君の涙とハッピーエンド


昔、このカントー地方から遠く離れた場所にはヘイケという人々がいて、
彼らはカントー地方の人々との激しいポケモン勝負の末に、皆死んでしまったという。
以前、学校で習った知識がふわりと後頭部を掠めた。

諸行無常。
盛者必衰。

その話は、そんな教訓を後の人々に残したという。
残したと、いうのだが。

それにしても神様、あまりに酷すぎじゃありませんか?
ヘイケの人たちだって、もっと長く栄光を手にしていたはずです。
……グリーン、よりは。


「大丈夫?…なワケ、ないか」

私に泣き顔を見せるまいと顔を背けるグリーン。
顔は隠せても、足元の土が湿っているのは隠せないというのに。

彼の長年の夢が叶った。
そう聞いて、私はセキエイ高原に駆けつけた。
しかし、到着した私を待ち受けていたのは、全く別の人の勝利を祝う人々の声。
オーキド博士にグリーンの行方を聞いて、やって来た、は良いのだが。

「俺に足りないモノってなんだよ、意味わかんねえよ」

「……うん」

こんな間抜けな相槌しか打てない自分が嫌だった。

顔を背けるグリーンの肩を叩いてあげたい、励ましてあげたい。
グリーンは頑張った、すごかったよ、って言ってあげたい。
例えグリーンが最強の名を奪われたとしても、私にとってグリーンはいつまでも最高のトレーナーだよ、って、教えてあげたい。

けれど今この場所には、それだけの気持ちをうまく伝えられるだけの語彙も、広辞苑も無い。
何より、私にはそんなことを言うだけの勇気が無かった。

レッドは、酷い人だ。
グリーンだけじゃなく、こうして見ず知らずの私の心まで苦しめていること、
彼は知っているのだろうか?

グリーンはついに顔を隠すことをやめていた。
その横顔を見ているうちに、なんだか私まで悲しくなってきて、
頬に暖かいものが伝う。

一粒落ちてしまえば今までそれを止めていた意思の膜など軽く破れ、あとからあとから涙がぼろぼろと落ちてきた。

「何でお前が泣くんだよ。…バカッ!」

終には顔を覆っていた私の上半身を、何か暖かいものが包んだ。
グリーンの腕だ、と気づくのだけれど、どうすれば良いか分からなくて。
私って、もしかして今抱きしめられてる?
そう思ったら、突然頭が真っ白になって。

悩んだ末に、私もグリーンの背中に手を回した。

「グリーン…」

「何だよ」

顔は見えない。
だから、一瞬改まったように力を入れたその腕の感触だけが頼り。

「…たとえ、皆が…その、レッドさんって人のほうが凄いって言っても、」

「ああ」

「レッドさんがグリーンより優れてるって言われても」

「……っ、ああ」

「私は、私にとっては、グリーンは世界で一番強くて格好いいよ」

抱きしめる腕の強さは、変わらない。

「……バカ。お前に認められても、嬉しくもなんともねえよ」

腕の強さは、変わらないのだけど。
私の頭に、何か暖かくて重いものがかぶさった。
グリーンの頭だな、と気づいて、目を閉じた。
いつの間にか涙はすっかり乾いていて……

ガサッ

「誰だ!」

グリーンが、ばっ、と私を突き放して振り返る、
と、そこにはキャップを深めにかぶった少年が一人無言で立っていて。

「今日、マサラでお祝い」

ぽつり、と言った。

「何だよ、自慢しに来たのかよ」

グリーンのその言葉に、ああこの人がレッドさんか、と。

「……僕の優勝と、グリーンのジムリーダー就任と、
……童貞卒業」

「なっ、ばっ、違っ、お前…!」

真っ赤になってモンスターボールに手を伸ばすグリーンに、ひらひらと手を振ってレッドさんはこちらに背を向けた。

「だから、*さんも来て」

どこからか飛んできた鳥ポケモンに颯爽と飛び乗り、レッドさんは遠く消えてゆく。
グリーンは相変わらず真っ赤なまま、今度は私に、

「ち、違うからな!」

と繰り返していて。

ああ、最終的には幸せなんだな、とぼんやり思った。





「そんなことよりグリーン、ジムリーダーになるの?」

「あ、そういば…。俺も今知った!」





09/12/04


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