紅の幻影 | ナノ


刀と心 2  



──ドンッ
──ドガガガガガ
「キャアァッ」
「うわぁああ!」

──パンッ
「地下一階、制圧完了」

圧倒的な軍勢力によって、抵抗虚しくも制圧されていくデビルズネストの者達。先ほどは彼らのことを“チンピラのようなならず者”と表現したが、どうやらそれは少々間違いだったらしい。

「ゴオオオォォオ」
「…なんと面妖な……」

確かにチンピラのような輩が多い。しかし、その中には人間離れした姿をした者……怪物と呼ぶに相応しい異形の者達がいた。

まさに“悪魔の巣”

ある者は猟犬のように素早く、ある者は闘牛のように力強い。彼らは人間ベースの合成獣だった。

「ふふ……久しぶりに血湧き、肉踊る…!!」
「さすがアームストロング殿。昔と変わらぬ豪腕よ」

合成獣……キメラ達の中には軍に在籍していた者、つまりは元同志も何人か混じっていた。彼らは軍の人体実験によって今の姿になったという。
同じ戦場、イシュヴァールで戦ってきたかつての戦友たちの変わり果てた姿は、心優しきアームストロングの拳を鈍らせるには十分だった。

その優しさ、もとい甘さゆえ、アームストロングは無駄な殺生を嫌い、抵抗をやめて投降するよう彼らを説得したが……───

──ドスッ
「何をしているアームストロング少佐」

陰から現れた大総統の握る剣が一人の男の腹部を貫いた。

「ドルチェット!!」

大総統に刺された男の名を彼の仲間が呼び、また別の仲間が仇討ちとばかりに大総統へと銃を向ける。

「うぉおおおおお!」
──ドン ドン ドン…ッ

向かってくる銃弾を大総統は難なく避けると、あろうことか持っていた剣を空中へと放り投げた。

「なっ……────」
「っ!?」

突然の行動に敵も味方も、その場にいた全員の動きが一瞬止まる。皆の視線は放物線を描きながら宙を舞う一本の剣に集められ、次の瞬間…

──パシッ
大総統の後ろから飛び出してきた小さな影が空中で剣を掴んだ。影は紅い瞳に男を映すと、流れるような動きでそのまま刀剣を男へと降り下ろす。

──ザシュ…ッ
真っ二つになった男の体。そこから飛沫した鮮血が冷たい眼で男を見下ろすリトの頬に付着した。それでもリトの眉は微動だにしない。

「ブラッドレイィィイイ」

今度は闘牛のような男が大総統に襲いかかる。

「…私が……」
「いや、かまわんよ」

チャキッと剣を握る右手に力をこめて尋ねたリトを下がらせると、大総統は腰に携えてある剣を抜き、神速の早業で斬り捨てた。その剣戟を目で追えたのは言わずもがな、少女ただ1人。

強すぎる二人は人間と呼ぶべきかどうかも疑わしかった。現に、息を乱すことなく怪物どもを斬り捨てていくではないか。これをバケモノと呼ばず、何という。

えもいわれぬ緊張感にアームストロングは鼓動が早くなるのを感じた。

「申し訳ありません大総統。剣に血がついてしまいました」
「気にしなくていい。それは君に貸そう」
「…はい。では、私は先に」
「うむ」

リトは一礼するとデビルズネストの奥へと踵を返す。

「っ……、准将!」
「………」

躊躇いなく男を瞬殺したリト。自ら闇へと堕ちて行こうとする彼女をアームストロングは止めようと声を張り上げた。しかし、リトは振り返ることもしない。

もう、誰に呼び止められようとも、戻るつもりはないのだ。───堕ちるとこまで私は堕ちる。リトの背がそう語っているようだった。

そんなリトの様子と彼女が殺した男を見て、歓喜に震える人物が一人。

「嗚呼、素晴らしい!素晴らしいぞ、リト・アールシャナ!!ふははははははは!」

狂気の色に染まった男の眼に焼き付くは、凍てつく鋭さを帯びた紅い瞳。リトが闇に堕ちることを彼は誰よりも望んでいた。

みんな狂ってる。そう呟いたのは誰だったか……────



時を同じくしてデビルズネストの更に地下では、こちらも人知をこえた戦いが行われていた。

「ぶは……俺の盾に何をしやがった…!!」

吐血し、地に両手と膝をつく異形の男。男は苦しみながらも、筋組織の剥き出しになったその腹部はみるみるうちに再生していく。普通なら暫くは立てない。ていうか、確実に病院送りだろう。

そんな超人的な再生が可能なのは、この男が人間ではないからだ。男の正体は半永久的な命を持つ存在、人造人間ホムンクルス。加えて“最強の盾”という、人間より遥かに秀でた硬化能力を持つ。つまりはチート。

全身を硬化した彼には並の剣や銃弾ではまるで歯がたたない、非常にやっかいな能力だ。しかし、どんな強敵でも攻略法はある。

「人造人間っつっても、身体の構成物質はオレ達と同じだって言うじゃねーか。人体の構成物質で硬化度、耐摩耗性質に変化しうる物質…。それは人体の三分の一を占める、炭素!」

それは圧倒的不利な状況でも決して諦めることなく、エドが見い出だした活路。最強の盾とは炭素原子の結合の度合いを変化させたものだという事にエドは気づいた。

まぁ、既に体はボロボロの出血だらけで、右腕の機械鎧は辛うじて動くような今の姿は、お世辞にも格好いいとは言い難い。それでも、最強の盾のカラクリを理解したのは大きな勝機であろう。

「仕組みがわかりゃ、あとはオレ(錬金術師)の分野だ」
「ハッハァ!!いいぞ!!こうでなくっちゃ面白くねぇ!!」

エドは口元の血を拭って構え直し、肉体の再生が終わったホムンクルスは再びエド目掛けて拳を降り下ろす。

──バシィン
人間と人造人間。いや、錬金術師とホムンクルスの激しい戦い。

両者の力はほぼ均衡しており、決着はなかなかつきそうにもないと思われたが……戦いは意外な形へと移りかわっていくこととなる。

──…カツ カツ
暗い廊下に響く誰かの足音。

──カツ カツ カツ
ゆっくり、ゆっくり。同じリズムで響く足音は酷く不気味だ。足音は次第に二人が戦っている部屋へと近づいてくる、一人分の足音。

──カツ カツ カツ
「「……っ!」」

響く足音とその気配に気づいたエド達は動きを止め、足音のする方を見やった。得体の知れない何かが近づいて来る気配に両者緊張が走る。

誰だ…と、頬に冷や汗を浮かべたエドが訊ねると、キラリと暗闇の中で血のついた剣先が光った。

──カツ カツ…
「………」

暗闇の中から現れた足音の主は何も答えず、ただ真っ直ぐにこちらを見つめる。その人物…いや、少女を見た瞬間、エドは金色の瞳を大きく見開いた。

「っ!なっ…、お前が何でここに!」
「あぁ?知り合いか?」

この場所にいるはずのない人物、いて欲しくな人物。いつもの黒いコートではなく白い服を纏ってはいるものの、他者と間違うはずのない銀髪と紅い瞳は彼女の証。

「どうして……」
「……………」
「なんで……っ、何してんだよ!!──っ、リト!!!」

蒼白の肌に返り血を浴びた少女は、イズミの所へと預けてきたはずの彼女だった。


2011.12.22


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