君をもらいます | ナノ


※原作100品目を元ネタにしています。


「楽しみだなぁ手のり先輩…相馬さんにちゃんとプリントアウトしてくれる様に念押ししとこう♪」



『言葉の正しい?活用法』



ちっちゃい先輩が更にちっちゃくなった姿を想像して、先程の悲劇(ミニ店長事件)を無理矢理頭の中から弾き出し、うきうきとした足取りで休憩室に入ると…
なんともタイミングが良い事に、相馬さんがカメラの画面を見ながら休憩していた。

「あ。お疲れ様、小鳥遊君」
俺に気がつくとカメラを机に置き、いつもの人の良さそうな顔でニッコリと話し掛けてくれる。
「お疲れ様です。相馬さんと休憩が一緒になるって珍しいですね。てか、ちょうどよかった。俺、相馬さんにお願いが……て、え?」


ガッシャンッ!!


相馬さんに話し掛けつつ向かいの席に座ろうとした所で、余りにも信じがたいモノが目に入ってきてしまい…思わず降ろしかけた腰を上げて、パイプ椅子を後ろに倒してしまった。
「うわ。大丈夫?足とかに当たらなかった?」
派手な音に心配した相馬さんが声を掛けてくれるが、そんな言葉も耳に入らず、
咄嗟に目の前の信じられないモノ…相馬さんのカメラに手を延ばし、改めて画面を間近で覗き込む。


…残念な事に、何度見ても間違いは無い。
そこに一覧表示された20枚の写真は全て…俺…小鳥遊宗太の写真だった…



「て…え…ちょ!こ、これ何なんですか!」
余りの衝撃に目が離せず、画面を見たまま声を荒げると…
相馬さんはニコニコとした笑顔のまま
「俺選☆今日の小鳥遊君メモリーVol.2。さっきのマジ泣きしちゃってた顔とか、可愛く撮れてるでしょ?」
と、酷く楽しそうに信じがたい事を口にした。
「っぼ…Vol.2って、メモリーを2個に分けなきゃいけない程、撮ったんですか…?」
もっとも聞かなきゃいけない所はそこじゃない!と、判っているのだが、余りの衝撃にうまく頭がまわらず、そんなどうでもいい事を聞いてしまうと。
「え〜。心外だな。撮った枚数は、そんなもんじゃ無いよ。そのメモリーは、その中からピックアップしたのだけだから全然少ないよ」
と、更に信じがたい事を言われた。

どうしよう…突っ込み所が多すぎて、何から突っ込んでいいのか本気で判らない…
「あの…ツッコミが渋滞を起こしてて、もはやどうして良いやら状態なんですが…とりあえず、こんなに大量の写真を撮って一体何を企んでいるんですか」
一枚一枚細かく見るのは嫌で、一覧表示のままページをめくっていくが、
つい先程のミニ店長詐欺の時のマジ泣き顔のアップや料理を運んでいる姿…何故か着替えや学ラン姿まで写っている。
そこまで見た所で、無意識に手が全消去ボタンを押したが、パスワードを要求されてしまった。

…っ!機械の分際で人間様に逆らいやがって!

こんなデータが入ったカメラを返すのは非常に嫌だが、返さないと更にヤバイ事になりそうなので、震える手で相馬さんにカメラを返す。
「企むだなんて酷いなぁ…ただ俺今さ、すっごく欲しいモノがあるんだけど、それがどうしても手に入らなくって、つい…ね」
と、相馬さんはカメラの画面を見ながら、何故か淋しげな声と表情でそんな事を言ってきたが…欲しい物が手に入らなくて、俺の嫌がらせ写真をこんなに撮るって…俺を脅してそれを買わせるつもりなのか…?

「はぁ…何が欲しいのか判らないですけど、俺、そんなに金持って無いですよ…」
深い溜息と共に、そう言ったのだが、
「残念。小鳥遊君からもらいたいのは確かだけど、お金が掛かるモノじゃないんだ」
との不可解な返事が返ってきた。
…?
「お金が掛から無くて、俺が持ってる物…?……っあ!!お、俺のちっちゃ可愛いコレクションはあげられませんよ!!!」
「いりません。」

……即答された…可愛いのに…。

「判んないかなぁ。生半可な気持ちじゃ、毎日こんなにいっぱいの写真なんて撮れないのに」
そう言うと、机の上に大量のメモリーカードをジャラジャラと広げる。

「え…まさか…これ全部?」
メモリーカードは全て1GBで、決して大容量という訳では無いが…最高画質で撮っても数百枚は撮れる筈。
もしかしてさっきの『俺選☆今日の小鳥遊君メモリーVol.2』ってメモリーカードは、「日々の俺を撮って纏めたものの2枚目」って意味じゃなく、リアルに「今日一日だけで撮った写真」って意味なのか!?

