即興小説お題「都会の事件」※必須要素「大学受験」
傾向(恋愛要素無し、高校生)


 親指でスワイプを繰り返し何度も更新される携帯の画面と目の前で目まぐるしく情報が更新されていく電光掲示板を交互に見る。しかしそれでもどうすればいいのか全く分からなかった。
「(どうなってんだ、これ……!?)」
――人身事故の為上下線とも運転を見合わせています。他路線をご利用ください。
 何度も繰り返されるアナウンスの内容は言葉として理解できているはずなのに、脳で処理されることは一向になかった。
 生まれた時から大学受験を控えた今の今まで比較的小さな島で育って来た自分にとって交通機関などせいぜいバスと船だけで、そもそも電車という文明がなかった。電車など都会の人間が使う金持ちの乗り物だと思っていたくらいだ。
 もちろん高校生になってそれなりに島の外で遊ぶことも増えた今ではある程度の乗り方は心得ている。ただ、それも島の近辺で少し遠出するために使う田舎路線程度だ。八時の最終便が過ぎれば島に帰ることができなくなる。
 待ちに待った大学受験。何度も都会を想定したシミュレーションを繰り返した。東京や大阪のような大都会に出ることは無いからとたった一本の路線を馬鹿みたいに覚えていた。
 そのたった一本を、目の前で潰されてしまった。
「(……どうする、違う、考えろ、他路線ってなんだ)」
 受験開始時刻まで後二時間半。かなりの余裕を見積もって、あわよくば試験会場の近くで軽く食事でもしてやろうと考えていたほどの時間は残っている。落ち着いて行動すればアナウンスの言う通り他路線を利用してきちんと会場までたどり着けるはずだ。
「おっ……と、すみません」
「っあ、すいませ、」
 ずっと立ち止まっていたせいか同じように頭上の電光掲示板を見て歩いていたスーツ姿の男性に追突されてしまった。そのまま半身避けてスーツの男は歩き出したが、一歩踏んだところで立ち止まり、そのままくるりと振り返った。
「……大丈夫?」
「え、」
 すごい汗だけど体調悪い? 駅員さん呼んでこようか、と男は喋りもしない自分の事を心配するかのように優しく語りかけてくる。そのさりげない優しさに、張り詰めていた何かが緩んだ。
「……電車、が」
「うん」
「他の路線が、分からなくて」
 声が震えて、目からは涙が溢れ出す。高校生にもなって人の往来が激しい場所で、それも大人の前で泣くなどみっともないと必死になって歯を食いしばったが、男はそんな自分の痴態に動揺もせず、かといって笑うこともなく、ゆっくりとした口調で自分の言葉を促した。
「目的地を教えて。迂回路線は山ほどあるから、大丈夫だよ」
 さりげなく背中を優しく叩き、電光掲示板とは違う路線図が大きく貼り出された切符売り場の前まで誘導される。
「××駅だよね。それなら最初に二番線の九時十五分発の電車に乗って、三つ目の○○駅で降りるんだ。そのあと……」
 男の指が中心の今いる駅を指し、滑らかな動きで路線図の上を滑っていく。少しだけ行き過ぎたところで指は止まり、更に違う線で少し戻って止まった。
「……一番近いところでこんなものかな」
「あ、の……わざわざ、すみません」
 涙も止まり、少し落ち着いたこともあって逆に沸いてきた羞恥心と罪悪感に男の顔を覗き見ると、予想とは裏腹に男はにこりと笑って自分と同じ金額の切符を買った。
「この時期多いからね、これも俺たちの役目みたいなものだよ」
 言葉の真意がつかめずに一つ首を傾げると、男は自分が着ていた高校の制服を指差した。
「君は受験生。俺は大学の教員兼今回の地方会場の試験監督。なおかつ俺たちは向かう先が一緒。つまりそう言う事だよ」
 楽しそうに歩き出した男の背中を慌てて追いかけ、流れるように切符を自動改札機に通した男に倣って同じように切符を通す。先ほどまでの不安や緊張は、既にどこか遠くへ行ってしまっていた。
「会場に着くまで勉強しなくて大丈夫? それともそんなヤワな勉強してないか」
 この試験に受かれば、大学に通うことができれば、再び目の前の男に会うことができるのかと思うと、全く想像がつかなかったキャンパスライフというものが、突然輝いてきた。