紅の幻影 | ナノ


永訣、闇を求めて 1  




『軍がやばい…、軍がやばい!』
『軍そのものが、やばい!』


第5研究所に忍び込んだエルリック兄弟から聞いた話。

魂のみの守護者、貴重な人柱は生かされている。
そしてウロボロスの刺青を持つもの達と賢者の石の錬成陣。

これだけではまだイメージに靄がかかりパズルが完成しない。まだ足りない何か。未完成のピースを求め、ヒューズは独自に調査を進めた。

そして軍法会議所勤務という立場を利用して得た過去の記録に、闇の欠片が潜んでいた。

イシュヴァールの内乱、リオールの暴動。それら全てに関与している国軍

「──…おいおい、どこのどいつだ。こんな事考えやがるのは……」

国軍の…、その裏で糸を引いている者達の恐るべき計画に誰よりも早く気づいたヒューズ。
早くアームストロング少佐と大総統にこの事を知らせなければ、と危惧するも、

「──…初めまして。それとも『さよなら』の方がいいかしら?」
「……ッ、イカす入れ墨してるなねぇちゃん…!」

真実の奥に辿り着いたヒューズへと向けられた、“世界”のベクトル。追っ手はすぐそこまで迫っていた。

「…っ、はぁ……はぁ……っ」

血の滲む右肩を押さえながら、ヒューズは夜道を走る。

軍の内線は信用出来ない。どこで“あいつら”が聞いているか分かったもんじゃない。

そう考えたヒューズは中央司令部より少し離れた、人気のない公衆電話へと駆け込んだ。



「───…私に関わらないで下さい」

いつだったか、リトに言われた言葉。あれは確か、彼女を引き取って間もなくのことだ。

当時のリトはまだ10歳。イシュヴァール殲滅戦後の彼女は頑なに心を閉ざし、会話すらしようとしなかった。

そんな彼女の手を無理やり引いて街へ連れ出してみたり、妻のグレイシアと3人で一緒に寝ようとしたり。誕生日には女の子らしい服や帽子をプレゼントしてみたり……と、まぁヒューズなりの家族コミュニケーションを繰り返していた。

その度に、何度殺されそうになったことやら。

だが鬱陶しがられても睨まれても真剣に自分と向き合おうとするヒューズに、リトも少しずつ心を開くようになった。

そして、東方司令部への転属が決まった日の夜、彼女はこう言った。

「私に……、私達に関わらないで下さい」

前に言われた事とよく似た台詞。
しかし、この時のリトは何故か泣きそうで、紅い瞳が揺れたのを今でも鮮明に覚えている。



「──…っ、ちくしょう!」

あれはそう言うことか。

この世界が向かう未来。あんなものと、あの子は世界を賭けて戦ってたというのか。ずっと一人で……、

「気づくのが遅ぇよ、まったく!」

ヒューズは今までの自分に苛立ち、荒々しく公衆電話のダイヤルを回した。

──ジリリリッ ジリリリッ

かけた先は、


──ジリリ…ガチャ
【はい、東方司令部…】
「ロイ…マスタング大佐につないでくれ!」

最も頼りになる存在。自分が彼女を守る盾ならば、彼女の力となる矛へと繋ぐ。
しかし、“世界”はあまりにも残酷だった。

──…ジャリ
「受話器を置いていただけますか、ヒューズ中佐」

ヒューズの背後に立つマリア・ロス少尉。冷たい銃口がヒューズへと向けられた。

しかし、拭えない違和感。

「ロス少尉……、じゃねぇな」

エドのお見舞い過程で何度か顔をあわせた彼女にとてもよく似ている。……が、本物にはあるべきものが欠けていた。

「ロス少尉は左目の下に泣きボクロがあるんだよ!」

ヒューズが睨みをきかせて断言すれば、ロス少尉……に化けた者は口許に弧を描き、

「ああ、そうだっけ。うっかりしてたよ…」
──パキン

これでいいかな?と左頬を一撫ですると、意図も容易く泣きボクロを作ってしまった。
目の前で起こったありえない事に驚愕するヒューズ。まるで夢でも見ているようだ、いっそ夢であってほしかった。

「頭の回転が早いばっかりに、とんだ災難だったねヒューズ中佐」

ロス少尉の姿をした彼。その口調に憐れんでいる様子はなく、むしろヒューズの不幸を愉しんでいるようだ。
彼はヒューズの命に王手をかけた。

知りすぎた?だから殺される?
冗談じゃない!

「おいおい、カンベンしてくれ。家で女房と子供が待ってるんだ……」

こんな所でくたばるわけにはいかない。
……それに、



「──…ヒューズ…」



「……俺には守ってやらなきゃいけねぇ、大事な娘がいるんだよ!!」

守ってやりたいと切に願った愛しいもう一人の娘。
自分が死んだら、彼女はまた親を失う事になる。そんな思いは二度とさせたくない。

ナイフを握り、振り向いたヒューズ。

生き延びてやると決めたはずなのに……、握り締めたナイフを投げることは叶わなかった。

──パキパキッ
これを悪夢と言わず何と言おうか。

「……その『大事な娘』を殺すというのですか?」

誰もが聴き惚れる透き通ったソプラノの声、月明かりに煌めく銀髪、時折見せる柔らかな口調と儚げな微笑み。そして、人形のように愛らしい姿。

「……、リト…ッ」
「さようなら、ヒューズ」

ニッコリと微笑む彼女は世界一幸せそうで、この笑顔は自分達が一番望んだはずのものなに……こんな結末はあんまりじゃないか。

──カラン
手から滑り落ちたナイフが地面とぶつかり、乾いた音を響かせる。

「くそったれ…」

傷つけるなんてこと、出来るわけない。



──バンッ

放たれた弾丸が心優しい彼の胸を貫いた。













──…ザッ


その瞬間を見ていた、もう一人の人物。

「…そん…な……」
「ん?」

喉の奥から絞り出されたような震える声。

消えそうなほど小さなそれに気づいたエンヴィーが振り返ると、元より病的に白い顔をいっそう蒼白にさせて立ち竦むリトの姿があった。

「どうして、私………ヒューズ…?」

胸から血を流すヒューズと、硝煙の上がる拳銃を握る“自分”の姿を見て絶句する。

何がどうなってるの?
どうして“私”が?

思いを上手く言葉に出来ない。
混乱した様子のリトを見たエンヴィーは彼女の姿のまま、まるで恋人が帰ってきたような……、そんな嬉しそうな笑顔をニッコリと貼りつけた。

「やあ、リト。おかえり」




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