それはただいつもの事


 


「霊夢、お腹すいたわ」

いきなり耳元から声がする。
いつもの事だとは云え慣れろと言われても無理がある。
それでも平然を装う。

「…いきなり何よ…紫」
「だからお腹すいたのよ。何かあるかしら」
「アンタにやるもんなんか無いわ」
「つれないわねェ」

自分ちで食えよ、と思っても適当な理由付けてはぐらかされるだろう事は分かり切ってた。

紫はいつもそうだ。
突如現れては一人のどかだった時間を掻き乱していく。

ただそれを霊夢は強く拒否する事も無く。
拒否した所でコイツには敵わない。そう思っているのもあるのだが。
結局の所…

「霊夢、お腹すいたわ」
「あーもうッ…向こうの戸棚に煎餅があった筈だからそれでも食べてなさい」
「んー、それでも良いんだけど…」

首に回された両腕。
密着させられた身体から伝わる体温はどこか冷たい。
ズシリと体重が掛けられる。

「貴女が食べたいわ」
「…は」
「霊夢が」

コイツは何を言ってるんだ。
一瞬思考が停止したが、どうにか働かせる。
そうだコイツは妖怪だ。

「…妖怪は私を取って食う事なんて出来ない筈だけど」
「知ってる」
「じゃあ何言って」
「…クスクス」

意味が解らない。
す、と身体が離される、

「お煎餅、頂くわ」

足音も立てずにその場を離れる。
戸棚が開かれガサガサと中が荒らされているであろう物音。
「あった」
カタン。
気配が消える。

「…礼くらい言ってから帰りなさいよ…」

再びシンと静まり返る部屋。
まるで今来客が来ていた事なんて嘘の様な。
手元に置いていたお茶を一口啜る。

紫の思考が解らないのはいつもの事。
紫が平穏を乱していくのもいつもの事。
霊夢の心を乱していくのも、またいつもの事。

「あのお煎餅、高かったんだから…」

結局の所、その“いつもの事”が、霊夢にはどこか嬉しかった。


 




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