終わりが始まる
エンディングへと走り出す
私はこんな世界
いらない
―オワリの鐘―
〜worlds END〜
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない。
失いたくない。
帰りたい。
俺は、帰りたい。
何も知らない元の世界へ、帰りたい。
……例え、元の世界では関係のなかった人間だったとしても構わない。
元の世界に戻って、お前のことを忘れてしまっても、辛いことだとは思うけどそれでもいいんだ。
生きているなら、それでいい。
この世界に来て、白ウサギに城まで案内されて。
いきなりクイーンに気に入られて。
ハートの城に押し込められて。
つまらない世界だと思った。
“私なんかでよければ、お話の相手になりましょうか?”
控えめに話しかけてきた少年と話す内に、少年が自分と同じ境遇であることを知った。
俺だけじゃない。
自分がわからないのは、俺だけじゃないんだ。
話を聞いて、城から抜け出して、少年を引き連れて森を彷徨う。
歳をとるにつれて城を抜け出す機会も増えた。
自分の行動力が増えて、体力もついたから。
度々少年を困らせることにはなっていたけれど。
そんな出来事が、俺の真っ白な世界に色をつけたんだ。
たった1人の“トランプ兵”が俺の世界に色をくれたんだ。
友情とか恋愛とか
「好き」とか「好ましい」とか「気に入る」とか
そういう感情じゃない特別な何か。
薄暗い世界の中で、それはやけにはっきり見えている気がした。
クイーンがナイトの頭を掴んでいる。
楽しそうに、憎そうににらみつけて。
「そういえば、帽子屋が言っていたわね。
“絶望に浸かった時が、1番おいしい”」
今までとは違う、まるで「普通の人間」であるかのように話すクイーンが突然そんなことを言った。
おいしいだの、なんだの。
人間に向けて言う言葉ではない。
「あれはアリスのことだったみたいだけど、他はどうなのかしら?」
そう言った瞬間――
ナイトの首元に、容赦なく食いついた。
「……っ!?」
掴まれていた頭を離されて、ナイトは崩れ落ちた。
駆け寄りたいのに、足が竦んで動けない。
どうして、なんで、こんな時に、このくそ野郎。
アリスは青ざめた顔で2人を交互に見ている。
食いちぎられた肩からは血がありえないぐらいに、流れている。
「……やめろ」
「まずい、人間が美味しいわけないわね」
「おい」
「人間じゃない奴らの感覚がおかしいって話かしら?」
「クイーン!やめろと言っている!」
クイーンは、俺の言葉にようやく反応した。
恐ろしいと思える笑顔で、俺を見る。
「どうして?」
クイーンはどこからか、大きな斧を出現させた。
「だって、こいつは私からあなたを奪ったたかがトランプ兵のくせにあなたの役はキングなのよずっとクイーンの傍にいなさいよなのにこいつと楽しそうに笑って城からいなくなって酷いじゃない酷い酷い酷い酷いわ」
大きな斧はナイトの首元にあてがわれた。
「邪魔な雑魚はいつだって、斬首刑なのよ」
それはゆっくりと、狙いを定めるように持ち上げられる。
誰1人として動かない……動けない。
クイーンの気配に圧されて、動くことが辛い。
いなくなる。
いなくなるのか?
何で動かないんだよ。
お前も、何で逃げないんだ。
動けないとか言うな。
置いていかないでくれ。
“また”俺を置いていくのか?
“また”俺はお前を失わなければいけないのか?
もういいんだよ。
もう散々だ。
あんな思いはもう、いらないんだよ。
俺自身も何故その「誰かの名前」が口から出たのかはわからなかった。
その「誰かの名前」を出したと同時に、まるで頭を鈍器で殴られたような感覚に、脳を揺さぶられた感覚に陥った。
「はじめっ……!」
キングが叫んだ。
何か「名前」のような言葉を、だ。
口にした本人も驚いたような顔をしている。
“はじめ”
その言葉に、クイーンは鎌を振り下ろそうとする手を止めた。
「……あ……」
クイーンは鎌を握りなおす動作を見せた。
「あははははっ!あーあ、やり直し」
「……は?」
思わず声が出る。
クイーンは私を睨み付けた。
「あんたのせいで、全部やり直しよ」
私のせいで、やり直し。
「やり直すなら、女王ぶる必要もないものね」
――やり直し?
