契約屋1

大好きだった。
大好きで大好きで仕方なかったのだ。

……ただ、それだけだった。



突然の知らせが来たのは、ついさっきの事だった。




――恋人である飛騨桐が交通事故にあって、命を落とした――




桐のお母さんの声が機械ごしに聞こえる。




「……うそ」







嘘だ。


でも、実の母親が息子が不幸にあっただなんて嘘をつくのだろうか?


言われた病院に向かい、桐の名前を出せば病室に案内される。






「……京子ちゃん」







先ほどの声が直接耳に入る。


何度か会ったことのある、優しい雰囲気をまとった彼の母親。






ベッドに横たわり顔に白い布をかけているのは、そう。




間違いなく、私の彼氏だ。
大好きで大好きで大好きで仕方ない、私の最愛の人。



「桐?」



嘘だといって、笑ってよ。

そんな言葉にならない想いは、彼に届くはずもなかった。





嘘だ嘘だうそうそうそうそ。





明るく優しい彼はもう、私の隣では笑ってくれないと言うの?







こみあげてきた吐き気と涙を抑えこんでその場から逃げ出した。


病院だと言うことを気にしないで、ただ走った。









「おえっ……」



抑え込んでいたものが出てくる。

人気のない道で、はき出す。
何もでないが、ただおえおえと嗚咽を繰り返した。







「桐、桐」




人は望めば望むほど





「ねぇどうして桐、桐桐桐」





欲すれば、欲するほど。







悪い事態へと、沈んでいく。













「ねぇ、お姉さん大丈夫?」




降りかかってきた声に驚いて顔を上げる。

しゃがみ込んでいた私を心配そうに見ていたのは、クリーム色の髪の毛を持つ幼い少年だった。



まんまるの赤みがかった2つの瞳が私を直視する。


長い前髪が綺麗な赤を隠すように揺れる。






「……大丈夫、」



あぁ、情けない。

見ず知らずの幼い少年に心配されるなんて。






私は立ち上がって少年を見る。



少年は私と目が合うとにこりと笑った。







瞳が開かれる。

うっすらと現れた赤い瞳がどこか怖く思えた。










「お姉さん、大切な人をなくしたの?」









何で。

泣いていたから?



ぴったりと当てた少年に鳥肌が立つ。



「大切な大切な恋人を、なくしたの」



疑問系じゃなく、断定。




何なんだ、この子供は。






じっと私を見る赤い瞳。

ゆっくりと弧を描いて口が開かれる。




逃げたいはずなのに。どうして。


この場から、動けない。
動こうと、思わない。







「取り戻してあげよっか」



にっこり。
少年はそう言い放った。





「……は?」



「お姉さんの大好きなお兄さん、生き返らせてあげようか?」





少年はさも当たり前のように言葉を放つ。


生き返らせる?
何を言ってるんだファンタジーじゃあるまいし。

……冗談にしても許せない。
からかうなんて、こっちは本気で悲しんでいるのに。



「ねぇ僕?ゲームのしすぎじゃないの?」

「冗談だと思っているの?」



クリーム色の髪をゆらゆらり。揺らして顔を膨らませる。

可愛らしいはずの幼い子の拗ねた顔。




人が通らないのがなぜだか不気味に思えた。




人気が少ないといえど、人が通らなすぎではないか?





「冗談なんかじゃないよ」


大きな瞳をにっこりふせて、笑ってみせる。




「僕はね、人間じゃないもの」




とんだ狂った少年に出会ってしまったものだ。




「ごめんね、僕。私、行かなきゃ行けない場所があるから」



やりとりをしている内に冷静になりつつある頭の中。


そうだ、ちゃんと桐にお別れを言わなきゃ。
ありがとう、さようなら。って。





少年に背を向けて歩き出す。

歩き出した、はずだった。







「お姉さん聞いて、よぉーっく聞いて」

「はっ!?」




後ろにいたはずの少年が目の前にいた。


移動した?早すぎる。
なにより、移動したところは目に映っていない。



なんで、どうして。
この子、どうやって。





「あぁ、そうか。こうすればよかった」





そういって少年が目の前から消えてまた後ろに。


前に、後ろに。

何度も繰り返す。




……何なんだこの子、瞬間移動?





最後、私の前に現れて

「ねっ、人間じゃないでしょ?」

だなんて、無邪気に笑ってみせた。





ひぃ、と間抜けな声が自分から発せられる。


何、何なのこの子気持ち悪い気持ち悪い!




