手を離さないでほしい
そうすれば
──何か、変わる気がするんだ
─約束をしよう─
〜goodbye?〜
「……どうして、」
はじめさんの言葉に、ようやく言葉を吐き出した。
「扉なんてない」
ゆっくりと、はじめさんの言葉を頭の中で繰り返す。
やっぱり。やっぱりだ。
前の世界と同じ。
扉なんてない。
よく考えればわかることだ。
そもそも、水晶云々と言う前に扉があることを言ってくるはずだろう。
嘘。
自分が死ぬことを融さんとジャックに隠すための、嘘だ。
即席で作ったのであろう隠し部屋は、深い深い階段だけでできているようだ。
結局この世界からいなくなるためには、世界の核を壊すしかないのだ。
──はじめさんを殺さないと、私たちは帰れない。
はじめさんの手が私の頬に触れる。
彼の手が濡れた。
私が、泣いていることはそれで理解できた。
私、泣いていたのか。
どうして。
どうしてじゃない、当たり前だ。
泣くに決まってる。
私は、この人を殺したいのではない。
──救いたいのだ。
「この世界で死んで、リアルで生きている人間もいるんだと、ジャックが言っていた──10番目のアリスは、生きているんだと」
双葉は、生きている。
知っている、わかってる。
でも。
でも、はじめさんは、
前の世界でも、戻れなくて。
心臓が、世界の全てである水晶とされてしまっているのだから。
戻れるなんて、断定はできやしないんだ。
「……アリスには酷な頼みごとをしてるってわかってる。でも、」
はじめさんは悲しそうに笑った。
「手を、離さないでほしかったんだ」
ぎゅう。
握る手の力が、強まる。
「俺は、前は帰れなかった。でも、手を離さなければ、何か変わるんじゃないかって」
顔を赤くして、笑う。
私も反応するように、強く手に力を込めた。
早くしなければ、2人が戻ってくるだろう。
止めるに決まっているだろう。
私も止めたい。
けれど、はじめさんがそう決めたのなら。
私だって、あなたに巻き込まれよう。
「……わかっ、た」
方法は、これしかない。
わかってたはずだけど。
涙が落ちる。
「アリス、名前を教えてほしい。本当の名前を」
「……歩」
歩。
はじめさんは
嬉しそうに
愛おし、そうに
私の名前を、呼んだ。
ナイフを持った手に力が込められた。
さようならを、する。
さようならを、しなければ。
「はじめさん、」
さようなら。
ばいばい。
いいや、違うや。
「またね」
「縁があれば、また、会いたいな」
離さないから。
絶対に、手放さないから。
手を、離さない。
ゆっくり、走馬灯のように見えた。
はじめさんが自ら命を捨てた瞬間。
彼の体から、赤が飛び散る。
彼は死ぬとき、やっぱり笑っていた。
私の目から、涙がぼたりと落ちる。
がらりと前のように足場が崩れていく。
世界が、終わる。
「あぁ、やっぱり、」
この物語は
どう足掻いてもバッドエンドにしかなり得なかったのだ。
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