Epispde2 囚われた力
「ふいーっ…」

教会を出発して半日が経った。
陽がステラの身をジリジリと焦がし、体力を奪っていく。
同時に容赦無く襲いかかる魔物達。

旅慣れていないステラは、戦闘の度に、疲れで歩みを止めてしまっていた。

「この調子じゃ橋に辿り着くまでに、1週間かかっちゃいそうだな…」

ため息をつき、出発した矢先に、また新たな魔物の姿を捉える。

「…腐った死体か…可哀想に」

額に流れた汗を拭い、レイピアの柄をぎゅっとにぎる。

「ぐえっ…!」

風を切って突き出されたそれは、かつて心臓として機能していたであろう場所に深く突き刺さった。
腐った死体は、死骸となって、くしゃりとその場に崩れ落ちた。

「…二度目の死か…ごめんよ」

亡骸となったそれを見下ろす。

あれ…?

そのとき、妙な既視感を憶えた。

ーーーーどうしてだろう、前にもこんなことが、あったような…

腰をおろしながら、少女はそんなことを思った。

頭の中を掠めて行く映像。
見慣れない景色、強力な呪文を使う自分。自分の手で殺めたであろう魔物を見下ろし、何か呟いてーーーー

「ーーダメだ、思い出せない…」

不鮮明な映像が、ハッキリと思い出されることはなかった。

僕は、ずっとあの教会で暮らしていたはずなのに…何故…?
この感覚は、例の『空虚さ』とよく似ている。
ーー…やっぱり僕はーーー?

「キエエエエエッ!!!」

「わっ!?」

デジャヴに捕らわれ、ステラは魔物の出現に気付いていなかった。
咄嗟に飛びのいて、鋭い鉤爪をかわす。先程まで座っていたか地面を、深々と抉った。

いつの間にか、何体もの飛行する魔物に囲まれていた。
心臓が張り裂けんばかりに早鐘を打つ。

レイピアを引き抜く暇もなかった。

相手は捕食しようとばかりにこちらを睨めつけ、飛びかからんとしている。

恐怖からか、考えるより言葉が先に口をついた。

「い…イオラっ!」

ーーーーイオラ…?!
なにを言っているのか、自分でもよくわからなかった。口か知らないはずの呪文を詠唱し、発動させようとしている。

…嘘!?本当にまさか…!?

身体から魔力が迸るのを感じた。大爆発を引き起こそうとばかりに、地面が振動する。

その時。

ピタリ、と呪文の形成が止まり、魔力の放出も止った。

………。

「とまった…!?このタイミングで…!?」

だが、呪文の詠唱に驚いた魔物達が怯み、後ずさったせいで、逃げ道を開けてくれていた。
寸暇も惜しんで、一目散にそこに突っ込んで行く。

速く、速く…!

ステラ逃げたことに気付いた魔物達が、羽を震わせ、ギイギイとしつこく追いかけてくる。だが、ステラは、振り向いて戦う体力も、大量の敵に叶う力も持ち合わせていなかったので、そのまま疾風の如く平坦な道を走り抜ける。



「あ、あれはっ…」

走っているうちに、風に磯の匂いが混じり、海が顔を見せた。

…ということは。

その海に、隣の大陸へ続く、今にも崩れそうな一本の吊橋がかけられていた。
吊橋の先は霧で覆われていて、見通しが悪い。

もしかすると、あの霧の中へ入れば、撒けるかもしれないーー!一縷の希望とともに、走る足に力を込める。

「キイイイエエッ!!」

バタバタと終始後ろからおぞましい鳴き声が聞こえてくる。

少女は躊躇なく、吊橋に足を伸ばした。ギシリ、と重みを受けて橋が揺れる。潮を被り、傷んだ橋には、中々に刺激的な重さであったようで、一部の木材がポロポロと剥がれ落ちた。しかも、長らく使われていなかった物だと見える。

しかし、恐怖心を煽るその様も、背後から追ってくる敵よりはましだ。猛ダッシュでオンボロ橋を駆け抜けて、霧の中へ突入した。

ガラガラと何かが崩壊し、海に墜落したような音がしたのはこの際気にしないでおこう。

視界が遮られた霧の中でも、ステラは暫く走っていた。敵の鳴き声が分散したのを聞いて、ようやく歩みを緩める。

だが、安息は長くは続かなかった。

「ーーーーーっ!?」

心臓が跳ねた。世界が回り、食堂の辺りを冷たいものが通過しているような錯覚に陥る。

ステラは、何かに足を取られて、そのままゴロゴロと、転げ落ちていた。

何これ、こんなところに…
落とし穴…いや。

階段……!?

こだまする悲鳴に、敵がやってくるかも、などと考える余裕なぞ、全くなかった。

何故地面を穿ち、下り階段が伸びているのか。全くもって意味がわからない。

果てし無く続いているように思える下り階段を、無様に転げながら、少女は意識を手放した。


ーーーーーーーー

「う…ん…?」

目を徐にあけると、太陽の光が目を射る。
いつの間にか、森の開けたところに寝そべった状態で気絶していたようだ。

「あれは…夢?いや、でもここは…何処…?」

立ち上がろうとして、膝に痛みを憶えた。見ると、そこは内出血を起こし、青く変色している。
夢ではない、と変色した皮膚が伝えていた。

立ち上がって辺りを見渡すと、古びた木の看板が目に入った。

『クリアベール、ここから北東』

クリアベール。シスターに、最初に行くよう勧められた町の名。

少々地形が変わっているように思えたのは気のせいだったのだろうか。

ルートを案外逸れていなかったことに安堵し、再びクリアベールを目指して歩み出した。
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