肩書きなんて捨ててしまえ

「シード……だったのだな」

呟きに、ピクリと反応したが、彼女は顔を上げなかった。
帝国学園の薄暗い廊下で、膝を抱えたまま床に蹲る少女。

何故彼女は『女性』という性でありながら、この帝国で、レギュラー勝ち取り、尚且つ、原則、男性しか出られないはずのホーリーロードに出場していても咎められないのか。

一目見た瞬間から、予想はできていた。

しかし、誰よりもサッカーに真摯に向き合い、男でさえこなすのことが困難なメニューに必死になって食らいつき、チームの雰囲気が悪くなると温和に取り繕い。

行動だけ見ていると、帝国イレブンの中で、誰よりも、『シード』とは程遠い存在に思えた。

その反面、化身は出すし、男顔負けの体力と桁外れのキック力は最早シードにしか思えなかった。


そして、先日行われた雷門との試合の最中でも、ハッキリとした結論を出すことはできなかったのだ。

しかし、今日、あの戦いでシードだと判明した御門ら3名に処分を告げた時、揃って口を荒げたのだ。

"アイツも…綺凛もシードだ"と。


「…そーすい…」

甘い声が響く。部員の中で一際高く、甘い声。

「……私、そーすいと、もっと一緒に、サッカーしたかったなぁ……」

「………神崎、お前…」


思わず呟くと、少し昔話してもいいですか、と弱々しい声が返ってくる。


「……私ね、小さい頃に両親に亡くしちゃって。施設に入れられて。サッカーしてたら、よく分からないうちにフィフスセクターに預けられて」

「……………」

「ゴッドエデンでの特訓も、すごく厳しかっけど、楽しかったんです。皆が真剣にサッカーと向き合ってた。強くなろうとしてた。でも…シードになってからの、試合は楽しくなかったんです。でも、サッカーを続けたかったし、聖帝がこれが正しいサッカーだって言うから、フィフスの指示に…従ってた。施設という小さな箱庭でしかサッカーを知らなかったから、これが正しいんだって……思い込んでた…。」


そこで彼女は顔を上げた。ぱちり、視線がひかれあう。その酷く不安げな顔に、俺は幼い頃の自分を見た気がした。

ーーー似てる。この子は、小さい頃の俺に。

この帝国で、総帥に縛られていた時の俺に。


「そんな時、鬼道総帥、貴方に会いました。最初は、直感だったかもしれないけど。この人にサッカーを教えて欲しいって思いました。この人の采配で全力で戦ってみたいって。貴方は私を女だって貶すことなく、平等に教えてくれた。最後には雷門との試合で、全力で戦うことを教えてくれました。出来れば、ずっと一緒にサッカーしたかった…」


硝子玉のような瞳から、淡い玉が滑り落ちた。きらきら輝くそれは、どんよりと沈む床に落ちて散っていく。
返す言葉に迷っていると、彼女は薄く笑う。


「…総帥、雷門にいくんでしょう?」

「…ああ、お前達の仕えるフィフスに拮抗するためにな」

「……そう、ですか」

思えば彼女の暗い顔を見るのは初めてかも知れない。どんなにきつい練習でも、笑顔を絶やさなかった彼女。
彼女は涙を拭い、虚空を見つめ、そっと息を吐いた。

「……私、剣城になりたかった」

「…何故だ…?」

剣城、と言うのは雷門にいたシードだったか。フィフスを裏切り、必殺タクティクス『アルティメットサンダー』を完成させた、ストライカー。

「…強いし、帰る場所もあるし、迎えてくれる仲間も、総帥、貴方もいるんだもの。……剣城はずるいや。私は、フィフスにも帰れないし、帝国も追い出されちゃうし。また、ひとりぼっちだし……私一体どうしたらいいんだろう……」

「神崎……」

「知ってました?私のこと、認めてくれたの、総帥がはじめてなんですよ」

ーーー私、総帥のこと好きでした。

革命、頑張って下さい。

そう言って笑う彼女は、儚げで、壊れそうで。触れたら、千々に裂けてしまいそうな。

ーーー守ってやりたい、とそう思った。

俺は、背を向けて歩き出した彼女折れそうな手首を掴む。


「……総帥?」

「……神崎、雷門に来る気はないか?」

「……私は、一応フィフスの人間ですよ…私がフィフスを裏切って雷門に入ったら、本当になにされるか」

「大丈夫だ、何があっても守ってやる」


俺自身、こんなに確証がなく、不確実な発言を仕出かすとは思ってもみなかった。
ただ、この子を守りたい。その一心で。


「……そーすい」

「どうした」

「やっぱり私、総帥のこと好きです」

「そうか、俺もお前のことは割と好きだ」

「私達付き合っちゃいますか」

「…馬鹿言うな、俺だって子供に手を出しただなんて事が知れたら周りにどう思われるか」

「大丈夫ですよ、そうなったら私が守ってみせますから」


だから、私達捨てちゃいましょう。
大人、子供、シード?それとも総帥?
あ、それと年齢も?
それは私達の本質なんて一つも表しちゃいないでしょ。

私は神崎綺凛で、
貴方は鬼道有人じゃないですか!

だから貴方が、もし私のことを好きなら、そんなの、関係ないと思うんです!


「……相変わらずのハチャメチャな理論だな!面白い」

その理論、受け入れて見せようじゃないか?


(2015.6.1)

『ありのままの私達の幸福論』
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