将さんの手伝いをしているアルのところまで行く。

「……大変だね、兄さん。」
「本当だよ……ったく!……って、あれ?リトは?」

さっきまで、この辺で何か飲んでたリトがいない。

「リトなら、今さっき二階に行ったよ?」

疲れちゃったんじゃない?そう言って、アルは手伝いに戻った。

エドは何となくリトの事が気になって、宿として使われてる二階へと続く階段を上った。一階の騒がしさと違い、二階はシーンとしていて、ギシギシとエドの足音だけが響く。

「リトの部屋は……確か…」

そこまで言いかけて、ある事に気づいた。


〜♪〜

「……歌?……リト?」

かすかにしか聴こえないけど、何故かその歌声はリトのものだと断言できた。

エドは歌声が聴こえてくる部屋の扉を開ける。明かりはついてなくて目が慣れるまで暫く時間がかかった。
けれど、扉を開けたことで、より鮮明に聴こえてくる歌声──…


夜空を見上げれば
いつも星たちが笑いかける
瞳を閉じれば
風が私に囁きかける

けれど そんなものは欲しくない
これっぽっちも欲しくない
私が待つのは あなただけ
愛しい愛しい あなただけ

辛いことも 悲しいことも

あなたがいるから 大丈夫
あなたがいるから 怖くない
あなたがいるから 笑えるの
あなたがそばに いるだけで
私は幸せだから

どうかお願いそばにいて
私のそばで やすらかに



開け放たれた窓の近くに座り、月の光に照らされながら歌うリトは一言で言うならば、神秘的だった。
歌声にエドが聴き入っていると、ふとリトがそれに気づいて歌うのを止めた。

「あ、悪い!勝手に入っちまって……」

もっと聴きたい、それが本音。だが、リトはエドを見たまま何も言わない。……いや、ゆっくりと近づいてくる


「……エド…」

とうとう、二人の距離はゼロになった。少し頬を赤く染めた、リトの顔が……近い。

──ドサッ

「……ッ!?」

そのままエドはリトに押し倒された。

「おい、リト!!……リト?お前……泣いてるのか?」

見下ろすリトの瞳からこぼれ落ちる、一筋の涙。

「…  …っ、」
「リト!どうしたんだよ!?ってか、…とりあえず下りろ!!」

リトが口を開き何かを呟くが、この至近距離にも関わらず、何故か聞こえない。
そして何よりも、普段、絶対に泣かないリトの涙の理由が気になる。

気になる…が、!

「(オレの心臓は限界だーーーっ!!)」

リトにまで聞こえそうなほど激しく脈打つ心臓が、うるさいを通り越して痛い。そんなエドにお構いなしなリトは抱きつき、首筋に顔をうずめた。

「のわあぁぁあっ!リト…っ!」

「……スー…スー……」
「………はい?」

見ると、リトは規則正しい寝息を立てていた。そして微かに香る、酒の匂い。

「……酔ってたのかよ…」

拍子抜けと言うか、なんというか。
エドの服を掴んだまま、気持ちよさそう眠る、リト。

けど、その目尻には確かに涙が……。
 

なあ、リト

何でお前は
何にも言わねーんだよ

そんなんじゃ
いつか壊れちまうぞ?


エドは今にも消えてしまいそうな細い体をギュッと抱きしめ、決して聞こえてないであろう、名を呼んだ。

「リト……─────」





2008.11.04



prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -