今日は一段と多い気がする。
活気付く街並みを眺めながら、ぼんやりと考えた。
今日は一段と多い気がする。
ーーー何がって、手を繋ぎ、微笑みあう男女たちの姿が、だ。
何か特別な日なのだろうか。それにしても不思議な日だ。何故わざわざ示し合わせたかのように、恋人たちで街が溢れかえるのだろうか。この世界の風習は、未だによくわからない。
でも、街が喜びの色で満ちているのは、純粋に嬉しかった。笑顔が溢れ、声が弾み、きらきらと色付く。幸せの色で。
常に悪に脅かされていた世界では、中々みれる光景ではなかった。
ああ、ちらちらと、デコレーションのように降りかかる雪でさえも愛おしく感じる。
「…人が多いな、大丈夫か。りーぬ、フードしっかり被っておけよ」
フードを片手で押さえ、右手を引かれ。
繋がれた熱が、胸の鼓動をアダージョからテンポの速いものへと変える。
だってだって、意識せずにはいられないではないか。
恋人たちが行き交う中を、私たちは手を繋いで歩いているのだ。どきりと胸が高鳴らないわけがなかった。
父も母も他界した、小さな頃の私の手を引く人など、今まで居なかった。
ただ勉学や魔術を教えてくれた師範達の後ろを、誰の温度を感じることもなく歩いていた私なのだ。
そりゃあ勿論、感謝の印や、恩義の意味を込め、握手を求められたことは幾度もあったけれども。その人達は私の手を引いてはくれなかった。寧ろ、私がこの手で悪を貫いたからこそ差し出された手なのだ。
「こんな人の多い日に連れ出してすまない…今日しか休みが取れなかったんだ」
「…い、いえっ!大丈夫です、それよりどこへ?」
「それは…ついてからのお楽しみだ」
すたすたという擬音語がぴったり合致するほど、シューヤの歩みに迷いはなかった。
押し寄せる人の波を縫い、歩く。
スピードを強めた時には、私の手をぎゅっと、力強く握った。
あんなに沢山の命を刈り取った手を、シューヤは躊躇なくとる。その事実がどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて、虚しくて、申し訳なくて。
私の、悪の返り血を浴びた手を彼にとらせるのは、本当はすごく、すごく嫌なのだ。シューヤを穢しているようで、本当は凄く。だからと言ってこの手を振り払えない自分の愚かさには反吐がでる。
相反する私の中の喜びも、苦しみも。全てこの淡い雪で少しずつ覆ってくれればいいのに。
知らず視線が下を向く。私の手が数多の命を摘み取ったことを彼は知っているのだろうか。その事実を知れば、彼はなんというのだろうか。忌み嫌われ、それこそ私に絶望を突き刺し、一貫の終わりを迎えるのだろうか。
いけない、こんな楽しい日に何を考えているのだ。辛気臭い顔をしている場合ではない、顔を上げなくては。日頃の練習と試合で疲れた体に鞭打ち、外へと連れ出してくれたシューヤにも失礼に当たるだろう。
思考が浮上し始めたおかげか、俯いた先の地面が明るくなってきたような気がする。
顔をあげたのと、シューヤの言葉が聞こえたのはほぼ同時だった。
「着いたぞ」
「………っ!」
世界が、空が、光に満ち溢れていた。
夜の空を染めるほどの数多の光が、そこにはあった。
きらきら、きらきら。
氾濫を起こす光の洪水。光の一つ一つはとても小さなものだが、それらが合わさってお城にも似た大きなオブジェクトを模している。所謂、幾何学模様というやつだろうか。
「わぁ……!綺麗……!」
「行くぞ」
「えっ、あっ、ちょっ……!」
ぐいぐいと半分引き摺られるようにしてその光達の下に踏み出した。
どこまでも続く光の回廊。フードが取れないように上を向くと、すべてが浄化されるような錯覚に陥る。
荘厳な光達の芸術。その目を射る宝石のような輝きに、じわりと視界が歪む。
周りの人は皆笑顔でそれを見、楽しんでいるというのに、どうしていつでも私はこの有様なのだろう。
「りーぬ、このイルミネーションには、勿論観光客を呼び込む目的もある。だが、本当の目的は…鎮魂と追悼なんだ」
「鎮魂と……追悼」
「ああ。命を落とした人たちを弔うためのものだ。だから…別に今お前が泣くのは、おかしくないと、俺は思う」
ーーーー泣いていいぞ。
その時浮かんだのは、私が過去に屠った魔物達、そして悪に身を堕とし、魔物へと成り果てた者達の姿だった。走馬灯のように頭をよぎり、目の端を滴り落ちる。
自らの行いを悔いていたわけではない。でもやはり、心の隅に引っかかっいて。立ち止まった時にそれは大きな綻びを生む。
私は静かに両手を組んだ。
どうか、天上で、彼らに、赦しがありますように。平穏がもたされますように。
「…聖夜…か。よく言ったものだ」
「シューヤは、普段は寡黙だけれど。必要な時に手を差し伸べてくれますね…ありがとう」
「……そうだろうか」
「…ええ、そうです」
今度は自ら手を繋いだ。シューヤが、驚きに目を瞬かせ、それからゆるりと、目の端を緩めた。
「本当は泣かせるつもりで連れてきた訳ではなかったんだが、」
「…はい」
「…メリークリスマス。りーぬ、お前の心に、いつでも平穏がありますように」
冷たくなった体ごと抱きしめられ、私は雪解けの音を聴く。
遅くなりましたがクリスマス(?)ネタです。ルミナリエイメージしてました。