見失わなければいい
手放さなければいい
そんな風に
簡単に言うけど
─誰が為の世界─
〜Re:Birth〜
以前と変わらない風景が目に映る。
緑、緑、緑。
木ばかりの森を歩き続けて、数10分。
……迷子になってる気がする。
城は大きいからここかはでも見えるわけで、戻ることに苦はないけど。
それでもお目当ての「あの子」は見つからない。
目立つ色を持っているから、いるなら見つけやすいんだけどな。
どっかの迷子さんと同様に、私にも迷子の才能があるらしいからね。
はぁ、と溜め息混じりの息を吐き出した。
変わっていないのは世界の外観だけで、住人は変わってしまったのだろうか?
「アリスだ!」
がさり。
後ろから聞こえてきた明るい声に、反射的に顔の向きを変えた。
以前なら木から降りてこなかったその子はぶら下がっていた体を地に落とした。
あぁ、いた。
緑に似合わない、金色の少年。
「チェシャ猫」
「にゃあ、初めまして、アリス!」
……うん?
初めまして?
別人、じゃないよね。前のまんまだし。
何より、目の前の少年は私を知っている風だった。
「……初めまして?」
疑問符を付けてチェシャ猫に言葉を投げかければ、金髪の少年は首を傾けて「にゃ?」と目を丸くした。
「初めまして、だよ。くすくす」
楽しそうにチェシャ猫は手を口元に持っていった。
「前の世界の記憶は持っているけれど、間違いなく僕は君の知っているチェシャ猫とは別人だよ、ぷんぷん」
いやいやいやいや……
どこも変わっていないと思うんだけど……どこも?
いや、木から降りて来るという点は違う。
一回世界ごと消えて、白ウサギによって改めて創られたなら、別人なのか。
記憶あるなら同じチェシャ猫でよくないだろうか。
「“前の僕は君を好んでいた”。謎々、する?うきうきわくわく!」
思い出すように言葉を唱えて、チェシャ猫は首を傾けて楽しそうな顔を見せた。
少年と一定の距離をつめないまま、私は頷く。
「答えれば質問に答えてくれるんでしょ?」
「くすくす、もちろんだよ!」
役割は変わらない。
そう言ったチェシャ猫は以前と同じように木の上に登り、木の上に座って私を見た。
お決まりの文句なのか「謎々、謎々、解けるかな?」と笑いながら続ける。
「狸の宝箱の中身は何でしょう?」
……ん?
前の時より全然簡単じゃない?
だって「た」抜きの宝箱。
たを抜けばいいなら「空箱」
つまり、中身はないんだ。
簡単すぎる。
いや、引っ掛けでもあるのだろうか?
うんうん悩んでいるとチェシャ猫が笑う。
「アリス、アリス。こんな簡単な問題も解けないの?可哀想、可哀想だなぁ、にやにや」
可哀想だと思うなら擬音を悲しそうにすればいいのに。
露骨にニヤニヤするな。
チェシャ猫を見上げて、口をゆっくりと開き単語を紡ぐ。
「……空箱」
「なぁんだ、流石に分かったの?しょぼん。もっとお馬鹿だと思ってた、にゃあ」
すごく馬鹿にされている。
足をぶらぶらと揺らすチェシャ猫。
少年が口を開く前にストップをかける。
「質問の前に、質問なんだけど」
「質問が2つあるということ?ずるいよアリス、ぷんぷん」
わざとらしく頬を膨らませるチェシャ猫を見続ける。
で、何?と言わんばかりに少年は首を傾けた。
いいのか。
「何で簡単な謎々なわけ?」
気まぐれかもしれない。
答えさせてくれたのは嬉しいけど、以前と比にならない難易度だろう。
「た」抜き系の問題なんてもはや誰もが知ってるレベルだ。
「アリスがお馬鹿だからに決まってるじゃない、くすくす」
「お馬鹿なのは昔からじゃん」
お馬鹿って自分で言うの虚しいな。
それなら、前の時から難易度を下げてくれればいい。
「ぷんぷん、僕と前の子は別人だと言ってるでしょ!」
なんだ、つまり。
今のチェシャ猫は私を馬鹿にして簡単な謎々を出して。
前のチェシャ猫は自分が楽しむために難易度なんて気にしない。
こんな感じか。
私の顔を見て、チェシャ猫は笑う。
「まぁ、まぁ、僕でもあの時ならそれ相応の問題を出すよ、にゃあ」
大きな目を細めると本当に猫のように思える。
