竜、伝説の生き物。
幻想生物だと思われていたそれが、実在するのだと世界に激震をもたらした出来事であった。
竜伝説が残るバルフェリアでも当時、ベルゴールへ調査団を送るかどうかの話になったのは覚えている。竜の痕跡はその戦場に数多に残っており、その恐ろしさを知らしめた。

「天罰だったと言うべきなのか、天災だったというべきなのか」

キクノは言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

「本当に突然だったと、遠くで見ていた仲間から聞いております。竜は戦場にどこからともなくやって来て、敵も味方も関係なく多くのものを焼き払い、薙ぎ払ったのです。そして当時、その場で交戦したのがリンメイ台下とアズサ台下のお二人でした」

唯一肖像画が表になっていた当時の上位御子二人。
はたして、その事と関係があるのだろうか。

「詳細は我々にも分かりません。しかし竜が去り、戦場で交戦し生き残ったのはリンメイ台下ただ一人でした。アズサ台下のわずかばかりに残った亡骸とも言えない様なものを抱えて、台下御自身も瀕死になりながら戦場からお戻りになられたのを今でも覚えております。……いえ、忘れられるはずがございません」

そう、言葉で言ってしまうにはあまりに凄惨な内容だった。
今の俺よりも歳下で、それこそ、ここにいるリアンと同じくらいの年の頃。俺達もそれなりに軍人として殺生と関わってきたが、それでも、リンメイの過去には及ばないだろう。

「御子達にとって絶対的な存在であった上位御子の死は、我々に恐怖を植え付けるには十分でした」

悔しそうな顔だった。
おそらく六年前も同じ顔をしていたのだろうな、と何となく思った。

「きっとあの時から全ては変わってしまったのでしょうね。その後にクロハ達が国を抜け、……そして前王が崩御なさいました」

リンメイが1人になってしまうまで、呆気なかった。

「あの当時のリンメイ台下はぼろぼろでした。一人は殉職し、残りは国外逃亡。そして残された幼い御子達。リンメイ台下が逃げられる場所などどこにもありませんでした」

「どうして、クロハ達は」

リンメイを置いていったのだろうか。
皆まで言わなくても俺の聞きたいことが分かったのだろう。その問いにキクノは首を横に振った。
彼女達もまたそれを知りたいのだろう。クロハ達が出ていった理由は分からない。そしてリンメイが残された理由もまた、本人達にしか分からないのだ。

「ただ一人残された上位御子として、リンメイ台下は傾きかけた翡翠宮を立て直すために奔走されました。だから任期を超えて御子の位を返しても、わざわざ翡翠宮統括長などという地位を作り出してそれからずっと縛られることになった。まだ子供だった我々を守るために」

「キクノ台下……」

シグレがキクノの袖をつかみ首を横に振る。これ以上は、ということなのだろう。
キクノはハッとしたように顔を上げる。
そして元の穏やかな笑顔に戻った。

「……失礼しました。つい、昔のことを思い出すと言葉が溢れてしまうものですね。皆様のお耳に入れるような話題ではございませんでした」

「いや、それは別に……」

「それからこのことは、どうかリンメイ台下には。竜のお話は、リンメイ台下はお好きではないので」

皆一様に頷いた。
当然だ、こんな話、聞かされただなんてリンメイには面と向かって言えない。

「翡翠宮統括長って?」

話をそらすように、俺は気になっていたことを聞いた。

「現在のリンメイ台下のお立場です。恐らく帰国したことで一時的に復権するでしょう。石も返却され、能力も復活するはずです。クロハ達に対抗するにはそれしかありません」

「……そもそも何故任期が子供のうちなんだ。そんなことをさせるくらいなら、大人が背負うべきだろう」

隊長の言葉は最もだった。
全て、子供に背負わせた結果のようにも感じる。
しかしその言葉をキクノは否定した。

「子供だからこそ、できるのです。御子石から与えられる力は強大ですが、ただ与えられるだけの都合の良い石ではございません」

ぎくりと、肩を震わせる。その石の恐ろしさを俺たちは垣間見ている。

「個人差はあれど御子石とその能力を維持するためには大量の魔力が必要です。そして少しでも魔力を切らせば生命力から補填されます。そのために、また若く回復力に溢れ、魔力も生命力も補いきれるうちに任期を全うするのです。その能力の性質上、任期を定めねば際限なく酷使されてしまいます。それを防ぐために十年という期間が設定されています」

「十年……」

「翡翠宮は七つになる歳の子供から集められ、十六になる年に十年間の任期を終えて退任いたします。その後の進路は各々の自由です」

子供にとっての十年はどれだけ長いだろうか。

「先ほど御子の能力の強さは石との親和性に比例するとお話ししましたが、親和性はすなわち石を身に着けている時間に比例します。稀に天性の才能で幼くして上位御子になる例もありますが、ほとんどの場合は長く身に着ければ身に着けるほど御子としての力も強くなります」

「じゃあリンメイがクロハ達に対抗できるっていうのは」

「ええ。……国を出てから今までクロハ達がずっと石を身に着けていたというのならば、その力も強大なものとなっているでしょう。彼らが生きている(・・・・・)と知れた今、対抗できるのはリンメイ台下しかいらっしゃいません。台下はバルフェリア王国へ嫁ぐ少し前まで統括長としての任に着いておりました。この国いるどの御子よりも、石との親和性は高いでしょう」

ただ一人、この国でずっと石を身に着け戦い続けてきた。
それがリンメイ。
そして今また、あいつはその座に縛られるのだ。

「十年という定めた任期を越えて石を身に着けるというのは、リンメイにとって害にならないのか?」

「台下は魔力量も豊富でいらっしゃいます。そう言った意味では身体に害が出ることはございません」

「……そうか」

俺はそれ以上何も言えず、口を噤んだ。
俺だけではない、隊長も、コーエンも、ルーフェスもリアンも。何を言っていいか分からず、黙り込んでいる。
分からないことが無いわけではない。だがすべて納得できるかと言われればそれは否だ。
仕方がないという気持ちと、理不尽であるという気持ち。その両方が渦巻いている。
どうして俺は、そんな彼らから狙われているのだろうか。
そんな様子にキクノは微笑みながらポン、と手を打った。

「……いかがでしょう、皆さま。翡翠宮のこと、少しでもご理解頂けたかと思います。後はおいおい、その都度皆さまにご説明できることもあるでしょう」

それからシグレに少し目配せをしたキクノは言葉を続けた。

「そろそろ陛下の元へ向かっても問題ない頃合いでしょうか。私は先に向かい、陛下のご様子を窺ってまいります。皆さまは後からシグレの先導の元、城内へお入りください」




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