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しばらく経った頃、不意に黒い塊が被っていたフードが取り去られた。
見たところ十七、八くらいの綺麗な少年だ。金色の瞳が、きらきらと輝いている。
流れるような黒髪は上で束ねられ、上品かつ活発的な印象を彼に与えていた。
彼は身の丈程もある大剣を立て掛け、前を向く。
「突然申し訳ありませんでした。俺はシェオールと言います。友人が湖にいて、早く行かなきゃなんなくて……」
「ああ、そうだったんだ。僕は――カイル。旅の間仲良くしようよ」
「はぁ」
「ところで、さっき用心棒だとか言ってたの何?」
「貴方は、外国の方なんですか?」
「うん、来たばっかりでね」
本日二回目の台詞。するとシェオールは再び「はぁ」と漏らした。あっきれた。そんな声色だ。
それを聞いて、御者が豪快な笑い声をあげた。
しかしカイザの方は、何がなんだか分からない。だからひーひーと喘ぎ声が収まったところで、思い切って尋ねてみた。
「僕、何かおかしいこと言ったかい?」
「おかしいって言うか……湖に向かう前、ちゃんと調べ物しましたか」
「調べる? これから行くところが、有名な観光地ってことは知ってるけど」
「……表向きは、ね。それで合ってます。でもラシーヌ湖には最近有名な話がもう一つあるんです。残虐な賊が出るって言う」
「ぞ、賊……?」
「そう。だから御者も戦える人間しか許されないし、大抵の人間は用心棒をつけて行く。あなたは、例外みたいですが」
こんな人間初めて見たよ。そう、一対の金色は微かな軽蔑を含んでいた。カイザは恥ずかしくなり、頬を掻く。
そういえば、やけに馬車代が掛かった。それはそう言うことだったのか。
つまりあのおしゃべりな御者は、選りすぐりの人間なのだ。命が掛かっているのだから、高すぎるなどと文句は言えない。
しかし幸運なことに、彼らはまだ賊と対面していなかった。カイザは弛んだ精神を奮い立たせ、背筋を伸ばした。
小馬鹿にした視線が、若干弱められた気がする。だがシェオールは相変わらず何も発せず、再び馬車内を沈黙が支配した。
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れが近付いている。くっきりと木々のシルエットが浮かび上がる。カイザは切り絵のような景色に見とれつつ、徐々に明るさを失っていく空を傍観していた。
今日はこれで終わりだ。カイザは月を見上げ、野宿する旨を切り出すべく視線をずらした。
そして無言のうちにシェオールから承諾を得ると、少年はフードを被り直そうと動いた。
その時だった。控え目な芳香が、ふわりと漂う。
それはカイザがよく知っているもの。大好きな、あの香り。
「シェオール君、ネモフィラって知ってる?」
「は……?」
自然と口が動いていた。しかし、カイザの発言は相手を困惑に陥れてしまったらしい。
少年はフードを被ろうと半分持ち上げたまま、茫然としていた。それからシェオールは、突然思い出したように深くフード被ると、真っ黒な暗闇から小さな声を返した。
「……知ってます。丸くて、寒いところにも咲く青い花。何でですか?」
「今ネモフィラの香りがしたんだ。僕、幼い頃から大好きでね」
「ふぅん」
「でも二年前に、シザールとレダンは国交が切れてしまった。だから近年は希少な花になりつつあるんだよね。密輸するにしてもレダンは今独裁中だから、色々規制が厳しいんだろうなぁ……」
カイザは嘆息し、かつてネモフィラの花々が溢れていた自室を思い起こした。
「ほぉ……旅の人、あんた国際状勢に詳しいんだな。やっぱり今の時代、何にでも興味をもたなきゃ満足に生きていけねー。あーなんつったか、独裁してる女帝は」
彼らの会話に無理矢理御者が割り込んで来る。そして、それ以降はめくるめく御者の世界。
「あ、アリス……アリエル? いや、それもちげーなぁ」なんて、誰も聞いていないのにペラペラとまくし立てる。
情報通だが、正確な情報を記憶している訳ではないらしい。御者が使い物にならぬ知識を大声でまさぐっている間、カイザも「何と言う名前だったろう」と思考する。
すると、始終黙りこくっていたシェオールが隅に身を寄せ、ぽつりと呟いた。
「アリアドネ。アリアドネ=レダン」
その一言で、カイザは魔法に掛けられたようだった。頭のもやは取り払われたが、同時に新たな靄も現われた。
気になっていたことが明白になり、爽快になる。
しかし開かれた視野は、何かを見落としていた。人間の網膜には、一点だけ像を結ばぬ箇所がある。まさにそんな感じ、盲点。
曖昧で実に不明瞭だったが、カイザはその存在を確かに感知した。
だが一方の御者は、全く気が付かない。彼は歓喜の声を上げながら、楽しそうに馬を操った。
「ああ、そうだったそうだった! アリアドネ女帝だ。ボウズ、あんたも物知りだなー」
「……別に。だって俺、レダン出身だから」
「そりゃほんとか? わっけーのに苦労してんだな。レダンっていやぁ……」
御者はさも物知り顔で、政治批評を始めた。カイザはほとんど無視していたが、「分権社会が、突然独裁に変わって上手くいくはずがない」とだけ耳に入る。
だが、カイザは一つとして意見を出さなかった。先程のもやが口を噤ませていたのだ。
なんたって、外見を見て語るなんてことは誰でも出来る。だからこそ、憶測だけでレダン国の実情を批評するのは避けたかった。――殊に、シェオールの前では。
その後ゆっくりと馬が停止した。御者は扉を開き、シェオールを未だ褒めちぎっていたが、少年が背負うオーラはどことなく重たいものだった。
彼は下車を手伝う御者の手を軽く払い、一人で降りる。そして地面に降り立つと、野宿の用意を始めた。
小さなシェオールは、後ろから見ると大剣が一人で動いているようだった。ふと、シェオールは立ち止まる。前から生温い風が吹くと、風下にいたカイザは香るネモフィラに包まれた。 黒衣から覗く金色が、どこか哀愁を帯びていた。
続く
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