少女は笑う
白い少女が使ったのは
卑怯で
残酷な
世界の存続方法
「アリス、君は、自分で世界を壊さないことを望むでしょう?」
─赤い水晶─
〜worlds core〜
城に戻る頃にはナイトの気持ちも落ち着いたようで、雨は止んだ。
天気が悪いのは相変わらず変化しないけれど。
ナイトはぐしょぐしょになった上着を脱ぎ捨てる。
あー、服どうしよう。
自分の服なんてあるわけないし。
何か着替えとかあるかな。
突然、ふわりと頭にタオルをかけられた。
後ろにいつの間にか立っていたのは長身の女性、エニグマだった。
……神出鬼没だな、この人。
「おかえりキング、アリス」
にこりと笑って私の前へと移動する。
「ほらぁ、行った通りさ。キングが心配しただろ、迎えに行くくらいにはさ」
「エニグマ」
ナイトの戒めるような声調にエニグマは苦笑する。
やれやれ、といったように屈んでいた背を伸ばす。
並ぶと余計身長高く見えるわ。
「風呂は部屋についてるから、はいるといい」
「着替えってあるの?」
「届けてくれるさ」
誰が?
まぁいいや、着替えの心配はしなくて良いらしい。
ナイトに別れを告げて与えられた部屋に向かう。
部屋を見渡すとドアのようなものが奥にあることに気がついた。
あぁ、あれか。
ドアにマイペースに近付いて、手をかけた瞬間。
勢いよくドアが開いた。
私が手にかけている方じゃなく、入り口の。
「おいしょおー!」
元気な声と一緒に現れたのは、布の山。
天井にまで届きそうな、布の山。
「ふぎゃ!」
悲鳴のようなそれに合わせて布の山は崩れ去った。
それを持っていたであろうその人は布に埋まって、手しか見えない。
この布はよく見たら服のようだ。
あぁ、着替え持ってきてくれたのか。
量がおかしいけど。
しばらく間が開いてから勢いよくその人は出てきた。
髪が真っ黒な少年。
服も黒が基調となった全体的にふんわりとした形だった。
ベレー帽のようなものを被っていて、その隙間からは
……ウサギの耳。
「もしかして、黒ウサギ?」
私の言葉に少年は目を丸くする。
「ややっ、おいらも有名になったもんだなぁ!」
いや君のことは知らないけどさ。
……黒いし。
ぴょっと立って敬礼のような動作を見せる。
「初めまして、アリス!おいらは黒ウサギ!城の雑用係さっ!」
えへん、と言うように両手を腰に、のけぞった。
雑用なのに、なんで堂々と自慢げなのかは謎だ。
散らばった服を眺めて、溜め息を吐く。
「にしても、服を持ってきすぎなんじゃない?」
「サイズがわからなかったんだ、会ったことなかったから」
そりゃあそうかもしれないけれど。
部屋を埋め尽くした服を眺める。
本当に様々なサイズが散らばっていた。
「ちょー巨漢かもしれないしぃ、お豆みたいにちっちゃいかもしれない!!」
きゃあきゃあと楽しそうに黒ウサギは跳ねる。
無邪気だな。
崩れた服の半分をまた手に持って、私の部屋を出て行った。
半分は別の人のものだったのか。
ていうか、待って。
放置するな。
また溜め息をはいて、自分にサイズが合いそうな服を探す。
サイズは、うん。いいんだけどさ。
どれもこれも薄いなぁ、ぺらっぺらで寒そうだし透けそうだし。
下着じゃないのこれ。
一番まともそうな黒のワンピースとカーディガンを手にとって奥のドアを開く。
わぁ、広いお風呂だ。
気味の悪い顔からお湯が出てきている。
ライオンとか無難なのにしとこうよ。
さっとお風呂から出て着替えると、黒いウサギさんがまたいた。
突然のことだったので驚く。
私の着ている黒のワンピースと白のカーディガンを見てお揃いだとにかりと笑う。
「アリスが来た記念に!じゃじゃーん!ケーキを作ったよ!」
ワンホールのケーキ。
とてもじゃないが1人では食べられない。
反応を伺うように黒ウサギはケーキを持ってちょろちょろと私の周りを彷徨いた。
小さい身長の少年を帽子の上から撫でてお礼を言うと、少年はまたにかりと笑う。
さっきエニグマが持ってきたのも少年お手製のクッキーだったのか。
「じゃあね、アリス!」
嬉しそうな表情を浮かべて黒ウサギは両手でぴょんぴょん手を振りながら部屋を出て行った。
手に持ったケーキをテーブルに置いてそこら辺にあった椅子に腰を降ろす。
どうやら私は、前回よりは歓迎されているらしい。
ケーキ、どうしよう。
空腹にならないということは、逆にいくら食べても満腹にはならないのだろうか?
