今日も、今日とて。
チェシャ猫の前には
人がいる。
「謎々、謎々、解けるかな?くすくす」
「簡単すぎるね」
「俺わかんないパス!」
「知らねぇよ」
「もっと難しい問題はないのか?」
「迷子なんかじゃないから、お前に何かを聞く必要なんかない」
「謎々?……興味ないな」
つまらない。
そう言ってチェシャ猫は木の上で寝転がった。
謎を全然解けない者。
反対にヒントもなしにすぐ答えを導いてしまう者。
そもそも、興味の持たない者。
この世界は、そんな人たちばかりだ。
「チェシャは悩んでいるのを見るのが好きなのに、ぷんぷん」
うんうんと悩む姿。
それも、諦めないでくれる人。
そんな人がチェシャ猫は大好きなのだ。
リアルから来たどっかのお馬鹿さんたちは、悩みもせずにすぐに投げ出す困ったさんだ。
にゃあ。
にゃあ。
意味もなく呟いて自分の腰にぶら下がっている金色のファーをいじる。
おそらく尻尾の代わりなのだろう。
「チェシャ猫」
落ち着いた声にチェシャ猫は体を起こした。
きらり、きらりと瞳を輝かせる。
──そうそう、こういう人をチェシャ猫は待っていたの。うきうきわくわく。
「謎々、謎々、する?するの?うきうき」
木の上にいるチェシャ猫を見上げるのは銀髪の青年──ナイト。
「はい、質問があります」
「くすくす!どうせまたキングが迷子になったんだ、そうでしょう、そうでしょう!」
その通り、なんて言うようにナイトが苦笑しながらチェシャ猫を見上げる。
チェシャ猫はにたりと笑う。
ナイトが質問にくるのは、いつも同じ理由。
キングが懲りずに迷子になってくれるから、チェシャ猫は退屈せずにすむものだ。
「謎々、謎々、解けるかな?」
にやにや、くすくす。
小馬鹿にしたように、楽しそうに笑いながら金色の自分とは対照的な銀色の青年を見つめた。
そんな、そう。
タイミング良いときに。
アリスが現れる。
「あっ」
「アリスだ!」
問題を出す前に、この世界の住人ではない少女の名前を呼ぶ。
ふと、ナイトが後ろを振り返っては笑顔になった。
「こんにちは、アリス」
「ナイト、チェシャ猫、こんにちは。謎々中?」
「えぇ、またあの人が、迷子になってしまって」
呆れたように笑うその人。
どうやらそこの騎士さんは、目の前の彼女に好意を寄せているようだった。
ナイトの言葉にアリスもまた、呆れたように笑った。
「アリス、アリス!謎々、する?うきうき、わくわく!」
チェシャだって、チェシャだって。
彼女が来てくれたことが嬉しいのだ。
だって彼女は。
「質問はないけど、遊ぼうかな」
何もなくても、チェシャと一緒に遊んでくれるのだ。
それじゃあ、謎々、謎々をしよう。
そういって幸せそうに笑うチェシャ猫。
「目は4、鼻は9、口は3……じゃあ耳はなぁんだ?」
手を大きく掲げてチェシャ猫は大きな声で問題を告げる。
はい、はい!とアリスが手を挙げる。
表情には自信に満ち溢れていて、いつもと違う。
……簡単だっただろうか?
