どうぞ皆々様

カップを片手にお持ちください


お代わりはどうぞご自由に



さぁさ、ティーパーティーをはじめましょう!





─濁った空から落ちる─
〜Sorrow Sign〜









それが「初めまして」なのはチェシャ猫と再会したからよくわかる。




よぉく考えてみよう。



もし、もしも。
彼が前の世界を覚えているのならば。




自分を殺した相手にこんなフレンドリーに話しかけるだろうか?

私なら、話しかけない。
嫌な顔をしてしまうに決まってる。





もしかしてさ、前の世界の記憶を持ってるか持ってないかは、人によって違うのかもしれない。



彼は覚えていないのかもしれない。






「えっと、初めまして」







私の言葉に帽子屋さんはニコリと笑顔を見せた。


ヤマネは相も変わらず三月兎の上でぐっすりと眠っている。

三月兎は、敵を見るような目で私を睨んでいた。





「……あなたは私を知らないの?」

「アリスでしょう?」

「前の世界のことを、覚えていないの?」

「そうだね、覚えていないよ」




覚えていないって。

私がしでかしたことを、彼は覚えていないらしい。





急に、ぱぁんと耳が痛くなるような音がした。


音を鳴らしたそれは、私の頬を掠めてどこかへと飛んでいく。





三月兎の持っている拳銃が、煙を吐いていた。


あ、撃たれた。
掠っただけだけれども、撃たれた。




……何で?





そんな三月兎を見て帽子屋さんはけらりけらりと笑うだけ。




「やぁ、駄目じゃないミツキ。今回の君は何だ乱暴だねぇ」





「今回の」って言ったよね、今。


それはまるで、前回のことを覚えているような口調だ。








「……申し訳ありません、腹が立ったもので」


腹が立ったら人を撃ってもいいものなのか、そんなはずない。




帽子屋さんは自分の頭の上からシルクハットを取って、三月兎の頭の上に乗せてやった。




「仕方がないさ、人は嫌なことをなかったことにしようとする」




帽子屋さんの笑顔が、それでいて笑っていない瞳が私を射貫いた。


非難されているようなその視線から目をそらす。
その視線は、どこか居心地の悪いものだった。






「アリス、僕はね?覚えていない、知らない。君が僕を殺したことなんてさぁ!」



やっぱり。
やっぱり、覚えているのではないか。




馬鹿にするように。
あざ笑うように。
非難するかのように。


帽子屋さんは笑っていた。




あれ、これってもしかして殺されるのだろうか?




あぁ、今日は散々だった。




またこの奇妙な世界に来てしまったと思えば、探していた青年は名前を失っていて、役職も違って。

その人に会うなり殺されかけて。


挙句に私が殺した人と再会だと?



夢ならそろそろ覚めてくれても良いと思う。

数年前の出来事が、これは夢ではないと告げているのだけれども。





方針気味の私を見て、くすりと帽子屋さんは笑った。





「安心するといい、アリス。僕は君を殺しはしないさ」




その言葉に、無意識に胸を撫で下ろした。




人差し指を立てて、振ってみせて。

言葉を言い換える。




「僕も、ミツキも、アズミも。今回は君を殺す役なんて与えられていないからね」




前回は、そうか。
私を「殺す」ゲームだったんだっけ。


じゃあ、今回は?

今回は何なのだろうか。


ゲーム、なのだろうか。

私を「殺す」わけではないらしいけれど。





ぱん、と帽子屋が手を叩くと以前と同様テーブルとイス、お茶一式が現れた。


お茶が注がれたカップが目の前に現れる。





「今回の役は“アドバイザー”さ、僕らはね」




……アドバイザー?


