西木邸のとある朝


 


「おはようございます、ご主人様」
「…ん、おはよう」

カシャリとカーテンの開けられる音と、ふわりと差し込んでくる朝日。
すぐ隣で発せられた女の子の声と共に、ベッドで寝ていた俺は目を覚ました。

「今日も良い天気ですよ」

にっこり笑って語りかけて来るその子は、俺のメイドの凪紗。
朝、時間になるとピッタリ起こしに来てくれる。
有能なメイドだ。

俺は体を起こし、手元に置いてあるカレンダーを見る。赤い印。

「今日は北條との会議か…めんどくせ」
「あ、はい、そうなってます。…ですが…」
「ん?」

いつもだとここで「今日も頑張って下さい」等と声を掛けてくれる凪紗なのだが、何だか歯切れが悪い。
何か予定の変更でもあったのかと、…訊こうとした時だ。

「おいこら涼介ー! まだ寝てんのかー!」
「ご主人様駄目だよーっ、ただでさえこんな非常識な時間に…」
「せめて凪紗さんが起こすまで…」
「うっせぇぞみとりと!」
「「ふぇーん」」

部屋の外から俺の名前を呼ぶ男と、子供の声がする。
…奴か…

「…うへェ、朝から何てもんが」
「…すみませんご主人様…、止めたのですが無理矢理入って来られて… せめてこの部屋には入れない様にはしましたが…」
「いや、お前は悪くないよ。…ったく…」

俺は寝具から降り軽く身嗜みを整えると、凪紗に部屋を片付けておく様に言い付けて部屋のドアを開ける。

「何の用だ、和也」
「やっと起きたか涼介。寝坊助デスネー」
「お前に言われたかねぇよ昼夜逆転ニート」

開けた先に立っていたのはチャラチャラとだらしない格好の男、南城和也だ。
と、その周りに3人の子供。

「おはようございまーす涼介さーん」
「ぉ、ぉはようございます…」
「ん、おはよう、みと、りと。それとお前もおはよう、白」
「………」

真っ先に挨拶して来たのはみと。
それとその双子のりと。
オマケに後ろの方でポツンと黙って立っている白。
3人は和也のメイドだ。

「ゴメンね涼介さんっ、ぼくも止めたんだけどご主人様が…」
「何だみと、オレが悪いってのか?」
「どう考えてもお前が悪い。」

DQN…いや、馬鹿な和也に3人も困ってるのが見て取れる。
俺と和也は幼馴染みなのだが、コイツは昔っから何かに付けて俺をライバル扱いして勝負だの何だのと乗り込んで来るのだ。
多分今日来たのもこれが理由だろう。白が重そうなリュックを背負っている事からして、何かを持って来ているのは確実だし。

「取り敢えず涼介! 今日こそオレ様が勝つ!」
「何にだよ」

ほらな。

「手始めにbeatotaku3DXで」
「それこないだやって俺の圧勝だったろ」
「リベンジだリベンジ!」

和也は白のリュックからゲームのソフトとコントローラーを出して来る。
準備の良いこって。

「わざわざ持って来んでもうちにあるのに」
「こないだはお前のソフトとコントローラーだから負けたんだ! オレの愛用のヤツなら勝てる!」
「はいはいワロスワロス」

どこからそーゆー発想と自信が出て来るのやら。
俺は溜め息。
と、片付けが終わったのか凪紗がこちらにやって来る。

「…ご主人様、時間は大丈夫ですか?」
「あー、こんくらい大丈夫だろ。コイツ片付けたら飯食って出るから、準備しといてくれ」
「あ、はい」

会議の時間までまだ余裕がある。
忙しいからと和也をスルーしても良いのだが、そうすると多分俺が帰って来るまでここに居座るだろう。
それならさっさと片付けてしまった方が早い。
凪紗に朝食と他仕事の準備を促す。

「あっ、凪紗さん今から朝ご飯作るの?」
「はい。一応軽くは作ってるので、後はメインだけですね。今日は美味しいお魚が入ってるんですよ」
「ねぇねぇ、ぼくも手伝って良い?」
「あ、じゃあ一緒にやりましょうか」
「わーい!」

和也のメイドの筈のみとも一緒にやるらしい。

「おいこらみと、何でお前までコイツの」
「だってご主人様が負けるのは目に見えて」
「んだとォ!?」
「ひゃー」

…奴のメイドも苦労してんなァ
因みに俺と和也はこんな仲だが、メイド同士はとても仲が良い。

「…りとも一緒に行っても良い?」
「良いですよ〜 白ちゃんも来ますか?」
「…うん」
「畜生お前らー!」

そんな訳で結局メイド4人で朝食作りに赴く事になった様だ。
基本的に奴のメイドも料理は上手いし空気は読めるので心配する事は無い。

「良いのか和也、メイドに見放されてるぞ」
「…くっ、後でオレ様のスーパープレイを見れなかった事を後悔すれば良いサ…」
「はいはい」

そして和也の愚痴を受け流しつつ、
俺達はテレビのある別室へと場所を移した。

「涼介さん頑張って〜」
「みとこの野郎!」

最早鼻で笑うしか無い。
 


「で、いつまで続ける気だ」
「こ、これからが本番だ!」
「何度目の台詞だそれ」

ゲーム画面に映るAAAとFの文字。
無論俺がAAAだ。

「冥穴くらいクリアしろよ、自分で選んだクセに」
「うるせェ! 家でなら出来るんだよ!」
「嘘こけ」

今の所俺の6勝0敗。
奴は出来ないクセに見栄張って高難易度選んで撃沈している。
こないだも全く同じ状況だった。

「ここがお前んちだから出来ないんだ! 今から俺んちに来い!」
「お前と違って俺今から仕事あるから無理。帰って1人で特訓してろ」
「逃げるのか、じゃあオレ様の勝ちだな!」
「勝手にそう思っとけよ負け犬」

