好きだから、不安なの | ナノ

好きだから、不安なの




「シズちゃん、今日休みだからって寝てばっかりいないでよ」
「んー…」
「仮にもさ、こんなに可愛い彼女が遊びに来てるっていうのに」
「んー…」
「ねぇちょっと聞いてる?」
「んー…」
「…」


とある休日の朝。ベッドの上から一向に起きようとしないシズちゃんは、私が何を言っても唸るだけ。


「シズちゃん起きて」
「んー…」
「ねぇってば」
「んー…」
「…もう」


なぜ私がこんな朝からシズちゃんの家にいるのかと言うと。別に呼ばれて来たわけじゃない。ただ、付き合っているにも関わらずにそれらしい事をした事がなかったから。それで休日くらい喧嘩せずにたまには一日中二人でのんびり過ごそうとか思ったりして。
だから来たのに、シズちゃんときたら。


「シズちゃん」
「んー…」


起きてるのか寝てるのかもわからないような返事をして、未だにベッドから起き上がろうともしない。無視されてるわけじゃないけど、流石にこれは酷すぎるでしょ。疲れてるのはわかってるよ、でも。
…二人っきりなんだからさ。少しだけでもいい、こっちを見てよ。


「…ねぇ」


喧嘩以外じゃ、私に興味無いの?そりゃ告白したのは私だけどさ…。でも、シズちゃんも好きって言ってくれたじゃん。嬉しかったのに。嘘だったの?
本当は私の事なんか、好きじゃないんじゃないの?
馬鹿みたい。
好きだったのは私だけ、だなんて。思いたくないのに。


「…シズちゃん」


だけど思わざるを得ないから。起こす事は諦めて、潤む目元を抑える為に。私はシズちゃんの部屋を静かに出た。




***




「シズちゃんの馬鹿…」


空は快晴なのに気分が晴れない。池袋をうろうろと歩きながら、私は辺りを見回した。


「あーもう、なんかムカついてきた…」


仕事も休みでする事もない。かと言って放浪していても仕方がない。
そこで思いついたのが、


「…私の事好きじゃないんなら、浮気したってシズちゃんは平気だよね」


ほんの出来心だった。気をまぎらわす為に思いついた、浮気。この際誰でもいいから、適当な男に声をかけてやろう。悪いのはシズちゃんなんだから。私が他の男といたって気にならないような奴なんか大嫌い。


「私が好きなのは人間だけなんだから!!」


ばれなきゃ大丈夫。そんな軽い気持ちでいた私。けれどこの時はまだ、その光景を見てる人がいたなんて知らなかったんだ。




***




プルルルル、と。携帯の着信音が部屋に鳴り響く。その音で目を覚まして、ゆっくりと起き上がった。


「…臨也?」


微かで曖昧な記憶。先程まで臨也がいた気がしたのだが…。重度の睡魔でよく覚えていない。


プルルルル


不意に再び耳に入る着信音。面倒臭いが、手にとって通話ボタンを押す。


「…誰だ?」


聞こえてきたのはよく知る人物の声音。


「よう、俺だ。…寝起きか?」
「門田?…あー、着信音で起きた」
「という事は家か…」


若干噛み合わないような事を溜め息混じりに呟く門田。というか俺に何の用だこいつ。電話なんざ珍しい。


「悪いか」
「いやそうじゃなくてだな…お前臨也と喧嘩したのか?」
「あ?なんでだよ」


言っている意味がわからない。話の意図もわからない。つうかなんであいつの話が出てくるんだ。


「お前、今あいつがどこにいるか知ってるか?」
「知らねぇけど」
「…やっぱりそうか」


さっぱり理解不能。あいつの行動なんざ俺が知るわけないだろ。…いや、朝いた気がするけど。でも違うかもしれねぇし。


「だからなんだよ」


夢だったらそれでいい、だけどもし夢じゃなかったら。


「あいつ今、知らない男と腕組んで歩いてる」


何をしに、あいつはここに来たんだ?仮にもあいつは俺の彼女だけど、別にそれらしい事なんかした事なんてなかった。付き合っても喧嘩は継続。毎日のように池袋を走り回っている。だけど。付き合ってからは、あいつに投げる自販機も標識も。全部当たらないように、当てないようにって、思うようになった。自分よりも遥かに小さくて華奢で細い身体をなるべく傷付けないように。
うぜぇし、ムカつくけど。それでもあいつが好きだから。


「…おい、今なんつった?」


だから門田の言葉を聞いた時、手の中の携帯を危うく握り潰しそうになったんだ。



***




「次はどこに行きますかぁ?」
「え、ああ、甘楽ちゃんが行きたい所でいいよ?」


知らない男の腕に抱きついて、媚を売りながら街を歩く。胸を押し付けると、厭らしい笑みを浮かべた。


「(きっとシズちゃんなら『くっつくな!!』とか言って照れるんだろな…)」


多分笑う余裕もないから。というかああ見えて純情だしね。


「甘楽ちゃん?」
「え?ああ、ごめんなさい!!じゃあ次はぁ…あの店見てみません?」


思考をストップ。今はシズちゃんの事を考えている暇なんて無いのに。それでも頭に浮かぶのはシズちゃんの顔ばっかりで。


「(こんな風に、シズちゃんと歩きたいなぁ)」


考えたくなくても考えてしまうのは、やっぱりシズちゃんが好きだから。大嫌いって言っても、今更もうそんな事心から思えない。


「(シズちゃん…)」


不意に沸き上がる不安。もしこの光景をシズちゃんが見たらどうしよう。それが原因で、別れたら…。


「(ああ、駄目だ…)」


どんどん思考はマイナスになっていって。シズちゃんが怒る光景が目に浮かぶ。きっと多分、取り返しはつかない。


「…私」
「え?どうしたの?」
「やっぱり帰ります」


そんな事になりたくない。こんなにもシズちゃんが好きなのに、別れるなんて有り得ない。取り返しのつかない事なんて、なりたくない。だから踵を返してそのまま立ち去ろうとした、のに。


