即興小説お題「それいけ妄想」
傾向(恋愛要素無し、大学生)


 人間の男子がどれほどの確率で厨二病を通ってきたのか調べたい、と。
「いやそれで論文は無理だろ」
 その言葉を聞くなり友人は呆れたように眉を顰めた。そう言われるとはわかっていたが、やはりどこか気に入らない。これでも自分なりに真剣に研究対象を考えたのだが。
「やっぱ無理か」
 論文制作、それに伴うゼミ決め、大学生は人生の夏休みと言われることが多いが、意気揚々と蓋を開けてみれば、そこは意外なことに忙しさに悩殺されていた。
「でもお前も厨二病通っただろ?」
「自分は特殊な力を持っているけど本当は解放していないだけみたいな」
「そうそう、本気を出せばそこらのDQNバッタバッタとなぎ倒せるって思ったり」
「まあ妄想だけしてたのも厨二病って言うなら結構の人が通ってるだろうなあ」
 学食の一番安いかけそばを啜りながら溜まった息を一つ吐きだす。調理場からでる熱気のせいでびっしりと結露ができた食堂の窓に、上着どころか中のトレーナーまで脱いでしまえそうなほどに暖かい室内。その暖かさに誘発されてか、春でもないのに昼寝をしている生徒がちらほらと見えた。
 もう少し時期が過ぎれば自分たちは四年生になる。就職活動に、卒業論文。授業は必要なコマ数取っているので学校が無い、と言うと暇そうに見えるが、なんだかんだと忙しい。
「就活かあ……なあ〇〇社の単説募集始まったの知ってる?」
「え? 三月から一斉に開始だろ」
「それはなんか……どっかが決めた、なんかの枠組みに入ってる会社だけらしいよ。もう結構始まってる」
 いまいち理解しがたい言葉を吐いた友人を鼻で笑い、そばの汁を全部は飲まず何口か飲む。関東のだしは色が濃く体に悪そうで、関西出身の自分は未だに慣れないのだ。それを言うたびに関東出身の友人は塩分はそちらの方が高い、と反論してくるのだけれども。
「どっかのなんかって」
「いやそれすら知らないお前に笑われても」
「えっ冗談じゃなくマジで?俺もうちょっと余裕あると思ってたのに」
「大手は春で全部終わるよ。あっても夏が限界」
 一気に血の気が引く。そんなの、卒業論文などしている場合ではないではないか。これだけの一大イベントを全部最終学年に持ってくるなど、大学は一体何を考えているのだ。
「ええ……お前論文どうすんの」
「そんなん内定取ってからだろ」
「ていうか研究対象決めたのかよ」
「それは決めた。内緒だけど」
 カルボナーラを食べきり、最後に残った小指の先ほどもないベーコンと格闘しながら友人はにやりと笑う。
 いつの間にか先を越されていたことにも驚いたが、わざわざ友人が内緒にしたことにも驚いてつい身を乗り出してしまった。
「教えろよ……友達だと思ってたのに」
「恥ずかしいからダメ」
「恥ずかしいような事論文にするのかよ!?」
「バッカそういう意味じゃないって!」
 お互いが大声を出し、一瞬してから我に返り備え付けのウォーターサーバーから紙コップに水を取り、もう一度席に座り直した。
「(内緒にするほどの研究対象って何だ……?)」
 友人とはさほど講義が被っていないので講義の種類から推測することは難しい。そもそも講義とは全くもって関係のない研究対象を考えだしてやみくもにゼミのドアを叩くような生徒もいるのだ。先生が呆れて入学したすぐの自分達に忠告してくる程度には頻繁に。
 目の前の友人がそういうタイプの人間だとは思っていないが、内緒にしたということは万が一が合ってもおかしくはない。
「……お前が変な妄想してるのに百円」
「変ではないので百円寄越せ」
 差し出した手のひらを全力で叩かれる。賭けを持ちだしたのは友人の方なのに何故こんなに理不尽な仕打ちを受けなければいけないのだろうか。
「昼から、何?」
「306で人文地理」
「じゃあ別か、俺そろそろ先に行くな」
「おー、またな」
 残った水を一気に飲み干し、空の皿が乗ったトレーを持って友人が席を立つ。まだ授業まで十五分あるので恐らく別館での授業なのだろう。何の授業かは知らないが、そんな辺鄙な場所で行われる授業ということは、酷く人気のない授業なのだろう。友人の考えることは時折分からない。
「(研究対象、考え直して……あと就活か)」
 薄っぺらい割に秋から急に余白までびっしりと書き込まれたスケジュール帳をめくりながら、とりあえず次のスケジュール帳は日ごとにしっかり描けるスペースのあるものを、とだけ考えて更に残った余白に〇〇社単説、と書き加え、自分も講義へ向かうべく椅子から立ち上がった。