涙の海を泳ごう
※激しくポケモンBWのネタバレを含みます! ご注意くださいませ。
「N……さまっ」
切れ切れに、ようやく押し出したその声は軽く部屋の中に響き渡る。
私を押し倒した状態で馬乗りになり、こちらをじっと見るN様。他の女子プラズマ団員なら舞い上がってしまうような状況だが、私にはそんな喜びは到底感じ得なかった。
私はプラズマ団の一員であって、そうではない。私は、私はN様の……
「幼いお前を引きとって育てて来たのは誰だ?」
「……ゲーチス様です」
「お前に必要な教育を施し、今や七賢人の他の雑魚共を越すほどまでに成長させてやったのは誰だ?」
「ゲーチス様、です」
「よく分かっているな。それなら、私の命令が聞けないはずはない」
「…ふうん。で、ゲーチスは僕にこんなものを与えてどうしようというの?」
「はい…。私はN様の、新しい玩具だ、と」
「…じゃ、君を自由にして良いんだ」
「……はい」
ぴしり、容赦なく頬に張り手が飛ぶ。痛みに気が遠くなるが、気絶することは許されていない。がくがくと揺さぶられて、目の前がはっきりしてきた。
「…今のは、トモダチのギアルのぶん」
再び、ぴしゃり。
「今のはヒヒダルマの。 君たちニンゲンが、傷つけてきたポケモンたちの痛みなんだよ」
目の前に迫ったその顔が、どことなくゲーチス様に似ていて。
「確かにアレは人の心を知らぬ化物だ。だが、そんな化物でも民衆の前では英雄を装ってもらわなくては困る。人間らしさを取り繕えるようにしなくてはな。それには、支配の喜びを教えるのが手っ取り早い。そのための、玩具だ」
自分の息子すら化物呼ばわりしたかの男の冷徹な瞳に、どこか重なって。
「…なんで抵抗しないんだい?」
不意に私を圧迫していた力が緩められた。相変わらず目の前に迫ったN様の顔が、今度はなぜか歪んで、霞んで見える。なんでだろう。
私に跨ったままのN様の顔が、突然優しい表情をした。
「…僕は知ってる。君はポケモンを傷つけるようなニンゲンじゃない。
さっきのギアルやヒヒダルマだって、そう言ってたよ」
その言葉に、何も返すことができなかった。
確かに私はポケモンを傷つけたりしない。だけれど、代わりにもっと……
「泣かないで。どうしたの?」
違う、私にはそんな風に心配される価値、ないのに。
さっきまでみたいに叩いてくれたほうが、まだ。
「僕を、哀れんでいる?」
視界はますます霞んでいって。
ああ、まるで海の中にいるみたい。
N様の目まで潤んで見えたのはきっと、涙の海が見せる、魔法なのだ。
10/10/04
N様あああああっ!
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