よろしく

一線を越えてしまえば、何か変わるだろうか?


好きになれたりしちゃうのだろうか。

雄大のことなんか好きじゃなくなれるのだろうか。



そうなら、相模に流されるのも悪くないかもしれない。




「どうよ」

「まぁ、いいんじゃない」


そんな生き方も。



引かれる力に抵抗せずについて行く。


駅から少しはずれたホテル街に向かう。
妖しく照らすネオンが目に痛い。



適当に空室のあるホテルに入った。

雰囲気からもう嫌になりそうだ。
薄暗い部屋は桃色のライトで妖しく演出されている。



寧ろ萎えるわ。

相手が本当に好きな人だったら違うのか?それとも部屋が本当に嫌なのか?
自分の気持ちさえわかってない。



コートを脱いでハンガーに掛ける。


ていうかこういう感じなんだ、ラブホ。

来たことなかったわー、何気に初めてだわー。

学生の頃だったらお金あまりなかったしなぁ。
雄大と付き合ってからはもちろんないです、はい。



周りを見渡していると相模がベッドに座って手招きする。

うわ、あんまり近寄りたくない。



「お風呂は?」

「あー?後ででいい、面倒くさい」



そろり、と近付くと腰に手を回され後頭部を押さえられた。

そのまま唇同士がくっついて、キスをする。



「……ん」



情緒も気持ちもない、本能的な行為に思える。


遠慮なく舌を口内に突っ込んで、絡められて。
反抗もせずに受け入れてみた。


気持ちがいい、のかもしれない。

いつぶりだ。キスなんて。



……そういえば、私雄大とキスしたことないや。

1年も付き合っててだよ?
まだ小学生の方がまともな恋愛してるんじゃなかろうか。


ふ、と笑ったのに気がついたのか相模は何笑ってんの、と口角を上げた。




「……いやぁ、私ってまともな恋愛できないのかも」


ピュアッピュアな次は初日から行為に至ろうとしてるわけだ。

まともじゃないわ、私。



「ていうかさ、聞いてよ。雄大ってばキスもしてくれないんだよ」

「へぇ、逆にすごいと思うけど」



そうだよね、すごいよね。


思わず口が動く。

キスどころか手を繋ぐことも稀だったわ、とか。
すぐ顔を逸らして赤くなる、だとか。



話すうちに私は顔を歪めて、相模も呆れた顔になる。


一線越えれば、だなんてあほだった。

まず、越えることすらできやしないんだ。



「佐島って馬鹿だな。浜崎のこと馬鹿なくれぇ好きなんだな」

他の男とヤろうってのに話し始めるくらいには。


本当だよ。
他の人の話始めるとか。
忘れよう、だなんて思ってる相手の話しちゃうとか。

馬鹿だよ。




私は雄大がやっぱり好きだ。



「ごめん、できない。できません」


「そーですか。俺が無理やりすんの好きじゃなくて良かったですね」



馬鹿にするように私の頭を叩いた。

他の男だったら無理やりヤられてたかも、とか言って。
……そもそも合意の上だから何されても文句いえないんですけどねー。




「出るか」

「ごめん」

「いいよ。ワリカンだから」

「え、ケチくさい」

「彼女以外にはシビアだから俺」


彼女には優しいの?想像できないんだけど。





ホテルを出ればやっぱり冷たい風が体を冷やす。

相模はケータイを取り出しておもむろに電話をかけた。



「もしもし、仕事終わってんの?」


相手は誰だろうか、別の女か。



「あぁ、そう。ちょっとさぁ駅近くのホテル街に佐島放置してくから拾ってって」




……もしかしなくても雄大じゃないか。


「はー?さぁ、それは佐島に聞いて。あ?……あーっと『レ・トワ』だわ」


ホテルの名前を眺めて告げる。


じゃあな、とぶつりと通話を切った。

私を見て相模はにんまり笑う。



「迎えがくるのでここで待ってろ」

「何でこの状況で雄大を呼んだ確実にやばいでしょ」

「楽しそうだから」


悪魔が目の前にいるんですけどどうしたら良いのでしょう。



ここにいたらやばいから帰るわ、と相模は逃げるように小道に入っていった。

修羅場起こすのは楽しいけど巻き込まれるのは面倒くさい、ってことだろう。




野郎、逃げやがった!



しばらく待っていると男が走ってくるのが見えた。

1人で来るだなんて彼しかいないだろう。



ホテル名を探しているのか上向き気味でキョロキョロと左右を見渡している。


私は上を見上げる。

ピンク色の目が痛くなりそうな建物。
『レ・トワ』と書かれている建物だった。


いつの間にか見つけていたのか。
雄大は私の肩を掴んで大きな声で私の名を呼ぶ。

気付かなくて、小さく肩を揺らした。



雄大の肩は上下に大きく動いていてよっぽど急いで来たんだなぁ、とか。





「別れても迎えに来てくれるんだ。さすがの優男だわ」


優男イエスマンと名付けようじゃないか。



「……俺と別れたのって、相模と付き合うためなの?」


君は何なんだ、質問くんか。
今日は疑問が多いですね。




「違うよ、何もなかったから」


キスくらいならしたけど。



「こんなとこ、来て……何かあったらどうするの、ッ」



あぁ、無理やりってこと?

相模ねぇ、無理やりは趣味じゃないんだって。




周りを往くカップルからしたらさぞかし私たちは邪魔くさいのだろう。

ホテルの人も早くいなくなれよ、とか思ってるんだろうな。




「何もなかったってば」

「結果の話じゃなくて、」

「世の中結果論なのですよ、雄大くんよ」




乾いた音が耳に残る。

頬には痛み。



はたかれたらしい、のだ。


初めてじゃないか、雄大が暴力をふるった。

……暴力というには優しすぎるものだけれども。



「そういう問題じゃないだろ!……心配させといて!」




心配、したの?



「ご、ごめん」



雄大の格好をよく見るとマフラーは走ったからかよれよれで。

髪の毛も心なしかぼさぼさだった。



雄大は大きく溜め息を吐き出して私を見る。

あ、また真っ直ぐ見てる。
普段こういう時は目を逸らすくせに。



「大体明菜ちゃんはさぁ!部長にも同じ課の奴にもいい顔しいだから、色んな奴に狙われてて心配なのに!」

「いい顔しいなのは君もでしょ……」



何だよ、心配って。

そんなことしてたなら、少しくらい態度に出してくれればいいじゃないか。




「勝手に『断れなくて付き合った』とか、それで別れるとか話進めてさ」

「違うの?」


「違う!人の気持ち勝手に決めんな!」



それは……悪うございました。

じゃあ何で付き合ったの、なんて。
理由は「私を好きだから」だろう。

もしかしたら相模みたいに「好きになれるかもしれないから」ってやつかもしれない。




「俺、好きでもない人と付き合えるほど器用でも、優しい人間でもない……」


いや、君は優しいよ。
……でも、そうだね。


雄大がそんなこと、できないか。

すぐに態度に出そうだもん。




私は黙り込んだ。

聞いてしまいそうだったから。
「私のこと好きなの?」って。

聞いてしまえば返ってくる言葉は、わかりきっているから。



君から、君自身からその言葉を頂戴。





「……好きだよ、俺は明菜ちゃんが好き。絶対、明菜ちゃんが俺を好きなのより、好き」


やっと言ってくれたね、好きだって。




というか何それ、対抗するしかないじゃないか。


「私のほうが好きだし」

「絶対俺のが好きだから」



バカップルみたい。
みたい、じゃなくてそうなのか。



「私のほうが雄大のこと好きだから。期間も私の方が長いもん」

「絶対俺のが長いよ!」


負けず嫌いか、私も雄大も。

そろそろホテルの人に営業妨害だとか怒られそうだな。



「いつからよ、私は去年の新人歓迎会の時だよ。ほら、会ったばかりでしょ」

「俺、大学の時からだもん」



そういって、雄大は顔を赤くして小さく笑った。

……何だと。



確かに大学は同じだった。

入社してから「大学同じだねー」って意気投合したよ。
でも、大学生の頃は雄大のこと知らなかった、学部も違ったし。



「それは、見た目でってこと?」


見かけて一目ぼれ、とかそういう類じゃないか。



「違うよ、1回だけ授業で隣の席になったことあるんだけど、覚えてないよね」


……覚えてないわ。



「私何かやらかした!?だから印象に残って、とか」

「秘密」




秘密って何でだよ。



何てこった。

負けてしまったよ、私は。



同じ会社に入社したのは偶然だろうけど、それでもすごいなぁ。


私、ずっとずっと想われてたんだ。
だからそれを、態度に出してくれと思うのですが。



「好きでいてもいいの?」

「好きでいてほしいな」



優しくはにかむ雄大。



「迷惑じゃないなら、ちゃんと言うから。可愛いなぁとか、好きだなぁとか」


「迷惑なわけ、ないじゃん」



嬉しい、そう告げる。

雄大は指の腹を合わせて照れたように笑った。




「もう1度、俺と付き合ってもらえますか?」



「もちろん、喜んで」






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