アリスでも解けてしまうなんて。
チェシャ猫は柄にもなく表情を曇らせて首を傾けた。
「画数!」
――あぁ、やぁっぱりお馬鹿だった。
くすくすと笑うとアリスは先ほどのチェシャ猫と同じように首を傾けた。
「くすくす、ちゃんと数えてみてよ、全然違うよ、アリス」
アリスの隣にいたナイトも笑っていた。
あれ?と言ってアリスは自分の手に指で字を書いてみている。
違うことに気付いたようで、がっくりと肩を落とした。
顔を赤くして。
「にやにや、ナイトは?わかった?」
「そうですねぇ……」
笑いながらも、ナイトは考えるような格好を見せる。
あ、この人。
答え、わかってるじゃない。
チェシャ猫は直感的にそう思った。
その人はアリスをちらりと見る。
アリスは必死に頭を抱えてうんうん唸っていて、謎々ごときに何をそんなに悩んでいるのか不思議になるほどだった。
そんな彼女を見てナイトは優しく微笑むのだ。
あぁ、この城の騎士さんは。
「ずるいなぁ、ぷんぷん」
「えっ」
チェシャ猫の言葉に反応したのはアリス。
わかっていないようで、不思議そうな顔を浮かべていた。
――純粋に見えて、打算的。
彼は彼女といる時間を増やすために、あえて答えを口に出さないのだ。
口を開けば、ちゃんと正答を出せるくせに。
「ヒントはね、言い方を変えるといいかもね、にっこり!」
アリスに向かって、チェシャ猫がそういった。
アリスはまた悩む。
ナイトはあたかも今思いついたかのように、あぁ、と口を開いた。
「目は視覚、鼻は嗅覚、口は味覚ですね」
つまり、と笑うとアリスがひらめいた表情に変わった。
「し、4。きゅう、9。み、3……聴覚、ちょう、兆!1兆!?」
とてもすっきりしたような顔。
幸せそうだ、謎々を解けただけなのに。
アリスがすごいというようにナイトが拍手をしていた。
「にゃあ、正解、正解!じゃあ、教えてあげるよ、キングならねぇ、こっちに少し行ったら開催してる帽子屋のお茶会に参加しているよ、くすくす」
「何をやっているんだか……」
ナイトはあきれ顔になって、チェシャ猫が指さした方へと歩き出した。
「それでは、また」
「うん、バイバイ」
礼儀正しくお辞儀をしてナイトは歩いていく。
チェシャ猫の方をアリスが向くと、チェシャ猫はニタリと笑って自分の耳をいじっていた。
「アリス、アリス、謎々、謎々、解けるかな?」
「え、急に?」
間髪入れず始まった謎々にアリスは驚く。
確かに遊ぶとは言ったけど。
そういうアリスを気にも留めずにチェシャ猫は言葉を続けた。
「――世界が壊れると、終わるものはなぁんだ?」
チェシャ猫のいつもとどこか違った謎々に、アリスは目を丸くした。
「謎々?」
「謎々だよ、くすくす」
そう。
1言返してアリスはまた悩む。
これは難しい、チェシャ猫はそう思いながらも少女を見つめた。
悩んでいるアリスは、チェシャ猫が一瞬だけ笑顔を崩して悲しそうな顔をしたことに気が付かなかった。
「悪夢、かな」
考えでた答えを、チェシャ猫を見ながら答えるアリス。
その言葉に、チェシャ猫はにんまりと笑う。
「……そろそろ、戻った方がいいんじゃない、アリス。にゃあ」
空は早くもオレンジ色に染まっていた。
アリスはもう!?と驚きながらも空を見る。
「答えは?」
「答え?答えはねぇ、ないよ!にやにや」
「無いってそれ謎々じゃないじゃん!」
不服そうなアリス。
「またね」
「うん、うん。アリス、さようなら、さようなら、にゃあ」
またね。
チェシャ猫にそんな言葉をくれる人はそうそういない。
チェシャ猫は笑ってアリスを見送った。
さっきの問題の答え。
アリスたちリアルの人間からすれば「悪夢」が終わるかもしれない。
でもね、正解は
――チェシャたち脇役の"命"だよ、アリス。
世界が終われば、役者は必要なくなってしまう。
存在価値を失った存在は、もういらない。
世界と共に、消えてしまう。
チェシャはそれを知っているから。
自分が消えても悲しくないとは思っていた。
「でも、でもね?アリスと遊べなくなるのは悲しいなぁ、しょぼん」
誰もいない場所で、小さくチェシャ猫が呟いた。
暗くなってくる世界に、金色は紛れて。
猫の姿はもう、見つからない。
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