人の形はしているけれど、やはり猫であるのだと再認識した。
「何で?」
「君が前の子に質問に行くときは、決まって“彼”が来るからさ」
彼。
誰?だなんてわかりきったことは聞かないけれど。
いいや、それでも。
最後の時は最初からいたわけではない。
偶然、その場に現れたはずだ。
「最後もね、木の上から見えていたのさ、くすくす」
あぁ、なるほど。
来ることがわかっていたから。
だからそれ相応の謎々を出したと言うのか。
私のこちらの世界の記憶には、なんだかんだ“彼”が存在しているのだ。
「……じゃあ、質問。どうしてその“彼”は戻れなかったの?」
「戻れなかった?」
「リアルに」
「にゃあ」
癖かのように、尻尾代わりらしいファーに触れて少年は鳴いた。
くふ、と笑う。
「世界を作るには統治者が必要だからさ、くすくす」
そんなの、誰だっていい。
白ウサギがなればいい話ではないか。
「雄じゃないと駄目なの。クイーンのために、クイーンの居場所、空けなくちゃ!」
楽しそうに地面に降りて、手を大きく広げる少年。
「・アリスに想われて・逆らわなくて・心が弱い
なら、誰でも良かった、良かったの、くすくす」
それで、ナイト。
彼が、その対象に選ばれたというの。
私のせいでもあるのか、なんだか胸くそが悪い。
チェシャ猫は金色の毛をゆらゆら揺らして近付いてきた。
少年の鋭い視線が、私を射抜く。
「だから走りすぎると失うよって前の僕は言ったのに!ぷんぷん!」
手で握り拳を作って私を軽く叩いた。
痛い、痛い。
前のチェシャ猫はこんなことしなかった。
ふ、と彼の表情が変わる。
「……アリス、アリス、ぐすん」
寂しげな声を発するチェシャ猫は俯いた。
耳も下に垂れていて、泣き出しそうだった。
「──見放さないであげて」
ぽつり。
呟かれた言葉は、不思議なもので。
何に対してなのか、わかりはしない。
「寂しい、寂しいよ、しゅん」
ばたりと大粒の涙がチェシャ猫から落ちる。
それは私の目の前の地面に落ちてシミを作った。
「……チェシャ猫?」
何で泣くのか、わからない。
寂しいのか。
急に、表情を変えた金色の猫は何も無かったかのようにまた表情を変えた。
涙で潤んだ瞳のまま、にたりにたりと彼らしく笑うのだ。
「あぁ、帰らないと!しょぼん」
「えっ、チェシャ猫、家なんてあるの?」
私の言葉にチェシャ猫は縦に首を振った。
木に登って、大きな瞳で私を見下す。
「バイバイ、アリス。にこり」
「またね、チェシャ猫」
彼は素早い動きで木を移動していった。
森の中で1人。
チェシャ猫は何で突然泣いたのだろう。
城を視界に入れて、ぼうっと考える。
……いや、私にはわからない。
空を見上げると、時間がわからない淀んだ天気だった。
まだ夜ではないことしかわからない。
今にも雨が降り出しそうで、リアルの世界ならば傘を持ち歩いている人をちらほら見かけそうだ。
──前回と同じ原理ならば。
これはキングの感情を表しているのだろうか。
暗いな。
今にも雨が降りそうなのは
泣きそうなの?
不機嫌なの?
わからないけれど。
まだ夜じゃないし歩いてみようか。
他には誰かいるだろうか。
いやでも、会いたくない人の方が多いしなぁ。
城に戻ろうか。
あそこはどこか居心地が悪い。
どうしよう、どうしよう。
悩んでいると、肩を後ろから叩かれて私はびくりと体を揺らした。
後ろを振り向こうとすると視界が暗くなる。
何かを被されたようで、頭に触れた。
触れたものは、少し固いシルクハットのようなものだった。
帽子。
「やぁ、アリス。本当に来たんだ」
この声。
「……マスター」
この呼び名。
シルクハットをどけて後ろを向く。
そこにいたのは。
帽子屋さん。
三月兎。
ヤマネ。
帽子屋ファミリー。
自分のしたことを思い出して、その人たちを見続けながら吐き気を覚えた。
童顔の青年は愛想良く笑顔を浮かべて、こう言った。
「はじめまして、アリス」
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