どちらにせよワンホールも食べれば胸焼けしてしまうが。
ギィ、と静かにドアが開く。
そこには、嫌悪丸出しの白ウサギが顔だけでこちらをのぞき込んでいた。
さっきの黒ウサギとは対称的だ。
「……黒いのもういない?」
どうやら黒ウサギが嫌いらしい。
正反対だから性格が合わないのかもね。
白ウサギは狡賢くて、黒ウサギは無邪気そうだし。
「もういないけど」
そう言うと白ウサギはぴょんと跳ねて部屋に入ってきた。
少女の白いツインテールの髪の毛が、青い壁紙の部屋にやけに映えた。
「話があるの、アリス」
嫌悪丸出しだった少女は、いつのまにやらいつも通りのニヤニヤとした顔に戻っていた。
「奇遇ね、私もあるんだけど」
「わかる、わかるよ。それを君は、僕は教えてくれないだろうともふんでいる」
何だかわかっているようだ。
なら話は早い。
「なら早く教えてくれる?水晶の場所を」
「その前に。壊したってまた繰り返すだけじゃないの?いいの?いいの?」
楽しそうに問いかける少女。
何度も繰り返してしまうのか。
白ウサギを睨みつけると、前回のクイーンの真似なのか、左手を口元に持って行って
「おお、怖い」
そう笑ってみせた。
「記憶を取り戻して、今度は手放さないから」
「へぇ、へぇ!上手くいくといいね!」
白ウサギ、あなたが馬鹿なことをしなければ全て上手くいくんだけれど?
両手を口の前に持って行って笑う。
「水晶の場所、教えてあげる」
やけに素直だな。
こういうときは、ろくなことはなさそうなんだけど。
ば、と楽しそうに手を広げてニタリと笑う。
白ウサギが悪魔か何かのように見えて、身震いする。
「今回の水晶はねぇ、キングのココロでーすっ!」
ココロ。
心。
心は胸にあるように感じるが、脳にあるらしい。
って、そういう話をしてるんじゃなくて。
ココロ。
心臓ということか。
それとも、記憶とか感情とか、そういった類の話か。
「心臓ということ?」
「はい、はい!正解でーす!」
心臓。
思考を巡らす私を見てにやつく少女が腹立たしく思えた。
この世界を壊すためには、水晶を壊さなければならない。
つまり、
リアルに帰るためには、ナイトの心臓を壊す──ナイトを『殺さなければ』ならない。
死んでもリアルには戻れる。双葉がその例だ。
でも、その心臓が「世界の核」だったならどうなるの?
その場合でも、ナイトは帰ることができるの?
わからない。
ここで白ウサギが教えてくれるのは、「帰ることができない」からなのかもしれない。
壊されたくない水晶を、簡単に教えてくれるくらいなのだから。
白ウサギはくすりくすりと笑った。
「ねぇ、どうするの!?アリス、アリスはどうしたい?」
ねぇ、殴ってもいいかな?
殴ったところで何も変わらないのだろうけど。
この少女は、私欲の為にとことんナイトを追い詰めるらしい。
どうする。
どうすればいい?
他に帰る方法はないの?
「今回は言うのが正解でしょう?」
白ウサギが笑う。
「だって、こうすれば……アリスは世界を壊すことを望まない」
残酷で。
卑怯で。
狡猾で。
最低な、オチだ。
部屋から出て行こうとする少女。
彼女を殺す?