嘘だろ…一体何が欲しいのかは判らないが、俺に一度も気付かれる事なく、これだけの枚数を撮った労力と、“それ”への執着心が本気で怖い…
「うん、そのまさか。俺、頑張ったでしょ?これなんて凄いオススメだよ」
恐れ戦いて声も出ない俺には構わず、机に散らばったメモリーカードの一枚をカメラにセットし、画面をコチラに向けてくる。
その中にいたのは、もはや忘れたい過去に分類された女装写真…
それだけならまだしも、相馬さんが切り替えていくページの中には、女装途中の着替え写真や、男の客に可愛いとか言われたありえない瞬間の写真まで入っている…




…こんなのが、この枚数…?




………っ!!!!


「そ、相馬さん!俺にあげられるモノだったら、あげますから!!お願いですから、このメモリーカード全部処分して、もう隠し撮りするの止めて下さい!!」
耐え切れなくなってそう叫ぶと、
「ありがとう♪じゃ、遠慮なくもらうね」
…と、びっくりする程、アッサリとした返事が返ってきた。
そして、相馬さんは何やら携帯を操作し、酷く満足そうに「これで安心」と呟くと、机の上に散らばったメモリーカードをひとまとめにし…
「はい。これで契約成立。」
と、俺の横に来て、ジャラジャラと手渡してくれた。
余りの量に、咄嗟に両手で受け取るが…成立って??

「え…俺まだ何も……って、うわ!!」
あげてない…と、続けようとした言葉は、顔を上げた瞬間、余りにも近くにあった相馬さんの顔に驚いて後ずさった事で、途切れてしまった。
「あ〜、惜しい。もうちょっとだったのに…折角、咄嗟に両手を使えないようにもしたのになぁ、小鳥遊君。反射神経良すぎだよ」


…っは?
咄嗟に両手を使えないようにして、何をしようとしたんだ?この人!?

………え、え〜と…
…凄い…もの凄い考えたく無い事だけど、も、もしかして…

「あ…あの?まさかとは思いますけど、貰うつもりだった物って…キスだったとか…その…い、言ったりしないですよね…」
いや、俺男だし、嫌がらせにしても、そこまではしないだろ…と、思いつつも、先程の余りの至近距離に聞かずにはいられなくて、しどろもどろに問いかけると、
「やだなぁ。そんな事、言わないよ。欲しいものはもう、もらったしね」
と、朗らかに否定してくれた。
「あ、…そ、そりゃそうですよね。すみません変なこと聞いちゃって…あれ?じゃ、貰ったって何を…?」否定の言葉に一瞬酷く安堵したのだが、何も渡していないにも関わらず契約が成立し“貰った”と言われた言葉が気になって、そう尋ねると、
「うん。折角くれるって言ってくれたんだもん。責任もって『小鳥遊君』を、ちゃんと全部もらうよ」



!?


…こ、この人、一体何を言ってるんだ?
「お、俺、モノじゃな…」
人がそんな簡単に譲渡されてたまるか!と、動揺しながらも反発しようとしたのだが、そんな俺の台詞を遮る様に、
「あぁ。小鳥遊君、もしかして漢字の『貰う』で、会話してたのかな?俺が言ってたのは、平仮名の『もらう』だよ。小鳥遊君、文系得意だから知ってるよね?国語辞典で調べると、大体三番目位には必ず書かれている平仮名の『もらう』の意味…」
そこまで言われた所で、決して判りたくは無いのに相馬さんが言わんとしている事を察してしまい…クーラーの効いた室内にいるにも関わらず、
―――ツゥ…と、背中に嫌な汗が流れ落ちる。
しかし、続きを聞きたくない俺には構わず、相馬さんは楽しそうな笑顔のまま、
「平仮名の『もらう』ってね、漢字に変換した時の『お菓子を貰う』とかの意味の他に『人を自分の側に帰属させる』っていう意味もあるんだよ。ほら…判りやすいので例えると『嫁にもらう』とかはそっちの意味になるよね♪」
と、一般常識で誰もが知っているけれど…実際に使うのは一生に一度あるかないかの為、普段は忘れられている言葉の意味をやたら丁寧に説明されてしまう。

