ある日のバレンタイン事件


 


「はいっ、ヒューさん。バレンタインですよ」
「…?!」

いつもと変わらず工場でバイクの修理をしていた時だった。
突然目の前にラッテが現れたと思ったら、綺麗にラッピングされたカラフルな箱をこちらに差し出してニコニコしている。

「…え、うん?」
「だからバレンタインですって。折角持って来てあげたんですから貰って下さいよ」
「…えーと」

そう言えば今日は2月14日…所謂バレンタインデーだ。
バレンタインデーだが…

「…お前が俺に?」
「はい。勿論義理ですけど★」
「それは解ってる。いや、普通にスルーするかと思ってた」
「余ったからお裾分けでーす★」
「…あぁそう」

別にコイツから貰いたいとかそんな事は全くもって一切考えて無かったが、何かそう満面の笑顔で言われるとこれはこれで腹立つ。
それは兎も角。

「しかし俺こーゆーの食えんぞ」
「もうっ、知ってますよぅ。私が何回貴方にあんまーいスイーツ(笑)で嫌がらせしたと思ってるんですか」
「それ自分で言うこっちゃねーだろ…」

俺は甘い物が好きじゃ無いし、チョコとかクッキーとかもあまり食べない。
ラッテが(そんな俺の弱みを)知らない訳無いし、じゃあ一体何を持って来たんだろう…と若干不安に駆られる。

「あのですね、こないだ駅前のお店で見付けて美味しそうだったので見様見真似で作ってみたんです。きっとヒューさんも気に入って下さると思いますよ」

そう言ってラッテは箱のラッピングをバリバリ剥がし始める。
あまりに扱い酷過ぎねーかコレ…
そんな無残に破かれた用紙の中からは白い箱。

「はいっ、ヒューさん!」

バカッと、エラいにこやかな笑顔で蓋を開ける。
中には…

「………えーと、これは一体…」
「見て分かりません? パンケーキですよ」
「…いや、パンケーキだろう事は辛うじて分からん事も無いが……何この毒々しい血みたいなどす黒い赤色」
「うふふ…★」

…中には、手の平大のパンケーキが2つ入って居た…のだが、その色はどう見てもパンケーキの色をしていなかった。
と言うか…何か前にもこんな感じの物を見た様な…

「ラッテちゃん特製・激辛パンケーキです★」
「何このデジャブ!」

…そうだ、これは前にハヤトが…
…思い出しただけでも辛ェ…

「あら、もしかしてコレ知ってました?」
「知ってるも何も食った事あるぞ…あの激辛トンデモケーキだろ…」
「なーんだ」

ラッテはどことなくショボーンとしている。
まァ一度経験した悪夢をまた自分から見に行くこっちゃねーしな。
うん、俺は食わねーぞ。

「でもコレ、ただの見様見真似じゃないんですよ。本家越え目指して研究に研究を重ねましてですね…」
「…んな事言われても食わんぞ」
「雨の日も風の日も雹が降りしきる中も食材を探してお店を渡り歩いたんです」
「あぁ、そう…頑張ったな」
「そして私は見付けたんです…伝説の食材、ブート・ジョロキアを!」
「本格的過ぎる!!!!」

ブート・ジョロキア(ブット・ジョロキア、Bhut Jolokia)とは北インド(アッサム州、ナガランド州、マニプル州)およびバングラデシュ産のトウガラシ属の品種である。ギネス世界記録でハバネロ(およびその栽培品種レッドサヴィナ)を抜いて世界一辛いトウガラシとして認定された。
※参考資料:wikipedia

「更にレッドサヴィナ、ハバネロ、ハラペーニョ…等々数種類のスパイスや香辛料、それととっておきの愛情とコンソメを混ぜた特別仕様になっております」
「それケーキじゃなくてあのケイゴが食っても死ぬ劇薬の間違いじゃねーの?」
「…ね、だからヒューさん…」

ジリ…
ラッテが近付いて来る。

「私…折角持って来たんですよ… きっとこれならヒューさんでも大丈夫だって…」
「その台詞もデジャブだが流石にそれは無理だわ」
「うぅん、余りだったなんて嘘だったんです…本当はヒューさんの…貴方の為に作ったんですよ…」
「…いや、でもそれは」

ジリ。
雰囲気が変わる。

「だって…本当は私、いつも素直になれなくてからかってばかりだったけど…本当は貴方の事…」
「え」

ジリ。
顔が近付く。切に訴える様な表情。
…え、いや待て何だコレ?
ジリ。近付くな。
そんな泣きそうな顔で俺を見るんじゃない!

「今日だけで良いんです…貴方が私を見てないのは知ってる…。でも、今日この日くらいはこれを…」

ジリ。待て。

「ラっ」
「ね、だからヒューさん」

ジリ。
潤んだ瞳。蒸気した頬。切な気な表情。
いつものラッテと違う、その…

「このケーキ…」

つい、と細い指がケーキを一欠片つまみ俺の顔の前まで運ぶ。
俺はラッテの気持ちに答える事は出来ない。
けどその気持ちを無下にする事も…今の俺には出来そうにない。
…どうする?
今だけ受け入れて食べて死ぬ?
その手を払い食わずに無事生き延びる?
俺は…
 

「…その、ラッ…」
「…ぶふッ」

突然どこかから聞こえた吹き出す様な声。

「!」
「!?」
「あ」

俺とラッテはその声が聞こえた方を見る。
と、そこには「しまった」とでも言わんばかりの表情をした…ロッテが入口からこちらを覗いていた。

「あーんもうっ、ロッテちゃん! 後もーちょっとだったのに!」
「だってもう可笑しくて…アイツのマジに受け取った表情」
「…え?」

思考が止まる。
…何だって?