「今日は帰さないよ?」


そう言いながら、手首を掴まれる。シズちゃん程の力は無いけれど、男の力からは流石に逃れる事が出来ない。


「…離せ」


途端に目の色が変わる、欲に飢えた瞳。ああ、これが人間か、って。シズちゃんの事ばかり考えていて、それすらもどうでもよくなっていた。
離して、帰して、帰るの、嫌だ、ごめんなさい、だなんて。今更後悔した。別れを促しているのは自分だったと、今になって気づく。馬鹿だった。
これは自分でまいた種。だから処理するのは私。これくらいなんて事無い。この男をナイフで切りつけて、振りほどいて逃げればいいのだ。シズちゃんから逃げるよりも遥かに簡単。だから早く、終わらせないと。


そう思ったのに。
ぐい、と手首を引かれて、それに抵抗しようとしてポケットのナイフに触れた時。


バキッ


背後から伸びてきた腕と、吹き飛ぶ男。それと同時に、その腕に抱きしめられた。


「…こいつは俺のだ、触んじゃねぇ、殺すぞ」


聞き慣れた声は、きっと気絶した男には聞こえていない。


「…なん、で」


その声を聞いて、また泣きそうになる。


「手前こそ、どういうつもりだ」


後悔よりも、不安よりも。


「臨也」


シズちゃんに見られた事が、悲しかった。
でもどうして、シズちゃんがここにいるのかがわからない。


「…なんで、いるの?」
「ああ゙?!門田が手前が知らねぇ奴と歩いてるとか言いやがるから俺は…!!」


ドタチン…見られてたのか。だからシズちゃんが知ってるんだ。それなら仕方ない、だけど。


「…シズちゃんが、悪いんだよ?」


悲しみは消えたのに、だけどやっぱり不安は消えなかった。


「ああ゙?浮気しといて何言ってんだ手前は!!?」
「させたのはシズちゃんだもん」


ピタリ、と硬直するシズちゃん。うつ向くと、身体が震えた。


「シズちゃんったら、起こしても起きないし…喧嘩だけは生き生きしてるくせにせっかくの休みに私が行っても起きてるのか寝てるのかもわからないような返事するし、」


言葉と一緒にじわりと滲む視界。


「…やっぱり手前、朝…」
「喧嘩だけじゃなくってさ、付き合ってるんだからたまにはシズちゃんと過ごしたいって思ったのに…シズちゃん無関心だから本当に私の事好きなのか不安だったの…っ!!」


抑えきれなくなって、全部吐き出した。流れる涙は止まらない。


「…臨也」
「ぅえっ、ひっく…」


拳を握りしめていたら、不意にシズちゃんは私の名前を呼んで両方の頬に手を添えてきた。


「ふぇ…っん!!?」


そのまま唇が重なって、触れるだけのキスをされる。離れると、我に返った。


「なっ、ちょ、なんでここでキスなんか…馬鹿なの!?空気読め!!///」
「悪かった」


顔が熱い。多分、真っ赤になってると思う。そんな私とは逆に真顔のシズちゃん。


「起きなかったのも、寝てたのも悪かった」
「っ…!?」
「言いわけなんざ言わねぇ、けど、俺は手前が好きだ」


よくみたら、シズちゃんのサングラスが無かった。きっとさっさの衝撃で吹っ飛んでしまったのだろう。少し赤らんだ頬が丸見えになっている。


「うぜぇしムカつくけど、それでも好きだ」
「…何それ」


直球の告白。その表情に、嘘なんて少しも感じられない。


「…なに、それ」


なんだか、不安だった自分が馬鹿みたいだ。シズちゃんはこんなにも必死になって来てくれるのに。こんなにも真剣な表情をしてくれるのに。不安だなんて、思う必要なかった。


「ばかみたいじゃん…私」


両手で顔を覆ったら、シズちゃんはゆっくりと私を抱き寄せて。ぎゅっ、と、力加減をしながら強く抱きしめてくれた。


「おう、馬鹿だな」
「…うるさい」


降ってくる優しい声音。頭を撫でてくる手の平が、心地良い。


「ちゃんと好きだから」
「…うん」
「もう、浮気すんなよ」
「…うん」


不安なんかもうどこかへ飛んでいってしまった。
やっぱり私は、シズちゃんが好き。


「私も、好き」


だからきっともう、不安になんてならないよ。 緩む頬と同時に、私は伸ばした腕をシズちゃんの背中に回す。
二度とこの温もりを、離さないように。





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かめり様のみお持ち帰り可能です!!

甘々…でしょうか((ぇ
なんか全体的に切なくなってるような気がしてなりません(@_@;)
臨也ちゃんをモブと浮気させてみました←
ドタチンは二人を見守るお父さんで(笑)
思ったよりも長文になってしまい申し訳ないですorz


リクありがとうございました!!