「キングだけは気に入ってたから残しておこうと思ったのに、思い出しちゃうなんて」
思い出す。
記憶を取り戻したのか。
だから、「誰かの名前」を呼んだのか。
キングを見ると、痛そうに頭を押さえていた。
クイーンが斧を振り上げて、キングの方を向く。
「記憶を取り戻して私から離れていくのなら
私があなたを壊すわ」
クイーンはキングに向かって斧を振り下ろした。
刹那。
後ろから、ナイトが太刀を振る。
それをかわすためにクイーンのキングへの攻撃は当たらない。
無理をして立ち上がろうとするナイトを、キングは支える。
「……げほっ」
「まだ生きていたの。しぶといわね」
ナイトはキングを突き放して、独りで立った。
クイーンだけを見て、苦しそうに息を吐きながら口を開く。
「サヨウナラ」
容赦なく、クイーンは手に拳銃を持ってナイトに向けて撃った。
ようやく立った彼は、むなしく崩れ去る。
「はじめっ!……ナイト、命令だ!死ぬんじゃない、生きろ、俺を置いていくな!」
「……最後に、最後だけ。1度だけ、命令に背くことをお許しください、キング」
「……絶対に、許さない」
「無茶、言うなよ……と、おる」
ナイトが私の方を向いた。
ゆっくりと、笑って。
どうして笑えるのかはわからない。
ただ、優しく笑った。
声にはなっていない。
そう言っていたのかもわからないけど。
「ありがとう」
声にならない言葉がそう、伝えてくれた気がした。
しばらくの後、何もなかったようにそこから彼の姿が消えた。
……死んだんだ。
何で笑ったの。
どうして笑えたの。
何を、思っていたの。
私は……
私は、笑えないよ。
しばらく動かなかったキングが、床を爪で引っ掻くように指を曲げて拳を作った。
顔を上げる、涙でぐしゃぐしゃになった怒りに満ちた表情だ。
「俺はクイーンを許さない……っ!」
「――じゃあ、壊そうよ」
高い少女の声が響く。
突然現れたのは、白髪に赤目。
「僕が手伝ってあげるから」
白ウサギが笑う。
「じゃあん!これなんだ?」
白ウサギが無邪気に手を上げる。
そこにあったのは、綺麗な真ん丸のガラス玉。
「あれって……水晶、か?」
ジャックの言葉に私の耳は反応する。
水晶って、チェシャ猫が言っていた?
クイーンが持っているわけではないのか?
クイーンはそれを見て形相を変えた。
「何でそれを持っている……!白ウサギ」
「成り上がりの女王様!僕は君が嫌いだ嫌い大嫌い!」
笑顔で突然否定する。
ようやく変えてくれる人間が現れた、と白ウサギが嬉しそうに笑った。
「ねぇ、キング。これをあげるよ。願えばいい、どんな世界にしたいかを」
綺麗な水晶が薄暗い部屋で光った。
「そうすれば、君が思った通りの世界を創れるよ。ナイトだって、創ることができる」
キングがその言葉に反応した。
「やめろ!私以外が特別だなんて認めない!」
「成り上がりが“特別”だなんて僕はミトメナイミトメナイ認めない僕は許さない」
珍しく白ウサギは笑っていなかった。
目を大きく開いてクイーンを睨んでいた。
疑問が、矛盾が。
紐が解けたように私の中で溶けていった。
それは、確信へと変わる。
“僕はね、女王様が嫌いなの”
“ある日突然、クイーンは人が変わったかのように、好みも全て変化したそうですよ”
“あたしたちは、女王様に作られたわけじゃないからさぁ”
“あたしたちはクイーンが大好きなのさ”
「あなたはクイーンじゃない……」
いや、言い方が違う。
「あなたは、クイーンじゃ“なかった”……?」
白ウサギは「女王様」が大嫌いで、「クイーン」が大好き。
好みが変わった。
役なしは「女王様」に作られたわけではない。
他の人たちは私たちのいう「クイーン」に作られていた。
考えられるのは
白ウサギとエニグマの言う「クイーン」と、私たちの言っている「クイーン」は違う人物……今のクイーンが2人の言う「女王様」なのではないか?
クイーンが、2人いる?
それとも、変わった?アリスみたいに?
クイーンが、笑う。
恐ろしいほど高笑いをしてみせた。
「……教えてあげるわ、私は“1番目のアリス”」
1番目の、アリス。
「クイーンを殺して頂点に立った人間よ」
意味が分からない。
こんな世界で生活し続けて頭がおかしくならないのか?
……頭がおかしくなったからそんな行動に出たのかもしれない。
くすくすと、白ウサギが笑う。
「でも、もうそれも終わりさ」
水晶がキングの手に渡った。
だめだよ、意味がない。
そんなことをしたって意味がない。
キングの名前を呼ぼうとした。
彼は口を開く。
「……違うんだ。創ったってそれは“違う”、意味がない」
そうだよ。
それはもう別の何かになってしまう。
「キング!!」
私は彼を呼ぶ。
彼は私を見て、反射的に水晶玉を私に向かって投げた。
意味は分かっていなかったかもしれない。
けれど、通じ合ったようにそれを私にくれた。
私はしっかりとそれをキャッチする。
“本人が触れたり壊したりすると、名前と記憶が戻る”
白ウサギが私を見て声を荒らげ、私に向かって走り出す。
「駄目だよダメダメダメ!それを壊したら世界が壊れちゃう!」
「壊したいのっ!!」
壊してしまえ。
そうすればみんなに記憶が戻る。
帰ることが、できる。
「だって扉はない、そうでしょう?」
クイーンが私の言葉でにぃと笑った。
あれだけ探したのにみつからなかった。
おそらくこの城の中にも存在していない。
最初からそこの“1番目のアリス”は私を、私たちを帰すつもりはなかったんだ。
「やめてよアリス!」
「私の名前はアリスなんかじゃないっ!」
私の手から水晶が落ちる。
ゆっくりと落ちていくように感じた。
白ウサギが、クイーンを見て馬鹿にしたように笑った気がした。
「……余裕そうに馬鹿みたい。女王様の名前はもうなくなってるのに」
――帰れるとでも思っているの?
その言葉と同時に、水晶が音を立てて粉々になった。
途端に足元が崩れ落ち、視界が真っ暗になる。
周りにいたみんながどこに行ったのかもわからない。
ただただ落ちていく感覚だけを感じ取っていた。
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