「くすくすっ、トチ狂った様な事言ってごめんなさいヒューさん。賭けをしてたんです」
「……はァ?」

さっきとは打って変わってラッテはあっけらかんとそう言った。

「そ。アンタがそのケーキ食うかどうかってね」

双子がケラケラ笑う。
つまり…これはえーっと…
…俺は嵌められたって事なのか?

「必見!女の子に告白されたら男は命を賭けてでも受け入れるのか!?…みたいな? …でもロッテちゃん駄目よぅ、幾ら狼狽えるヒューさんが無様で滑稽で面白可笑しいからってあんな良い所で吹き出すなんて…」
「だからゴメンってば」
「…お前ら…」

笑いが止まらないらしい2人を見てたらどうにも脱力してきた。

「で、結局答えは分からなかった訳ですけど…ヒューさん、あのままでこのケーキ食べて下さいました?」
「ぁあ?」
「だからケーキ!」

またズイッと近くに寄られる。
さっきみたいに妙な雰囲気は一切感じないが。

「…ッ食わねーよそんなもん! それに何せお前だしな。もっと女の子らしくて可愛い子なら食ったかも知れんが!」
「ふふ、そうですか」

ラッテはまたくすくす笑う。

「「あぁ、でも」」

双子の声が重なる。
少しの間の後、2人はつい…と目配せするとラッテが口を開けた。

「このケーキ激辛とか言いましたけど、本当は激辛じゃなくて普通に美味しく作ったんですよ?」
「ぁ? 何言ってんだ」
「本当ですよぅ。色は周りに食ベニ付けただけで中は普通のスポンジです」

そう言ってラッテは持ったままだったケーキの欠片を自分の口に運ぶ。

「…私には甘さが足りませんけど…うん、やっぱ美味し★」

にこやかに語る彼女の言葉は確かに嘘では無さそうだ。

「アンタでも食えそうな味がどんなもんか分かんないけど…ま、今日くらいは素直に受け取りなさいよ。折角作ったんだし材料勿体ないし」
「そうですそうです」
「はぁ…」

手渡された箱を見る。
毒々しい色したケーキの欠けた部分は確かに普通の色をしていたし、普通のケーキの匂いもする。
…仕方ない。

「…あぁ…もういい、俺の負けだ。良いよ、食ってやる」
「くすくす」

双子が微かに笑う中、俺は欠けた方のケーキを手に取り、そして覚悟を決めて齧り付いた。

「……確かに普通だわ」
「もぅっ、まだ疑ってたんですかー?」
「うたぐり深い男は嫌われるわよ」
「…お前らなァ…」

ふわりとケーキの匂い。
確かに見た目と違って中は普通の柔らかいスポンジだし、甘さも控えめだ。
確かに『これなら俺でも食える』。

「…さて、ではヒューさんも食べてくれた事だし…ロッテちゃん、次行きましょ」
「はいはい」

最後の一口を食べようかと云う時だ。
ラッテは振り返ると俺の元を離れてロッテの元へぽてぽてと駆け寄っていった。

「どっか行くのか?」
「最初に言ったでしょう? それは義理で余り物ですって」
「…そこは事実なのか…」

やはり気分は良くない。

「え、まさか本当にヒューさんの為だけに作ったんだと信じたんですかァ?」
「いやそれは無い」

ニヤニヤしながらこっちを見るラッテを一蹴する。
本当にコイツは色々ぶち壊す奴だ。

「ふふ…」

ラッテは薄く笑う。

「…あ、えっと…ミシェルさんには渡して来たから…次はケイゴさんかハヤト君かしら」

そう言ってポケットからピンクのメモ紙を取り出すと、彼女は「んー」と悩んだ素振りでそれを眺め始めた。
横からロッテが覗き込む。

「さっきケイゴのブログ見て来たけど、ついさっきロケに出るとか何とかで今この町には居ないみたいよ」
「えーッ? …ふっ、残念ねケイゴさん…私達のバレンタインプレゼントが貰えないなんて…」
「まァ次妥当にハヤト君の所で良いんじゃない」
「そうねェ」

きゃいきゃいと話す2人は楽しそうだ。
流石(仮にも)女の子。バレンタインは特別なんだろう。

「ハヤトなら後で来るっつってたからココで待っとけば?」
「あぁいえ、他にも行く所あるので」
「あぁそう。大変だな」
「ふふ、これでも女の子ですから★」

そう言ってひらりと捲られたスカートを俺はただ冷めた目で見る。

「ではではヒューさん、今日はこの辺で」
「残りのケーキもちゃんと食べなさいよ」
「はいはい。じゃあな」

そしてそう交わすと、双子はどこか楽しげにこの場を去っていった。
手に残っていた最後の一欠片を口に放り込む。

「…素直に渡してくれりゃ普通に食ったのになァ…」

箱に残ったもう1つのパンケーキ。
見た目はどう見ても食い物には見えないが…中は普通に美味いパンケーキで。

「…これは後で食うか」

蓋を閉める。
そう云えばまだ作業の途中だった。
ハヤトが来る前に終わらせてしまおう。

色々と戸惑ったが、どんな形であれバレンタインに限らず何かを作って貰えると云う事は、素直に嬉しいものだ。

「…そーいや賭けって言ってたけど、どっちがどう賭けたんだろうか…」

そして俺は作業に戻った。






…その後。

「ヒューにっ…ヒュー兄いぃ! …ぁああどうしよう、何か変な色のケーキ食べたらヒュー兄倒れちゃったよぅ…ヒュー兄いいぃ…」

残りの1つのケーキはリアルに激辛ケーキと云うオチ付きで俺は一週間生死の境を彷徨った。
やはり双子は双子だった。


 



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