本当にコイツの脳内がどうなってるのか気になる。うぜェ。
と。

「ご主人様、朝食の用意が出来ましたよ」

コンコンとドアを叩く音と凪紗の声。
丁度良かった。

「あぁ、今行く。てな訳で和也、帰れ」
「えー、オレも凪ちゃんの作った朝食食いたいー」

ドアの隙間から微かに朝食の匂いがする。
その匂いを嗅ぎ付けたのか和也もふてぶてしく文句を垂れる。

「ふふ、和也さんの分もありますよ。皆で食べましょう」
「マジで!? ヤッター!」
「…余計な事を…」

まァ4人で作ればそうなるわな。
俺としてはあまり気が乗らないが仕方ない。あの3人を無下にする訳にもいかないし。
取り敢えず流石に俺も腹が減ったので食堂に向かう事にした。


「今日はフレンチで用意してみました」
「おぉ、美味そう」

食堂に入ると机には見た目も鮮やかな料理が綺麗に並べられていた。
食欲をそそる匂い。
俺は席に着く。

「因みにこのデザートはぼくとりとちゃんで軽く作ってみたよ!」
「即席なので質素ですが…」
「いや、凄いじゃん。有難な」

いつもの朝食には無い焼き菓子がさり気なく置いてあると思ったらコイツ等か。

「白ちゃんも色々とアレンジしてくれたんですよ。最初私が作ってたのよりも豪華になっちゃって」
「おー、白もサンキュ」
「…うん」

凪紗が隅に居た白を連れて来る。
白は少し俯き気味ではあるが表情は嬉しそうだ。

「よーし、じゃあ早く食おうゼー!」
「お前なァ」

適当な椅子にドカッと座っていた和也が声を張り上げる。
あまりのフレンチの似合わなさとふてぶてしさに失笑。
…まァ良いや。
メイドの4人も席に座る。

「いただきます」

そして皆で食事に手を付けた。



「じゃあな涼介、次こそオレ様が勝つからな!」
「次があればな」

何やかやと談笑しながら朝食を食べている内に気が付けば時間が迫っていた。
ガタッと椅子の音を立てて立ち上がり部屋の出口に向かう和也。飯食ってそれなりに満足したのか機嫌が良い。
…いつもこんな風にすぐに帰ってくれたら楽なんだが…

「ご主人様が大変失礼しましたー、涼介さん」
「もう家に軟禁しとけ」
「あはは」

俺は席に着いたままぼちぼちと紅茶を飲んでると、みとがこっちに来てぺこりとお辞儀をしてきた。
ホント、奴に似合わずちゃんとした子達だ…
…いや、奴が奴だからちゃんとせざるを得ないのか?

「あ、片付け手伝いますよ凪紗さん」
「いえ、このくらい大丈夫ですよりとちゃん」
「でも…」
「気にしなくて良いぞー、りと。さっさと和也連れ帰ってくれた方が俺は助かる」

りとはりとで、和也の食い散らかし後を片付けてる凪紗の元でこんな事言ってるし。
本当は和也に片付けさせたいがさっさと帰ってもらいたい。
因みに白はさっきのゲームとコントローラーを片付けに先に部屋から出ていたので、既に和也の隣で帰宅体制だ。

「じゃ、お邪魔しました〜」
「お邪魔しました」
「あ、外までお送りします」
「良いよ良いよ、凪紗さんは涼介さんの準備してあげて。仕事あるのに朝からゴメンね」

みとりとがぺこりとお辞儀をして部屋を出る。
白も和也の隣で小さく頭を下げた。
大元の邪魔の根源である和也は何も言わずにズカズカ歩いて行った訳だが。
この野郎。

「ふふ、和也さんも相変わらずですね」
「相変わらずにも程があるだろう…朝から無駄に疲れた」

皆を見送った後、凪紗が残った食器を手際良く片付けていく。
俺も紅茶を飲み干して一息。

「さて…そろそろ行くか。」
「あ、はい。では車の手配しておきますので先に玄関まで行ってて下さいな」
「あいよ」

時計を見ればもう出発するのに良い時間だ。
俺が立ち上がって軽くシャツを整えるのと同時に、凪紗も早足で部屋を出て行く。
それを見送った後、俺も玄関まで向かった。



家の門の前には既に運転手の乗ったベンツが止めてある。
空は晴れ。風は少し強いがどうと言う程でも無い。
ガチャリとドアを開けて車に乗り込む。

「行ってらっしゃいませ、涼介さん。今日も頑張って下さいね」
「お前もな」

そう言ってにっこり見送ってくれる凪紗の笑顔を確認すると、
俺は運転手に出発の指示を出した。

今日も1日、大変だ。



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