カッターナイフと赤手首

(流血・傷害表現有)


例えるなら、

煙草のような
お酒のような
麻薬のような

逃げ出せない依存物。



手首に複数の切り傷があるのを見た。

それは死にたがりの証なのか
生きたい故の安心の自傷なのか

わかりはしなかった。


彼の心が病んでいて、何か悩んでいるのかとも思った。

「遥人、悩みがあるなら相談してね」


私の言葉に彼は笑う。

「大丈夫だよ。ありがとう結菜」

何もないと、笑うのだ。


なのに彼の手首の切り傷は増えていく。
彼の手首は汚く醜い姿へとなっていく。


問い詰めようものにも彼からそういった言葉はなくて。
教えてなんてくれなくて。

痺れを切らした私は彼の部屋を覗く。


彼は薄暗い部屋で、カッターナイフを片手にもう片方の手を傷つけていた。
遥人はその傷をつけた方の手へ
――口を寄せる。


意図的に、傷を作って
血を、舐めていた。


「何、してるの」

思わず私の口から言葉が出る。
彼は驚いたような表情で、ドアの前にいる私を見た。

押さえられていない遥人の手首からは、血がぼたぼたと落ちていく。


「何で」

何で?
私が聞きたいよそんなの。


「勝手に、部屋に入ってこないでよ」


遥人の声は震えていた。

かたりと、カッターナイフが手から床に落ちる。

カッターナイフは少しだけ赤く染まっているのか、薄暗い部屋でも先端の色が違って見えた。


「何してるの」

私はこっそりと息を整えてもう1度問いかける。


何をしているのかなんて聞かなくてもわかるのに。
彼は……血を飲んでいたのだ。

彼は吸血鬼なのか?
いいや、吸血鬼なんてフィクション上の人物じゃないか。
そもそも吸血鬼は自分の血は吸わないか。


「……俺、病気なんだ」


そう、小さく告げた唇は震えていて。
綺麗な瞳は、涙で濡れていた。


「信じてもらえないかもしれないし、気持ち悪いって思われると思う……だから、言わなかったんだけど」


ずっと、ずっと。
小さいころから、彼は病気を持っていたと言う。

見た通り、血を飲みたいと感じる病気。

「好血症って言うんだって」


遥人が無理に笑顔を作って言う。


「好血症……」

「ずっと、自分の血だけでよかったんだ。だけど最近さ、それだけじゃ、満足できなくて……」


彼は自分の手首をぎゅうと掴んだ。
心なしか、手も震えているようにみえる。


「水とか、酒とか。何を飲んでも喉が渇くんだ。
……エスカレートすると、犯罪を犯してでも血を手に入れようとするってどっかで知った」


彼は、周りに引かれないようにずっとこの病気を隠してきた。
長年付き合いのある恋人である私にも、隠し続けてきた。


「ねぇ、結菜。俺が犯罪者になる前に、お前は俺から離れたほうがいいと思う」

そうやって、言葉で突き放す。
そんなに、そんなに泣いているくせに。


馬鹿野郎。
神様の馬鹿野郎。
小さい頃から遥人を苦しめて。
彼を1人にしようとして。
あんなに、泣かせて。

それが神様の策略だって言うのなら。
私は離れない、離れてやらない。
どうだ、どうだ、ざまぁみやがれ神様。


私は落ちていたカッターナイフを手に取って、躊躇もせずに自分の手首を切り付けた。

遥人は涙の溜まった目を真ん丸にした。


「何してんの……!?」

「私の血、あげるよ」


手首を彼の前に差し出して、私は笑った。

自分が何で笑ってるのかわからない。
こんな異常な状況で、笑っている私が何よりも、彼よりも異常なのかもしれない。

病気の彼を異常と言っている時点で、私は最低で異常な人間なのだから。


そうさせたくなかったから、黙っていたのに。
遥人はまた泣いた。
遥人は泣き虫だなぁ。


「遥人が犯罪者になるって怖がっているなら、私の血を満足するまで飲めばいいと思う」

そうしたら、喉の渇きも潤うんでしょう。
他の人に危害を加えずに済むのでしょう。




吸血鬼は、愛した人の血しか飲めなくなるらしい。

だから、愛した人の血を全て飲んで相手を殺すか。
飢餓によって餓死するか、らしい。
もっとも、遥人はちゃんと食事もしてるんだから、餓死することはないけれど。


どうせなら、私を殺すくらい愛してくれてもいいのに。


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「好血症、吸血病、ヴァンパイアフィリア」
軽いネット知識なのでクソ文で不快にさせてしまったら申し訳ないです。

性的嗜好の「ヘマトフィリア」とは違う。




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