20110108 | ナノ


「行かなくていいの?」
「いい。またあの人、私の知らない人と遊んでるんだろうし。迷惑になるから」

僕は、彼女の好きな相手についてはあまり詳しくない。けれどトウコから話を聞いて、どうしようもない女好きであることだけは知っていた。
今までトウコの口から明確にそういう類の言葉が出たことはなかったが、おそらく彼女はその女たらしに惚れている。その証拠に、僕には見せたこともない表情で相手のことを語るのだ。どこか厳しいような、柔らかいような、形容しがたいなんとも言えない顔をして、今日は優しかったとか、手を繋いでくれたとか。ある時は物をくれたとか。彼女にとってあまり良くない話をしているときでも、表情は何故かそう硬くない。
こっちが必要としていない情報であるにも関わらず、彼女はことあるごとにそういったことを報告をしてくる。女子はこういうことを人に話すのが好きなのか。とてもじゃないが僕は女の子の話にはついていけない。
交際しているわけでもないのにトウコにそんなことをしているのだから、きっと相手は彼女だけじゃなく、不特定多数と緩い関係をもっているのだろう。彼女だって、そのことにちゃんと気付いているはずだ。なのにどうしてそれでも彼女は、相手を好いているのだろう。
客観的に見て彼女のこの態度がどう評されるかは知ったことではないけれど、僕自身の独断や偏見で言わせてもらえば、自分の立場や不遇に気付いていないふりをすることが、悪いとは言い切れない。代わりに、どうしてそこまでそいつに執着するのかとは思う。
……人を好きになることに、具体的な理由なんてあるのだろうか。

「大丈夫、わかってる。だって私、彼女でもないし」
「……うん」
「付き合ってるわけじゃないからボロクソに言う権利なんかない。だから言わないけど、最低だとも思ってる……でも、好きなんだよね。仕方ないよね」

「全部わかってる、彼が私だけに優しいわけじゃないとか、もう、ずっと知ってた」

トウコの独白に僕が驚くような内容は含まれていなかった。彼女の思考は想像がつきやすく、また彼女はそれを人に悟らせやすい人間だからだ。わかりやすい人間とも言う。

トウコがある一人だけを好きなのはちゃんと知っている。しかし、彼女は僕や周辺の男にも無自覚に愛想をふりまいていた。……例え本人に自覚がなかろうと、形は違ってもやっていること自体は彼女の好きな男と同じだ。

「……どうしたらいいんだろう」
「それはこっちが聞きたいね」

えっ? と顔をあげてトウコが僕の方を見ているようだけど、真正面を向いた僕には隣に立っている彼女の動く気配しか感じられない。実際彼女がどういう状態なのかはよくわからない。

僕もトウコも、きっと強がりなんだ。
彼女は多分、本当は泣きたいのだろう。小さい頃喧嘩や言い合いをした時、彼女はその場ではでたらめなことしか言わなかったくせに、家に帰るといつも泣いていた。そういう奴だった。
喧嘩はしなくなったけれど、最近でも何かある度、彼女がひっそり泣いていたことに、僕はなんとなく気付いていた。
彼女は、人前で泣き顔を見せたがらないのだ。


僕は、どうしてこんなに彼女しか見えていないんだろう。自分のことを見てくれるわけもないのに、彼女が好きになった奴が女好きでよかったなんて一瞬でも安堵していた過去の自分が馬鹿みたいだ。本当は好きな人間なんかいないのが一番いいのに。もし二人が上手くいったら、一番傷付くのはきっと彼女なのに。
頭の中にあるくだらない考えを口にしたら、彼女はどんな反応をするだろう。

こんな風になるくらいなら、喧嘩をしていた時のような子供の頃に戻れたらいい。
そうすれば僕はきっと、トウコを好きにはならない。運命の流れが変われば、彼女も変な奴を好きになったりしないかもしれない。


……いや、本当にそうだろうか。時間は巻き戻せないけれど、もし今の知能を持った僕がそのまま子供に戻ったりしたら、より一層彼女への気持ちが強くなるだけではないか?

どうするべきかと悩んでいても仕方ないので、前へ進んだ。またあの頃みたいに、小さな冒険をするつもりで。できることなら面倒な感情をリセットできたらいいと思った。

初っ端から無理そうだとすぐに気付いたが、知らないふりをする。
どうせ何が起きようと彼女を好きな気持ちは変わらないだろうから、もう諦めよう。リセットを押したふり、気持ちが変わったふりで。


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