あともう1oの距離 | ナノ


あともうすこし、なんて。触れそうで触れない距離を、もう何度繰り返したんだろうか。好きだとか好きじゃないだとか、そんなものの談ではなく。

(良く考えなくても、男同士ってだけで十分異質だ)

きゅ、と空いたテーブルを布巾で拭う。拭き上げられたテーブルにはうっすらと自分の顔が写っており、小鳥遊はぼんやりと酷い顔だな、と一人ごちた。
原因なんて考えるまでもなく、厨房で忙しそうに走り回ってオーダーを熟している一人。小鳥遊が盆へ乗せたグラスを洗いへと置いたのを見計らったかのように、彼、相馬は小鳥遊へ声を掛けた。

「小鳥遊くーん、3卓のパスタ上がったよー」

振り返ればそこにはいつもの笑みを携えた相馬がおり。小鳥遊は小さな溜息とともに今行きます、とだけ告げた。
好きだからそういうことへ至る、というのは、安直すぎるのだろうか。良くも悪くも普段から姉たちの相手をしているためか、女性の扱いには多少長けてはいるが何分女性というか同世代の女の子とお付き合いというものを小鳥遊はしたことがない。
自分の考えが及ばない範囲で思考するということは、思った以上に疲れることだった。

「小鳥遊くん?」

どうかした?と問うてくるその笑みと瞳は一体何を考え何を思っているのか計り知れない。
小鳥遊はいいえ、とだけ返し上がっているパスタを手に取った。

「3卓ですね、行ってきます」
「…小鳥遊くん、」
「はい?なにか…っ」

名前を呼ばれると同時に引き寄せられた左手に多少の傷みと驚きを感じながらも、咄嗟の出来事に身体はおろか思考さえもが追いつかない。小鳥遊はぐっと右手に持っていたパスタ皿へと力を込めた。
瞬間、ふ、と唇に触れた感触に小鳥遊は狼狽した。目の前の相馬は相も変わらずいつもの笑みを湛えており、一体何の意図があって先程の行為を行ったのか小鳥遊には理解できなかった。躊躇いながらも心の奥底で渇望していたその行為を。

「君の考え事や心配事は俺が全部杞憂に変えてあげる。だからもうちょっと、君は我が儘になったり、人に甘えたり、人を頼ったりしていいんだよ。……君は、歳の割には聞き分けが良すぎるからね」

相馬が不意に真剣な眼差しを見せ、普段より少し低い声でそんなことを言う。
そんなものはこうならざるを得なかった両親や姉達に言ってくれ、と言う言葉を寸でで飲み込み。小鳥遊はおそらく赤いであろう顔を背けた。

「………善処します」
「うん」

その方が俺も助かるなぁ、といつもの調子で笑った相馬に今まで一人で思ってきたことを全て見透かされたかのようで、余裕というものを見せ付けられたようで、少し、面白くなかった。
けれども。
それ以上に、触れ合えたことがどうしようもなく嬉しかった。
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