紅の幻影 | ナノ


親友 1  



どのくらいの時間が経っただろうか?…いや、10分と経ってはいない。二人の戦いは時の感覚を狂わせるほど凄まじかった。

だが、一方は不死身に近い再生能力。一方は錬金術師と言えども普通の人間。しかも、後ろにいる大勢の人間を守りながらの戦い。結果は明白だった。

「っつ……はぁっ、はぁ……」
「もう終わり?」

前屈みになり息を整える理冬。そんな理冬を見ながらエンヴィーは鋭い刃物のように変形させた指をもどし、楽しそうにそこについた血を舐める。

顔を上げた理冬の左頬には一筋の傷。頬だけでなく脚や肩にも傷があり、服は所々破れていた。それでも尚、理冬は美香をかばうようにして立ち、エンヴィーを睨む。

「…どうして?ねぇ、理冬っ……もう止めて!!これ以上傷つかないで…っ」

泣きながら美香は叫んだ。その小さな背中が自分を守って傷つくのをこれ以上見たくない。足の震えさえ治まれば、すぐにでも理冬に抱きつき、戦いを止めたかった。
それが出来ないのならせめてもと、美香は声を張り上げるが、理冬はエンヴィーに向かって尚も刀を構える。

「…どうして……!」

するとエンヴィーが盛大なため息をついた。

「『どうして』って、あんたさぁ……リトに守られてるだけのくせにうるさいんだよ」

守られてるだけのくせに。エンヴィーのその言葉に美香は何も言えなくなる。

「平和に生きることができるのが当たり前だと思ってる……だから人間は嫌いなんだ。世界のことなーんにもわかってない。」
「エンヴィー!」
「どういう…こと?」

理冬が声を荒げ「やめろ」という目で睨むが、エンヴィーは続けて話す。

「キメラはもう何年も前から、この世界に現れるようになってるんだよ」
「そんな……でも!そんなニュース聞いたことない」

あんなバケモノが現れたら騒ぎにならないほうがおかしいだろう。だか、今までそんな話は聞いたことがない。

「そりゃぁ、時空の番人が全部始末してたからねー。ねぇ?……リト?」
「…………。」

理冬はバツが悪そうに顔を背けた。


「時空の秩序を乱す者に制裁を……。そうやって世界を守ってきたんだよね?どうせ、滅びちゃうのにさ。」
「本当なの?……理冬」
「…………。」

沈黙は肯定の証。初めて知った真実。自分は守られている存在であること。ずっと親友の手を汚させていたこと。
美香は激しい自責の念にかられた。

「あ…あぁぁ……理冬………ごめんね。あたし、何もわかってなかった……ごめっ……ッ」


その場に泣き崩れる美香。その様子にエンヴィーは満足気に微笑んだ。そして美香を殺すため近づこうとしたが、その前に理冬が立ちはだかる。

「…美香に手を出さないで下さい。」

殺気を込めた唸るような声。その手には理冬の瞳の色と同じ紅色をした氷の刃。その瞳には美香を傷つけるエンヴィーに対して、今まで以上の憎悪がこもっていた。

「っ…はあぁぁああっ!」

──ザシュッ

理冬は地を蹴り、エンヴィーの体を切り裂いた。

「あ〜ぁ、一回死んじゃった。」

しかし、エンヴィーは大した動揺も見せず再生すると、理冬の手から刀を弾いた。そして、そのまま理冬の左手をつかみ上げ、腰に手を回し捕らえてしまった。

「っ……!」
「やっと捕まえた♪」

理冬はもがいて何とか抜け出そうとするが、純粋な力比べでは到底かなう相手ではない。

「は、離して下さいッ!」
「やだ。」

そう言ってエンヴィーは理冬の頬についた傷を舐める。

「ッーっ!」
「あはは!リトったら顔真っ赤!」
「……っ、」

───ギュッ

からかうようなエンヴィー。理冬は赤くなった顔で睨み、全身をわなわなと震わせていたが、小さく何かを呟くやいなや、いきなりエンヴィーに抱きついた。

「うわっ!リト……なになに?ひょっとしておねだり?」

エンヴィーも満更ではない様子で理冬を抱きしめ返す。

「……け…くうの……ら…」

おねだり?冗談じゃない。理冬はエンヴィーの背中に手を回し……───否、そのまま空に向かって、懐から取り出した金色に輝く鍵のようなものを掲げた。そして……、

「開け!時空の扉!!」

理冬が叫んだその刹那。エンヴィーの背後に大きな扉が現れ、ギイィィという音をたてて開いていく。

「……は?」

エンヴィーが呆気にとられて腕の力が弱まると理冬はそこからスルリと抜け出し、

「もう、来ないで下さい。」

そう言ってエンヴィーを扉の中へ蹴り落とした。


「えっ!?リトッ……うわあぁぁぁ───……」

エンヴィーが扉の中へ消えると扉はゆっくりと閉まっていき、理冬が「施錠!」と言うと、完全に閉じて消えてしまった。





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