「いや…待っ!…た、確かにそういう意味もありますけどっ…」

ピッ♪『そ、相馬さん!俺にあげられるモノだったら、あげますから!!お願いですから、このメモリーカード全部処分して、もう隠し撮りするの止めて下…』
…っ!?
い、今、相馬さんの携帯から再生された音声って、さっきの俺の…
「…と、言う訳で写真の元データは家のPCの中にバッチリ保存してあるけど、小鳥遊君の言葉通り『メモリーカード』はちゃんと処分したし、もう『隠し撮り』もしないよ。俺のモノになったから、これからは隠し撮りじゃなくて同意の上の撮影になるよね」

どうしよう…明るい蛍光灯の下に居る筈なのに、相馬さんの言葉が耳に入ってくる度に、どんどん目の前が暗くなっていく…
「あ!それと、小鳥遊君が俺のモノになるって誓ってくれたこの言葉も、家のPCに転送してあるから、安心してね」
…つまり携帯を壊しても無駄って事ですか…てか、さっき携帯を弄ってた時に、録音のみならず、そこまで…

その時、厨房から佐藤さんの
「相馬ー!お前、いつまで休憩してるんだー」
という声が響いてきて、相馬さんは慌ててカメラやら携帯やらを仕舞い始めた。
「うわ!ヤバ。代わって貰った休憩だから、いつもと時間が違うんだった」




…あぁ
……一体…どこからが罠だったんだろう…


容量の大きいモノなら、数枚で済んだ筈のメモリーカード。
これみよがしに置かれたカメラ。
誰かを脅して代わって貰ったであろう休憩時間。
誤解しやすい言葉と言い回し…

余りの事に頭がついていかなくて、酷く緩慢になってしまった頭で、そんな今更な事を考えていると…
準備を終えて、休憩室を出て行こうとした相馬さんが入口でくるり…と振り返り。



「やっと、俺のになった。」



と、本当に無邪気で心から嬉しそうな…壮絶に綺麗な笑顔で一言そう言って…
そのままパタパタと走り去って行った。


…っ…!

力の抜けた俺の両手から、大量のメモリーカードがバラバラと足元に落ちていく。
相馬さんは、普段から笑顔だけれど、それはどこか計算されつくした表情で…あんな無邪気に、自然に笑う表情を初めて見た。

てか、最後の最後に…



…その顔は…反則過ぎる…///



『天使のような悪魔の笑顔』

昔、何かで聞いたそんなフレーズが、無意識に思い浮かぶ。
悪魔の策略に身体は既に囚われて…
天使の笑顔に、うっかり心まで魅入られそうになった…
逃れられない予感に身体が脱力し、床に散らばったメモリーカードの上へ、しゃがみ込む。
パキ…と、潰されたメモリーカードが乾いた音を立てたが、椅子に座る気力も無くて、熱くなった頭を抱えていると…
再びパタパタパタ…と、相馬さん特有の軽い足音が響いてきて、
諸悪の根源がドアからピョコン。と、顔を出した。
「そうそう、言い忘れてた。今日、伊波さんお休みだし、バイトの終わり時間同じだから、一緒に帰ろうね。因みにこっそり先に帰ったりしたら………ね?」
と、冗談めかしつつも、最後の一言だけ笑っていない眼で付け足して、再び楽しそうに去って行く。


…だから!!この策略は、一体どこまで続くんですか!?
今まで伊波さんがお休みの日で、相馬さんと同じ時間に終わるシフトは、無かった筈なのに…


とてもじゃないが、自力で逃げる事なんて出来そうになくて、
藁にもすがる思いで(もう…天使でも悪魔でも誰でもいいから、助けて下さい…)と、天を仰ぎ見たが…頭上の無機質な蛍光灯の光では、願いは到底届きそうに無かった…




お題:『君をもらいます』了
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