短編 | ナノ




甘い幻想

もうダメだって。自分の命がもう亡いことが何となく分かった時から俺の世界は色褪せた。
白い天井に白い壁、何もかもが白いこの部屋でいつ来るか解らない死を待ち続ける。
俺はまだ、生きたい。あの人を置いて逝きたくない。ぎゅっと布団を掴めば皴が出来るけどそれ以外何も変わらない。

コンコンとドアをノックする音にはっとする。どうぞと口に出した言葉はとても弱々しくて嫌になる。
ドアが開けば、大好きなあの人が立っていた。俺はこの人を置いて逝ってしまうんだな。悲しくてやるせない気持ちが込み上げるけど、この感情を晴らす方法を俺は知らない。

「体調はどうだ?」
お見舞い品を俺に差し出しながらきらきらとした笑顔を向ける。本当は気付いてるはずだ。
「……。」
何も言えない。この口から出てこない。ただ頭の中をぐるぐると思考が回りつづけるだけ。

「っっ」
悲しそうな困ったような笑顔をしながら不知火先輩は俺の頭を力強く撫でる。
俺は貴方にそんな顔して欲しくない!

「俺、もう死ぬかもしれないっす。」
さっきまで言えなかった言葉をぽつり吐き出したらそっからは何かが解けたように次から次へと出てくる。

「俺、まだ死にたくないです。不知火先輩と居たいです。」
俯けば涙が溢れて顔がぐちゃぐちゃになる。
カッコわるい。けど涙は止まるどころか溢れるばかりで。
死ぬのは怖い、不安で仕方ない。死の恐怖から抜け出せない。でも不知火先輩の手はその不安を掻き消す力をもっていた。

「哉太」
いつも苗字で呼ぶから名前で呼ばれ驚いて顔をあげれば触れるだけのキスをされる。
「しら、ぬい…せんぱっ」
「一樹」
「へ?」
分けが解らなくて首を傾げて不知火先輩を見れば顔を赤くして目を反らされる。何か呟いたけど俺の耳には届かない。

「呼べよ、名前で」
「なっ…」
ニヤリと口を三日月の様にして不知火先輩は怪しげな笑み。これは何かをたくらんでいる笑い方だ。
名前呼びなんて恥ずかしいけどもう終わりが近付いているなら…。

「か…かず、き、さんっ」
「ん、よく出来ました。」
ご褒美といって俺の額にキスを落とした。
きっと俺の顔は真っ赤なんだろうけど、それでも今は幸せだから俯かないで顔中に落とすくすぐったい先輩のキスをもらおう。


沢山のキスの後に不知火先輩は真剣な顔で俺の名前を呼ぶ。

「哉太…、」
今度は触れるだけのキスじゃない深いキス。
苦しくなって先輩の胸を叩けば銀色の糸を張って離れていった。何だか少し寂しくて。

「んな顔するな」
また困ったような笑みで俺の頭をがしがしと撫でる。

「じゃあ」
また不知火先輩の顔が近付いてくる。何故か口を三日月にして。

「キスで心中なんて、ロマンチックじゃないか?」

この言葉の意味くらい俺にでも分かる。肯定の意味で先輩オヤジ臭いっすよとクスクスと笑えば、吐息がかかるほどの距離になる。恥ずかしさを噛み締めて目を閉じればキスをされる、深い、今までにない深く優しいキス。
息が苦しいけれど、先輩と一緒なら何も怖くない。

(甘い甘いキスで死なせて)
(死因はそう‘恋の病’)
(甘い幻想に酔う二人に)
(最期におやすみのキスを)




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