20101005 | ナノ


唇が乾いている。
雨が降っていて服は湿っているし、体も冷たい。それなのに、体温は徐々に上がっていっているような感じがした。

一通りイッシュ地方も回ったことだし、久しぶりに両親に顔を見せようと思ったが、カノコタウンに着いて12歩ほどで僕は歩みを止めた。誰かが、傘もささずに僕の家の前で立ち尽くしている。

もう少し近づいてみると、その人影はトウコだということに気が付いた。

昔からよくお互いの家に行ったり来たりはしていたが、今僕は旅に出ていて家にいないことを彼女も知っているはずだ。それなのに、どうして僕の家に?

しかも、そんなに距離があるわけでもないのに、用事があるはずの僕がすぐ近くにいることに彼女は気付いていないようだ。トウコがなにをしたいのか、どういう状態なのかが全くわからない。たださっきからずっと、僕の家の玄関のドアを見つめているらしいことはわかる。その目は赤くて、まるで泣き腫らしたあとのようだった。僕はさらに彼女の方へ近付く。

「…トウコ」

ぼんやりとした動きで、トウコが僕の方に顔を向ける。…無表情だった。
そして、これまたぼんやりとした動きで僕に抱きついてきた。腰に腕を回され、まるで身動きができない。僕は思わず傘を手放してしまう。


いくら幼なじみとはいえ、いきなり抱きついてくるなんてことは今までになかった。それだけに、今の彼女の行動は異常性に満ちているように思える。
少し見下ろせばすぐそこに柔らかそうな髪の結び目があって、飛び跳ねたくせ毛が僕の顔に触れそうだ。

「トウコ?どうしたの」

返事はなくて、その代わりと言わんばかりに、口にぬるさを感じた。それと僕とはちがって、濡れた唇の感触も。
彼女の唇が離れていっても、温度だけはぬるいくせになかなか下がらず、僕の唇に纏わりついたままだった。

「今だけでいいから、少し抱きしめてて」

「…うん」

じっとりと濡れた彼女の肌に、恐る恐る触れる。背中に手を回して少しきつく引き寄せると、彼女もそれに応えるように同じことをしてくる。
それきり、僕らはしばらく動かなかった。




どのくらい時間が経ったのかわからない。多分実際は2分くらいなんだろうけど、なんだか僕はもっと長かったように思う。
雨が強くなった。

「トウコ。雨降ってるし、家帰りなよ」

「…うん、そうする」

彼女はそれだけ言うと、僕からするりと離れ、未練など全くなさ気に早足で帰路を辿っていく。確かに帰宅を促したのは僕だが、さっきまであんなに様子が変だったのにあまりにもあっさりしすぎてるんじゃないか?と思って、少しいらっとした。結局トウコはなにがしたかったんだ。

歩きながら振り返った彼女は、「今のこと、忘れていいよ」と言ったけど、

そんな簡単には忘れられそうもなかった。



自室で濡れた眼鏡を拭きながら、もしも彼女を僕の家に招いていたらどうなっていたんだろう、なんてどうでもいいことを想像する。いつのまにかやましい妄想になりかけていて、慌てて思考を止めた。僕はなにをしてるんだ。

また乾き始めた唇にさっきのあの感触が蘇る。
程なくして、自分は相当のヘタレだったんだ…と、理解した。


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