私の言葉に、白ウサギは馬鹿にしたように笑った。





「嫌だな、アリス。キングは確かに君が会いたがっていた青年さ!」


私の考えを否定して、少女は首を傾げた。




「君の理想の青年じゃなくなったから、否定をするの?」



軽蔑するような
侮辱するような
笑みを浮かべる。




否定したいわけじゃない。

否定なんかしてない。





だってこの人は

私を知らないじゃないか。





白ウサギは私の表情を読み取って、のぞき込むように姿勢を変化させる。



赤い瞳と目があった。

目を離すことができない。




「否定したよしたよしたよね?彼が自分の知ってる彼じゃないから“彼”じゃないって彼の存在を否定したよね?」


──アリス、酷いよ。



言葉と裏腹に、白ウサギは笑顔を崩しはしなかった。




静かな青い部屋。

色も気分を沈めるのにはぴったりで、空気を重たく感じさせる。





ナイトであるという青年は黙ったまま私たちを見ている。



その視線は、いっそう私の気分を落とす。



力強く掴まれている手首が、悲鳴をあげてしまいそうだ。




「キング、アリスの手を離してあげるといい。痛がってるさ」



扉の向こうから現れたのは、青とは対照的な赤い髪だった。




1度だけ会ったことのあった女性。



彼女も白ウサギ同様、あの頃と変わらない姿だった。




「……墓守さん?」




確かに“ゴミ箱”で出会った人だ。

名前はなんだっけ。




赤髪の女性は私を見てニコリと作り笑いを見せる。




「あたしはもう墓守じゃないからさ、エニグマと呼んでくれると嬉しいね」



あぁ、そうだ。

“エニグマ”だ。




「仕事は終わったのか」

「そりゃあ終わったさぁ。だからここに来たんだろ」



からりとエニグマが笑う。




「キング、アリスの手を離してあげるといい」



エニグマがこちらを向いてもう1度そう言った。


強く掴まれていた腕が乱雑に放される。





私は困ったような表情を浮かべていたのだろうか。



エニグマが苦笑し、白ウサギは馬鹿にしたように笑う。




「驚くのも無理はないさ」


大方どうせ白ウサギが無理矢理連れてきたのだろうけど。
エニグマの言葉に私は心の中で力強く首を縦に振った。








「キングは記憶を失ってしまっているからね、人が違うのも仕方ないんさ」







記憶の喪失。



前回の私以外のリアルの人間を思い浮かべる。


そして次に、




彼の名前を思い浮かべた。





私は彼の苗字は知らないけれど。

前回確かに下の名前だけで記憶を取り戻していた。




ナイトの肩を掴む。



突然のことにも関わらず、青年は表情を変えない。

以前のナイトならば、大きく肩を揺らすくらいには驚くだろうに。






「ナイト!あなたの名前は『はじめ』っていうの!」







その言葉を聞いたナイトは、ゆっくりと口を開いた。








「……それがどうした。俺はナイトなんかではなくキングだと、言っている」





あれ……?




ナイト……キングとは反対側から、きゃははと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。




「取り戻せるはずがない!取り戻せるはずがないんだよっ!」




声は浮ついていて、嬉しそう。



白ウサギが転げるようにお腹を押さえて笑っていた。




赤い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。




そんなはずない。

だって、そう。
苗字は知らないけれど、彼は前回記憶を取り戻せていたじゃないか。




エニグマが白ウサギを見て溜め息をつく。




「リアルと、前回のワンダーランド。失った記憶が多すぎて、名前くらいじゃあ思い出せないさ」


「なにより、彼は……」



白ウサギが案内でもするかのように、扉の前へと走り出していった。






「記憶を取り戻すことを拒否しているからね!」






拒否、してる?

なんで。




キングに視線を向けると、ゆっくりと、首を傾けた。




「必要のないものを、欲する意味などない」




あぁ、もう、嫌だなぁ。




目の前の青年は

今までの記憶を、
大切な人たちの思い出を、
私のことだって、

いらないと言うのだ。




ジョーカーのように知らないことに「恐怖」を覚えることもしない。



ただ、この世界には不必要だから。


それだから、いらないと。





そう、と。

ただ一言だけ呟いて私は俯いた。




扉の前に立っている白ウサギが、催促するようにぴょこんと跳ねた。





「君の部屋に案内するよ、アリス!僕についてきて!」



部屋を与えられるだけまだ前回よりましなのかもしれない。

ジャックに会っていなければ、野宿の可能性もあったわけだし。





「君は、キングのために一生ここで暮らすんだ!」




一生なんてまっぴらごめんだけど。



記憶はいらないけれど、記憶にいる「アリス」は必要なんだね。

ん?なんで記憶がないのにアリスということは覚えているの?





まぁ、いいや。
どうでもいい。


キングのことなんて、考えても私にわかるわけない。



頭を振って白ウサギの元へと歩いていく。











黙ってついていくと、連れて行かれたのは大きな部屋。



普通の旅行だったら「広い部屋!」だなんて喜べるのにね。


こんな最悪ファンタジックツアーなんて望んでない。





「困ったことがあったらエニグマに言うといいよ!僕はね、面倒くさいことは嫌いだから!」



面倒くさいことの原因が何を言う。


上機嫌のように跳ねながら白髪少女は部屋から出て行った。





はぁ、と溜め息を吐いて。


側にあったベッドに体を投げる。






「悩んでいるときは甘いものでも食べるといいさ」




にゅ、と顔が現れる。



倒れ込んでいた私をのぞき込むエニグマ。



思わず目を丸くする。


いつのまに、と呟くと「白ウサギと入れ替わりで」と笑う。




体を起こす。

エニグマの持っている皿には、クッキーがのっていた。




「城のシェフ自慢のクッキーさ」




シェフなんているのか……

食事の意味なんてないのに?
やっぱりこの世界は変だな。




「ねぇ、エニグマ」



小さく、彼女の名前を呼ぶ。


何、と言うかのように首を少しだけ傾けた。





「城からは出てもいいの?」


「大丈夫さ、命の保障はできないけどね」



まぁ、それは前回でよくわかっているけれど。



でも、と。

エニグマは思いついたように口を開いた。




「ちゃんと夜には戻ってこないといけない」




──彼が心配するからね。


笑うエニグマを思わず嘲笑する。





あぁ、うん、そうだね。

心配するだろう。
……以前の彼ならば。


そう、以前の「ナイト」なら、心配してくれるに違いない。




でも「キング」は?

彼は、私を心配するようには見えない。





「……記憶を取り戻したくないって、どういうことよ」



悪態をつくように言葉を乱暴に吐き出すと、エニグマは苦笑する。




「色々あるんさ」

「色々?」

「おっと、これ以上言ってしまえばキングのプライドを傷つけてしまうさ」


プライドに関わるようなことなのか?


クッキーののった皿をテーブルに静かに置いて、ドアの方へとエニグマは歩いていく。






「まぁ、無理はしない方がいい。前回よりは居心地のいい環境になっているはずさ」



だから、ここに居ろというのでしょうか?


お断りだ。




私は絶対に、帰る。


「キング」を連れて帰る。





クッキーを1つ口に含めて、ドアを開いた。


少し重たい音が響く。





見た目の変わらない世界だ。


もしかしたら、住人も変わってないんじゃないか。





そう、それならば。


「あの子」に会いに行こう。



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