何を助言してくれるものか。
帰り方でも教えてくれれば嬉しいのだけれど。




椅子に座って優雅にお茶を飲む帽子屋さん。

どうぞというように手のひらで私の前に置かれたティーカップを指す。




それに口をつけると一気に口の中に甘みが広がった。

お茶、なのかな?
アップルティーか何かだと思う。
普段飲まないからよくわからない。




ぽつり、ぽつり。

お茶の半分くらいを飲んだところで微量に、雨が降り出してくる。




あぁ、とうとう雨が降った。

いつ降るか、いつ降るかとは思っていたけれど。



帽子屋さんも、三月兎も。
濁った空を見て、寂しそうな顔をする。


ヤマネも寝てはいるけど、なんだか泣き出してしまいそうな気がした。




雨が嫌いなのか、何なのか。






「あぁ、降り出してしまったね」


トーンの低い声で呟いて、何処からか傘を出す。

手に持たずともそれはふわりふわりと浮いて雨を防いでくれた。



彼らの顔に少しだけついた水滴は、涙のようだった。





「アリス、不思議そうな顔をしているな」




嫌そうな顔をした三月兎が私を見ながらそう言った。

完璧に嫌われているようだ。




「あなた達が雨嫌いだったなんて、知らなかったから」


知っているほど、関わったわけでもないけど。




「雨が嫌いなんじゃない」

彼女は深いため息をついて、私を見た。




「ただ、悲しいんだ」




……ううん?よくわからないけど。

雨が降ると悲しくなるの?気分沈んじゃう系の人なの?
それならキングの機嫌取りにでも行きなさいな。


なんちゃらブルーとかいった類のものなのか。




帽子屋さんは苦笑して、お茶をすべて飲み干した。






「この世界のすべてはキングだからね」


ゆったりと、マイペースに。
帽子屋さんは話し始める。




「彼が悲しむと、僕らも……住人も悲しくなるものさ」





全ては、キング次第であると。

今あの王様は、悲しんでいるのだと。


目の前の彼は、彼女は、全身で伝えてくれた。





ずっとこの世界は、この調子。


晴れることはない、時たま雨が降る。




ただそれを、悲しんで見ることしか住人達にはできないという。






彼は記憶を要らないと言った。
――本当に?


この世界からリアルへ帰るつもりはなさそうで。
――恐れているのではないか?


何を?
――わからない、けれど。





何も必要ないというあの青年は。
何かを恐れて、悲しんでいるのではないか?



だってこれは、この雨は。



確かに“ナイト”の心情で。

私には到底見透かせそうになかった本音で。

ナイトの――涙なのだ。












「アリス」


起伏のない声が後ろから聞こえた。


振り向くとそこには“キング”の姿があった。



彼は睨むように私と帽子屋さんを見ている。




「ここにいたのか」



雨は静かに緩まった。



そこにいるキングを見て、帽子屋さんは困ったように両手で降参のポーズを取って笑う。





「そんなに睨まないでくれるかなぁキング。僕は何もしてやいないさ。

悪いね、こんな時間まで彼女を拘束して」



こんな時間?

空を見ても何時かなんてこの濁った空は教えてくれない。
時間どころか朝昼晩どこにいるのかすら隠してしまっている。




そこまで長い時間、帽子屋さんの所にいたつもりはないけれど。




「何、もう夜だったりするの?」

「あぁ、その通り」


帽子屋さんはからりと笑って私を見ていた。



ごめんねぇ、キング。
謝罪の言葉を述べているくせに、彼はそんな顔を一切見せない。


楽しそうに。
奇妙に。
それと、前回の世界と等しく。

笑っている。






キングは無言で私の腕を引っ張った。




何も言わず、私も、帽子屋さんも見ないで、力強くだ。

ただ城の方だけを見て、歩き始める。



痛い、だなんて言っても彼は気にしないのかもしれない。





「キング」



何で雨は止まないの?




「怒ってるの?」

「どうして」



どうしてそう思うのか。

それが図星なのか、ただ単に怒ってないけど何でそんなことを聞くのか疑問に思っているだけなのか。



今の彼じゃ見てもわかりはしなかった。



キングじゃなくて、ナイトであれば。

以前の彼であったのなら、わかりやすかったのかもしれない。




「帽子屋さんの所に行ったから?」


「それでどうして怒りを感じなければならないんだ?」


あー、ねぇ。

そうですよねぇ。

 

そうだとしたらそれは所謂「嫉妬」であって。


私と彼はそんな関係ではない。


怒る必要もないよね。





「じゃあ、夜なのに戻らなかったから」

「知らなかったなら仕方ないだろう」



じゃあ、どうして。

そう告げる前に怒っていない、と単調に言葉は吐き出された。




「じゃあ、悲しいの?」

「何が言いたい。ハッキリ言え」



くるりとこちらを向いて立ち止まった彼はどこか不満そうで不快そうだった。



天気。

彼は天気が、統治者によって左右されていることを覚えているのだろうか。

自分の心情で変化していることに、気がついているのだろうか。



そのことを言わずに、言葉をかけてみようか。


言ってしまえば隠そうとしてしまうかもしれない。

隠せるのかどうかは知らないけれど。





「別に」



私の素っ気ない返事にキングはまた不快そうな表情になる。




歩き出そうとした彼の服を掴んで足止めをする。


「ねぇ」


「別にと言ったり、声をかけたり。お前は一体何なんだ」




私を見下すように睨みつけたその人。



「私のこと、知らないんだよね?」


黙り込むのは肯定なのか。


天気は変わらないまま、濁った空が少しだけ雨を落とす。




私が今言おうとしている言葉を聞いたら彼はどう思うのだろうか。

何と言うのだろう。

どんな天気になるのだろうか。





言葉と天気は、一致するのだろうか?


[*前] | [次#]
[しおりを挟む]

戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -