彼は料理上手。

 数ヶ月前に付き合い出した彼は料理が上手だ。


 以前は多くの人が名前を知っているようなレストランで働いていたらしい。私と付き合った頃にはその仕事をやめて普通のサラリーマンとなっていたから言葉で聞いたのみだけれど、彼の腕前をみるとその言葉も真実なんだろうなと納得する。


 彼と付き合い出してから体重がどれくらい増えたのだろうか。

 痩せていると恨めしいように女友達に繰り返し言われていた言葉はいつの間にか「丸くなったね」と苦笑いへと変化しているのを最近感じる。
 そんなのも気にならないくらい、体重が増えてもいいと思えるほど彼の料理は美味しかった。毎日のように豪華な料理、デザートが並べられる。
 毎日作ってもらうのも申し訳なくて「私も作ろうか」なんて言えば「俺が好きでやってることだから」とやんわり否定された。


 仕事帰り久しぶりに会った友達に「太った?」と言われた。その言葉は特に気にしていなかったけれど、その言葉に続いた「彼氏、引くんじゃないの?」という言葉が胸に刺さる。


 そうして私は、ダイエットしようなんて心に決めた。



「……どうしたの?」



 私よりも幾分か遅く帰ってきた彼が首を傾ける。
 だいぶ前に流行っていた運動のためのDVDをテレビで流しながら汗をかいている私は後ろを振り向いて「おかえり」と告げる。


「懐かしいね、それ。何でそんなこと急にやってるの?」
「ダイエット!」
「何で?」


 彼が神妙な面付きで首を深くかしげる。スーツをゆっくりと脱いで、ネクタイを外す。


「貴方と会った時と比べて、太ったでしょ? こんな体型じゃ、貴方と並んだ時恥ずかしいし」


 細身の彼の隣に並ぶとどんなことになるのだろうか。もしかしたら指を指されて笑われてしまうかもしれない。


 彼は深く溜め息を吐き出してソファに座るように促してくる。彼はキッチンの方へと行ってしまい、しばらくすると二つのコップを持った彼が戻ってきて私の隣に座る。
 差し出されたコップには麦茶が注がれていた。汗もかいていたからと一気に喉に流し込む。


「俺はね」


 彼が、優しい声でゆっくりと語り出す。


「俺は、気にしないよ。寧ろ今の方が好きかな、ガリガリよりも健康的だ」


 彼が視線を私に向けて笑う。視線があって、優しく目を細められた。



 あぁ、優しいなぁ。すごく。
「ありがとう」
 そう告げて彼に抱きつこうとする。しかしそんな考えは実行することできずに、私は体を必死に動かそうとする。


 動けない。


 体がびりびりと痺れるような感覚だけが襲ってきて、自分の足が、手が、体が、どんな位置にあるのかすら認識出来ない。


「太った子は大好きだよ」


 私の異変に気付かないのか気付いているのか分からない。ただ彼は変わらずの笑顔で言葉を積み重ねていく。
 重たい音がなって、私は彼にソファの上に押し倒される。恋人同士だから情緒のあるはずのものなのに、何故か恐怖心が強くて逃げたい気持ちに駆られる。



「健康的で、美味しそうだから」



 彼が手に握ったものは、いつも彼が料理に使っていた包丁だった。キッチンに行った時に持ってきて、隠していたらしかった。


「君は太るのに少し時間がかかったね、いつもなら、もっと早く捌けていたんだけれど」


 彼は、最初から。最初から私を殺そうとしていたのか。体が動かないのは何だ、薬か何かを盛られたのかもしれない。何に? きっと麦茶に。


「何、で」
「人の肉を食べるのが、大好きだから」


 にっこり。いかにも害のない笑顔を浮かべる。
 どうして。どうして笑っていられるの。

「きもち、わる……」
「は?」
「人、食べるなんて……」

 途切れ途切れの言葉を吐き出したのは、無意識的で、一般的な言葉だったように思える。
 それを聞けば彼が逆上して私をすぐさま刺してもおかしくないなんて、言葉を吐き出してから思った。

 だけど、彼は笑ったのだ。
 気持ち悪いほど、無邪気な笑顔を私に向けていたのだ。

 彼が、口を開く。




「でも、美味しかったでしょう? 君は毎日、美味しそうに食べてたでしょう?」




 そう言って彼は包丁を私へと振り下ろした。




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