かえる


 


ある晴れた午後。
俺、五月斗月はふらふらと公園のベンチで寛いでいた。

「はー、限定みかんちゃんフィギュアも無事ゲット出来た事だし…
 今日はこの晴れた空と共に俺の心も晴れやかだ」

ヲタク(俺含め)の波の中から戦利品を手に入れた時のこの優越感。
思い出したら笑いが込み上げて来る。

「…さて、そろそろ帰るかな…」

そんな気分のまま、みかんちゃんフィギュアを拝む為に帰路に就こうと立ち上がり歩き出した時だった。

「……ぁ…」
「…あ?」

ふと呼び止める様な声が聞こえそちらを振り返ると、
見覚えのある灰色の色素の薄い髪。

「おー、依音じゃねーか。
 お前が外に居るなんて珍しいな。どうしたんだ?」

そいつ…灰原依音は、
少し暗い木の下に蹲って何かを見ていた様だった。

「…先刻迄、日和が来てたから…成り行きで家迄送る事になって…
 …その帰り」
「そうなのか」

…うーん、何でいつもコイツなんかに日和は…いやいや、
人の色恋沙汰に首を突っ込むつもりは無いのだが、どうも馴染まねーなァ…

まァそれはどーでもいーとして。

「で、何見てんだ?」

さっきから依音が見ていた物が気になって覗き込んでみる。
何事にも無関心な依音が見ているくらいだ。きっと何か…

「…かえる」
「は?」
「だから…蛙」

…確かに、小さな雨蛙がそこに居た。

え、でも…え?
かえる? 依音が?

余りに違和感ありまくりで頭にハテナが浮かぶ。

「…あのさぁ…」

と、依音がボソリと話し始めた。
…何かいつもより声色が低いのは気のせいか。

「…蛙ってさぁ、普通のお湯に入れると其の熱さに逃げ出すんだけど…」

ニヤリ、と笑って、
「…水の中に入れて、其れをゆっくり熱すると…
 熱くなった事に気付か無いで、其の儘煮え死ぬんだよねェ…」
「…………」

その言葉を聞くや否や、
一瞬にして俺の時が止まった。

………えーっと…

「…ふふっ、蛙って馬鹿だよねー、本当に…
 ふふふふふふふ」

…その時の俺の選択肢は3つ。

・「そんな物騒な事言うなよ」と突っ込む。
・「そうだな、馬鹿だなー」とノる。
・逃げる。

「ぅわあぁああぁぁあぁああああああ!!!!!!!!!!」

とつき は すかさず にげだした!

そんな話聞いてられっか馬鹿ーーーーーー!!!!!!
奴がグロ大好きな事を忘れていた!

バタバタバタと、買い物袋を振り回しながら走って、
そしてふと気付く。

「…はッ!
 みかんちゃんフィギュア!!!!」

そうだった! この袋にはみかんちゃんが!
あまりの恐怖に忘れていた!

一瞬にして壊れてないか確認。
破損は未確認。
おk。

「…はァ…、依音の所為でみかんちゃんフィギュアをぶち壊す所だった…」

逃げ切れた事とみかんちゃんの無事に胸を撫で下ろす。

…あー、怖い目に遭った…

取り敢えずもう、さっさと帰るのが得策か…
そう思い、みかんちゃんフィギュアの入った袋を大事に抱えて歩き出す。

「とつっきー!」

…と、今度はまた別の奴から呼び止められる叫び声。

「…ん? …おぉ、かずっちか…」

聞き覚えのある甲高い声は不知火一葉。
…何だ。何で今日はトラブルメーカーとぶち当たるんだ。

「良い所に来た!
 ちょい来てちょい来てー!」
「んだよ…」
「良いから!」

げっそりしていると、一葉は俺の腕を引っ張って促してくる。

…どこに連れてくつもりだ…
俺は早く帰ってみかんちゃんを…
…と、向かった先はまたも木の下。

「コレコレ!」

そうやって一葉が指差したのはちっこい緑。

「…またかえるかい…」

一気に脱力。
かえるは…もう…やめてくれ…

でも一葉はそんな俺の事情も露知らず…

「あのサっ、蛙って鳴く時に頬っぺが膨らむじゃん!」

てへっ、と無邪気な満面の笑顔を浮かべ、
「アレってぱーんって破れちゃったりしないのかな!!??」
「……………………」

よし、話を纏めよう。

かえるは蛙でかえるだ。
蛙の子はかえるであるがおたまじゃくしでありまた蛙だ。
かえるが帰るのはそいつらの住家って事で蛙はかえるな訳でお湯に入れると煮え死んで破裂してかえるは帰るでかえr
「…かずっち…」
「んー?」
「…逞しく育て…」
「ほえ?」

…駄目だ…
コイツらもう駄目だ…

ポトリとみかんちゃんの入った袋を地面に落とすと、
俺は目の前が真っ白になった…



…その日の夜。

晴れやかだった気分は曇り空。
無事みかんちゃんと一緒に帰って来れた事を喜ぶ気力も無く…

その日見た夢は、
沢山のおたまじゃくしとかえると共に熱湯に入れられ爆発する夢だった…


…もうかえるは懲り懲りだ…



終わる。



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