驚きと恐怖で腰が抜けて座り込んだ。





少年が見下すように私を見た。



「僕、お腹がすいてお腹がすいて泣きそうなんだ!」





何か食べればいいじゃないか。

あいにく私は、何も持っていない。





「お姉さん、僕を助けて?」



どうしろと、言うんだ。






小さい少年は私の周りを楽しそうに跳ねて何度か繰り返した後再び私の視線の先に現れた。


行為はまるで、幼い少年なのに。




雰囲気が、怖く思えてきている。






「お姉さんの願いを叶えるから、僕の願いを叶えて頂戴!」



ふふふ、と笑う少年。



偉そうにふんぞり返って言葉を続けた。





「僕は契約屋!死者に干渉できる存在なんだ!」




なんだこれなんだこれなんだこれ。


逃げ出したいのに、先ほどのを見た限り私はもう逃げられない。




頭がおかしいのか、この少年は。

でも、この子は人間にはできない行為をして見せた。




……まさか、本当に?





「僕の願いを1つ叶えてくれれば、お姉さんの願いを叶えてあげられる」




指を1本ぴっと立てて幼く微笑む。









「飛騨桐を、生き返らせることができる」










確定。
どうやらこの少年は、自分とは違った狂った存在のようだ。






「……僕の願いは?」



「あれ、信じてくれたんだ!」




信じざるを得なかったまでだ。


少年は見てるこちらがおかしくなりそうな赤い瞳を私に再び向けて笑った。










「お姉さんの大切な津島忍を殺して頂戴」










津島忍は、私の大切な。
大切な、親友だ。




何で知っているのかとかは、もう問い詰めないことにする。

気味が悪いが、少年は「契約屋」と名乗る狂った人間ではない“何か”なのだから。





「……意味が、わからない。忍に何か恨みでもあるの?」



忍は優しいまっすぐとした少女だ。
人に恨まれる存在じゃない。



「ううん、恨みなんてないよ。関わったこともないもの」

「じゃあ、なんで」

「だって、彼女は綺麗だもん」

――ココロが。





優しくて、まっすぐで。

心が綺麗な彼女。



……だから、殺すというの。
矛盾だらけじゃないか。
恨みがあるわけでもないのに、何で。





「お姉さんだっておいしいものを食べたいでしょ?僕だってそうだ」

「……は?」

「僕の主食は人間の魂なんだよ。魂は綺麗であればあるほど、おいしい」



なんだかもうついていけない。




「人間を食べるだなんておかしいよ」



「何がおかしいの?人間だっていろんな動物のお肉、食べるじゃない。世の中弱肉強食なんだよ?」




もっともらしい言葉に口をふさぐ。

弱肉強食。
目の前の少年は、自分を人間の上の存在とでも言っているようだ。




「でも、僕は生きている人間に手を下すことができないんだ。だから、お姉さんが代わりにやって?」






「……殺せるわけ、ない」



親友を、殺せるわけないじゃないか。





「じゃあ、飛騨桐を、見捨てるんだ」





大好きで大好きで仕方ないのに。

見捨てる、だなんて。
まるで私が、悪いかのように。





「僕と契約しようよ、お姉さん」





無言でいると「無言は肯定なんだよ」だなんて笑う。


否定することも
肯定することも
できない。


親友を殺せない。

でも。


本当に、






桐が、戻ってくるの?





心に迷いが生まれてくる。

卑しいってわかってる。
でも、本当に。
彼が戻ってくるのならば……





少年から1枚の紙を渡される。




契約書、と書かれた紙だ。






「お姉さんには素敵な3択があるよ」





指を3本立てた少年。


「いち、親友を殺して恋人を助ける。にぃ、恋人を見捨ててこのままの生活を送る。そして最後は……自分を犠牲にして親友と恋人を、助けること」




僕は仕方ないから犠牲になった人間の魂を食べるよ。おいしくないかもしれないけど、仕方ないね。
少年は無邪気に残酷にそういった。






「できるだけ早く……そうだな、期限は明日まで。僕はお腹がすいているから仕方ないよね」



鼻歌を歌う少年。




「契約を破棄するなら、契約書を破ってくれれば良いよ」



破棄……それはつまり、2つめの選択肢か。

この紙を破れば……桐を、見捨てることになる。






忍を殺して桐を生き返らせる?
桐を見捨てて虚無に襲われる?
いっそのこと、自分がいなくなってしまえばいいの?




混乱してくる思考回路。



「じゃあ、また明日ね」




少年はそう言って私の前から姿を消した。







ほらほら、どっぷり溺れて



戻れなく、なる。




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