契約屋2




「おはよう、京子!」





明るい親友のまぶしい笑顔が、辛く思えた。




「……おはよう、忍」

「元気ないね、どうしたの?」



あ、と口を抑えて申し訳なさそうな顔を見せた。





忍は知っているようだ。

桐が、死んでしまったこと。




「……無理は、しないでね?」






そうやって、ほら、すぐ。


優しいから、彼女は。






嫌な奴が標的だったら、いっそひとおもいに刺してしまえるのに。




……嫌な奴だったら親友にならないし、契約屋とやらも魂うんぬん言わないのだろうけど。



おかしいなぁ、汚い人間が生きていて、綺麗な人間が狙われるだなんて。








「ありがとう」

忍にそう伝えて席についた。





同じクラスメートである桐の事故については、朝のホームルームで全体に伝えられる。




クラス全体が、ざわつく。






それでも当たり前の様に、授業は始まるわけで。




授業に集中できるはずもなく、ぼうっと黒板を眺めていた。




今日中。


契約書を破れば破棄。

破らなければおそらく……私が犠牲になるんだろう。
少年は3択と言っていたし、私が死ぬという選択肢はそれしかない。
自殺、っていうのもあるか。




そういえばまた明日と言われたが少年は私の前に現れないな。







授業が次々と終わる。


なんだか忍を直視できない。





机に伏せて、昼休みを過ごした。











「……京子?」








聞き慣れた親友の声が、耳に入る。




「次、移動教室、だよ?」



控えめに、私に笑いかけた。




「保健室、行く?」

「ううん、大丈夫」





教室には私と忍だけ。


他には誰も、いない。






「……忍が嫌な人間だったら、良かったのに」

「なぁに、それ」



くすり、とおかしそうに笑う。

笑いたい。
私も冗談みたいに笑いたい。




これは私の、本音だから。





背を向けた彼女。


隙だらけ、だ。




これは





……チャンス






というやつなのだろうか?







神様かあの少年かが「桐を取り戻せ」と言っているかのようだ。





ポケットに一応忍ばせておいたカッターに手をかける。



誰もいない。

端の教室だからあまり人も来ない。




先生は来ない。大丈夫だ。

そんな根拠のない思いが頭の中をよぎった。





桐が、隣に、戻ってくる?








「……ごめんね」




カチリ。
カッターがゆっくりと音を鳴らす。




「ごめんね、忍」




カチリカチリ。
カッターで人の命を奪えるわけがない。

でも、きっと、なんとかなる。






「……京子?」





私は、私は








背に隠していたカッターを









……地面に落とした。


かしゃんと虚しい音が響いた。





「なに、なに?どうしたの、京子」



カッターを見て動揺した素振りを見せた忍。






「うん、ごめん、なんでもないよ、なんでもない」



ポケットにもう1つ隠していた。
「契約書」と記述された紙。




両手でそれをもって、ゆっくり、2つに破った。






ごめんね、忍。

一瞬でも、馬鹿な事を考えてごめん。





彼女を殺して桐を取り戻したって、虚しいだけだ。


一生私は、苦しみ続ける。

桐は仕方がないんだ、事故で失ってしまったから仕方がない。




私は忍を
大切な親友を


失いたくない。









さようなら、お腹をすかせた少年。








「京子」



忍が、上擦った声で私の名前を呼んだ。


泣きそうな、声で。




「辛かったよね」




突然の慰めのような言葉だった。






忍は私に一歩、また一歩と近付いて私を抱きしめた。





「ごめんね、京子ごめんね」



なんで忍が謝るの。

小さな親友が泣いたような声で何度も謝罪を繰り返す。




背中に何か違和感を覚えた。





「――ごめん」






最後の謝罪と共に、背中に痛みが走る。









離れて、よろめいた。


忍の手には、私のではないカッターが握られている。





カッターからしたたる、私の赤。







かしゃん、とカッターを下に落として私をどんとおした。




突然のことに対応しきれず倒れ込む。








忍は私の上に、馬乗りになった。



スカートのポケットから、綱のような紐を泣きながら出す。







「――京子は私が嫌な子だったら、って、言ったよね」



ゆるりと、紐を、私の首に巻いた。





どんな手段を使ってでも逃げるべきなのに、忍の泣き顔が鮮明に目に映った。






「――私も京子が嫌な子だったら良かったのに、って、思うよ」





ゆっくりと、着実に。
紐は、私の首を締め上げていく。






「ごめんね、ごめんね、京子」



ぎりぎりと、締め上げられていく。



苦しい、苦しい、苦しい。






――あぁ、そういえば、何故。






彼女は、桐とただのクラスメートであった忍が。





「ごめんねぇっ……私っ、桐くんのことが」




桐が事故にあったことを、知っていたのだろうか?




「桐くんのことが……ずっと好きだったのぉっ」



目の前の彼女は、言い訳をするかのように。

そして次第に力は強くなっていく。





「桐くんと電話しててっ、そしたらっ、突然切れてぇ……事故に、合ったって、最後に電話した私に、誰かから電話が、かかってきて……っ」





嗚咽まじりの声が、可哀想に思えた。








先ほどまでいなかった少年が、忍の後ろで笑ったのが見えた。







それが、最期に見えたものだなんて。



あぁなんて


最悪な結末だろうか。








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