彼女は殺せない。
白ウサギは消えることはできないのだと、言っていたはずだ。
がんと一気に崖から落とされたような気分だ。
私はどうすればいいのだろう。
一緒に帰ることなんてできないのだろうか。
軋むような音を立てて開いたドア。
やたらと人の出入りが激しいね、今日は。
入口に立っていたのはナイトだった。
──私が代わってあげられたらいいのに。
私だってこんな世界にいたくないけれど、ナイトを。
ナイトを、リアルに帰してあげたい。
「……アリス?」
私の顔を見て、ナイトは首を傾けた。
少しだけ気まずいような、顔。
「何?」
「何か、あったのか?」
ゆっくりと近付いてくるナイトは目をそらしていて。
あぁ、私変な顔でもしてるのかな、なんて思った。
「何も。何もないよ」
言えない。
言えるはずない。
あなたが死ななきゃ私はリアルに帰れません?
そんなの、無理。
死ねって言ってるみたいだ。
彼は着替えたらしい上着を脱いで私の肩に掛けた。
そのまま手を上に、私の頬に持っていって左右に頬をむにりと引っ張る。
「……なにひゅんの」
「別に」
別にって何。
「不細工だったから」
ぱ、と離される。
ちょっと。失礼じゃない?
痛む頬をさすりながらナイトを眺める。
彼はテーブルにあるケーキを見て、指差した。
「そう、これ。黒ウサギがアリスと食べろと」
言ってきた。とのこと。
だから来たの?
持ってきたらしいナイフでケーキを切り分けていく。
手際が良く、綺麗に切り分けられたケーキの一切れを渡された。
苺が2つ、白いケーキの上にちょこんと乗っている。
新鮮なもののようで、てかてか輝いていた。
「食べろ」
強制なのですか。
皿を受け取る。
悔しいけれど美味しそうで、空腹にならないはずのお腹が鳴りそうに思えた。
ケーキの先をフォークで崩して、口に運ぶと口内には甘味がいっぱい広がった。
普通のケーキより幾分も甘いと思う。
次に苺を口に運んだ。
すっぱさで中和しようと思ったのに、苺も甘い。
「アリス」
ゆっくり呼ばれた呼称。
その声色は優しくて、数年前の彼を彷彿させた。
「……泣くな」
無表情に近い、だけど困った顔を見せるナイト。
いつの間にか自分は泣いていたようだった。
美味しくて感動した。
とか、そういうことじゃない。
不安と悲哀が、同時に襲ってきた。
帰れないのか。
ナイトを、帰せないのか。
記憶を取り戻そうだなんて言ったくせに。
帰ろうだなんて、決意したくせに。
「ごめんね、ナイト、ごめん」
彼の呼称と謝罪を交互に繰り返す。
それにナイトは首を傾げた。
「私の選択で、ナイトは余計苦しむかもしれない」
どんな選択をすべきなのかなんて、わからない。
だけど、たぶん。
どの選択肢を選んだって、結末は一緒だ。
──最低なバッドエンド。
そのわかりきっている最低なバッドエンドに向かって、私は歩いていくことを最初に選んでしまった。
記憶を取り戻す、という希望を見出したことでナイトもそれに巻き込んだのだ。
ナイトは屈んで、椅子に腰掛けていた私を見上げる。
「……俺は、俺の選んだ道に進む。それは、お前を巻き込むこともあるだろう」
私の目元にナイトが触れる。
指は、私の涙で濡れた。
「だから、お前はお前の選んだ道に進め。俺を巻き込んだっていい」
だから、泣くな。
そう言ったナイトは、困ったように少し微笑んで。
それは、確かに、“ナイト”だった。
ナイトは年上なのかな。
融さんと同じなのだろうか。
お兄さんみたいで、優しくて。
すごく、落ち着く。
ナイトの記憶を探そう。
バッドエンドへの道は示された。
結末がバッドエンドなら、せめて。
せめて、その過程では笑っていられるように。
進もう。
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